サバを読まない
「聖女様がサバを読んでいるって?」
「ガルム殿、静かになされ。事は重大なのだ……」
地下水脈が走る大空洞の暗がりで、柴犬と密議する。
魔力を完全に消していた。
しなびた蝋燭の灯りだけが頼りだった。
「間違いない。一週間前、お供した折にな。酒場で飲んだくれているのを見てしまったのだ」
「ソ、ソフトドリンクだよ~。ゼファー、馬面丸出しで悪い冗談を……」
神獣の視線は宙を彷徨っている。
焦点があっていない。
滴る水滴の音だけが、洞穴に空しく響き渡る。
「ガルム殿、現実を見よ。聖女様は、まことに童顔であらせられるが、お主の好きな学童ではござらん」
ビクつく豆柴。
艶やかな毛並みは、見る影もなくボサボサで、ここ数日の心労がありありと伺える。
わなわなと震えて泣き出さんばかりだ。
「ゼファー! 君は! 合法であれば、二十代で納得できるの!? 認めない! 女はね……」
「ガルム殿、それ以上は言わせぬよ?」
奴の背中越しに、スカルドラゴンの骨を投げれば、彼は喜んで拾いに行く。
流石の嗅覚だ。
あっという間に帰って来る。
「はぁ、はぁ、僕を犬だと思って! そういう君はどうなんだい?」
「拙者は全ての、人間の女性を愛しておる。その中でも、若い子が好きなだけだ」
「その年齢の下限を聞かしてよ?」
ガルムが挑戦的な眼差しを向けている。
こんな時だけ、神獣らしい顔つきをしやがって。
いつもの小物臭はどこに行ったのだろうか。
「法律だ。法律だよ、ガルム殿。法が全てを決める。誰もが少女を守る殺し屋にはなれないのだ」
「二十以上!? 年寄りだ! あんまりだよ!」
ベビーフェイスに浮かぶ狂った純情。
怒気が滲んでいる。
下から吹き上げる風が、灯りを消し去ると、ガルムが言った。
「バラそうよ。あの女の年をさ。仲間は多いほうが良い」
刹那、私の背中に戦慄が走る。
カッと目を見開き、駄犬の肩を両手で掴んだ。
「正気か? お前は? 女性の年齢はこの世界で最大の秘密なのだ。なぜ分からない? 学童の守護者よ!」
「うん、でも十過ぎるよね。ダブルスコアって……」
子犬は、震えながら自身の性癖を吐露する。
すると頭上で甲高い声が響き渡った。
『二人ともー、最初から丸聞こえだよ~? お酒はちょっと勧められただけ。あっはっはっは。じゃあちょっと覚悟してもらおうか?』
突如として大空洞に光が灯ったかと思えば、巨大な岩がゴロゴロと道にそって転がって来るではないか。
一目散に逃げだす私とガルムだったが、あっという間に岩は目と鼻の先に迫った。
堪らず、地下水脈へと飛び込む。
するとどうだろう。
水はたちまちの内に乾いたではないか。
背中をぞわりと剥いだかと思うと、岩がこちらへ戻って来る。
聖女様の怒りは、しばらく収まりそうにないのだった。




