鏡よ、鏡よ、鏡さん
「鏡よ、鏡よ、鏡さん。世界で一番イケメンなのはだぁ~れだ!?」
「拙者でござろう」
昼下がり、豪奢な調度品が不釣り合いな屋根裏部屋に、天窓から曇天の空が覗く。
羊の神獣シープドンは、不格好なタキシードに身を包み、上機嫌である。
私は、すかさずいつもの口上で応じた。
それは一種の約束組手であった。
「ゼファー、相変わらずだね……。ふ、今月こそ聖女様を落としてみせる!」
「毛で御座る! あの方が欲するのは、所詮お主の体毛に過ぎん!」
「面と向かってそれか! だが、禿散らかした君が言うと、実に優越感で満たされるね」
歯噛みした。
足元の絨毯の何と柔らかく弾力のあることだろう。
モフモフの彼が、女神の腕に抱かれる光景が脳裏を過り、その場で跪いて震えた。
喉元から言葉が競りあがる。
「シープドン殿! その豊かな体毛を、分けて下され!」
哀しい風が、吹き抜けた気がした。
卓上の魔導書がパラパラと捲れていく。
城の尖塔の一室は、しんと静まり返った。
「カツラか……。君、それほどまで、地上の太陽を気にしていたのか?」
「黒水晶の眼鏡を掛けておるではないか……。拙者、そこまで眩しい?」
「分かっていない! どれ程、君が周りの者たちに勇気を与えていることか! 男は見た目ではないのだよ!」
蝶ネクタイを整え、熱弁を振るうシープドン。
彼は至って真面目だった。
悪気は全くないらしい。
真理を説く学者のように歩き回る。
「うっとり鏡を、見つめていたくせに。説得力が皆無でござるよ……」
「君は、心がイケメンだ! いつも僕に示しているように! 僕は、僕は、全く敵わないんだ」
まつげが艶をおびて、瞳が潤んでいる。
芝居がかった口調が、実に耳障りだ。
だが本当に、悪気はないらしい。
どこぞの俳優顔負けである。
私が、少しその気になった瞬間のことだった。
「……地毛を植毛すればいいと思う。ありのままの君が活きるよ。馬面が映える……」
か細い声で奴は呟いた。
眼鏡の鼻当てを上下しながら、確かに言ったのだ。
感情が爆発する。
鋼の扉を押し開いて、螺旋階段をグルグルと駆け抜けていく。
その日、私は盗んだステッキで、城中の鏡を壊して回った。




