豚骨スープの秘密
「誰も望んでおらぬ! 皆、ケガをする! それが分かっていながら何故! そのようなことをするのでござる! トンマージュ殿」
正気か?
眼前の黒豚は、事もあろうに己の残り湯を、スープに入れる腹積もりなのだ。
昼食に繰り広げられるであろう惨劇を想い、ガタガタと独り震えが止まらない。
「よく言うな? お前こそ、自分が使ったフォークを聖女様に差し出した分際で」
思い切りむせた。
視線が彷徨う。
見上げれば、暗赤色のレンガ倉庫が、即席の法廷へと様変わりしたではないか。
「お代官様! 言い掛かりでございまする! 何を証拠にその様なこと……」
視線と視線が宙で火花を散らす。
彼の眼光は私を射殺せんばかりだ。
立ち昇る水蒸気が、魔力を帯びて、私の首を締めあげていく。
「見苦しいわ! 私の鼻はごまかせぬ! 伊達にキノコを探しておらん」
「口に含ん……! 一瞬……! 分かろうはず……」
不穏な静寂が辺りを包んで行く。
鉄樽が加速度的に熱を上げ、フローラルな香りが、狭い空間に充満した。
さながら厠の芳香剤のようだ。
湯はどどめ色に変色し、水飴のようにねっとりしている。
「ゼファー、お前には実験台になってもらう! 新作のな?」
口が押し広げられ、粘着質の異物が流し込まれていく。
喉元をねばねばが下りおり、正しく死を覚悟した瞬間のことだ。
強烈なミントの香りが、鼻腔を突き抜けていった。
爽やかな蒼空の如き清涼感である。
「どうだ? ゼファー、結構いい出汁がでていると思うのだが」
「コック長、時代が追い付くのを待たれよ。ヌードルには、新しすぎるでござる」
丸々と太った豚は、無骨な円筒樽で思案顔だ。
私は、ふいごから手を離し、具材のキャベツを取りに調理場に戻るのだった。
今夜は私が、出汁を作る番だと心に決めて。




