表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/24

ナポレオン先生

「”不可能”という語を塗り潰せ」


田中の第一声だった。現代文の教師である。

突然の出来事にクラスは静まり返った。


「いいか? お前らの辞書に墨塗りしろ! ”不可能”に」


大切なことだったのだろう。同じことを二度言ったのである。

そして板書された”不可能”をサッと消した。


「終わったな? お前らは、ナポレオンだ。絶対に受かる」


五十手前の姿勢の悪い教師が、一世一代の大芝居を打ったのだ。


「セントヘレナ島で幽閉……。大学合格後は、ぼっちってことですか?

先生。そんなのいやです」


青木が言った。黒髪ロングの美人だが、空気を読まない所が玉に瑕である。

いや、合格は確定しているのかよ。

そう心でツッコミをいれた瞬間のことである。


♪ ジャジャジャジャーン――


田中のスマホからベートーヴェンの「運命」が大音量で響いた。


「運命を変えて見せろ!!」


ポーズまで決めている。少年漫画の主人公か。アンタは。

右手を高く掲げ、チョークの粉が舞った。


西日が差し込み、薄くなりかけた頭頂部が神々しく照らされる。


誰かが小声で言った。


「後光さしてね?」


だが青木は止まらない。


「先生。ベートーヴェンは、ナポレオンの皇帝即位に失望してますよね」


すかさず田中が染み入るような言葉を返した。


「それでも、思い出は消えないんだよ」


「交響曲第3番のことですか。通称は『英雄』」


「……詳しいな。青木」


「世界史選択ですから」


田中の掲げた右手が、ゆっくりと下がる。


クラスは笑いを堪えて震えている。


スマホはまだ鳴っている。


♪ ジャジャジャジャーン


「……毎日鳴るんですか?」


「毎日だ」


一瞬、教室が静まり返る。

田中は観念したようにスマホを止めた。


「さて、茶番はここまでだ」


「えっ?」


「ワーテルローを回避したければ、赤点なんかとるんじゃない!」


彼は不動明王の如き修羅の形相で、答案を返却していく。

ナポレオンと大書された答案を。


俺達は留年の危機だったのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ