星と熊と月
「私と一緒にお星さまになろうよ!」
「心に決めた方がおる。勘弁してくれ」
子熊の神獣べアグラントが私を見上げる。つぶらな瞳は少女のそれではない。袖口を引く手は小刻みに震えていた。
「やっぱり貴方もルミナ様なのね? こんなにも愛しているのに」
夜の夏山にて閉口する。断っておくがこれは逢引などではない。何故なら私はロリコンではないからだ。
「熊なのよ? 分かる? 人気者なのよ」
「愛は人それぞれではござらんか、グラント殿。手を放して下され」
深い緋色の瞳は黙して語らない。決意の固さに気が遠くなった時、私の涙で滲む視界が、突如として頭上に長い尾を引く流星を捉えたのだ。
「ゼファーと結婚、ゼファーと結婚……」
ここぞとばかりに子熊は願掛けを高速詠唱した。眩い光が山頂を包み込むんでゆく。三回目は言わせない。
(こんな所でさせるか! 熊ぁー)
渾身の力で柄頭を口いっぱいに咬ませた。一瞬呼吸が止まった子熊は激しくむせると、刀を吐き出す。
「ゲホゲホ、台無しじゃない! ゼファー、三時間も粘ったのに!」
「謀ったな! 拙者は貴殿と祝言を上げるつもりはない!」
「うるさい! 覚悟しなさい」
座ったまま背後からフレイルを取り出した熊。胸元の小瓶からハチミツをちゅるんと吸う。直後、彼女の全身から闘気が噴き出した。その瞬間のことである。
『はぁーい。お二人さん。喧嘩するほど仲がいいってね。突然ですが、ゼフ君をグラントちゃんのマネージャーに任命します』
夜空の天球儀に澄み渡る声。星々が木管楽器を叩き鳴らすような音色だ。ルミナ様である。
「「お言葉ですが、ルミナ様。それは……」」
声が重なる。ハッとして互いに見つめ合った。マネージャーであれば妥協してくれるだろうか。
『ゼフ君。そういう所だよ。グラントちゃんからレディーの扱い方を学んで欲しいな』
冷たいものが背筋を流れた。核心を突かれた気がしたのだ。耳をすませば、愛しき主上の声は風に消えている。
「星になるのは止めるよ。ゼファー」
少女はくるりと振り返り、山道を下っていく。自然と私も彼女の隣を歩いた。獣道を月明りが照らす。
「私が死ねば、クレームがいっぱい来るんだから!」
「あの暇な御仁たちか……熊が死ぬたびに役所に直訴するのは、もはや年中行事のようでござるな」
視線を落として夜露を払う。夏草のひんやり感が心地よい。見上げれば乳白色の月が、私を見下ろしていた。




