電源を抜く妹
「お兄ちゃん! よろしくにゃん♡」
桜井ラピスの甘ったるい声が、前頭葉をとろけさせるようにシェイクする。
画面越しの彼女は褐色の肌を艶やかに光らせ、満面の笑みで手を振る。
その瞬間、ゲームの没入感が僕を呑み込み、現実の存在感がぼやけていった。
指を伸ばせば、水着の細い紐に触れそうな錯覚。
ぞわりと背中を這う感覚に、込み上げる邪念を嚙み殺す。
「あのな……妹でそれは規約違反だろ! 倫理的に!」
叫びながらも、口元がわずかに緩んでしまう。
だからこそ、すぐに本題に切り込んだ。
「浩介を返せ。お前らが連れて行ったんだろ。俺の親友だ」
BGMが不意に途切れた。
水を打ったような静寂が僕の部屋をみたす。
ウイーン……カリ、カリカリ……とHDDの駆動音だけが、妙に鮮明に耳を打った。
「左目に泣き黒子のある子? 彼なら、自分の意思で私たちの所に来たよ?」
ラピスは頬をなぞりながら、悪戯っぽく微笑む。
その碧眼には、挑発的な光と、どこか哀れみのような影が揺れていた。
液晶の向こう側が、砂浜から徐々に色褪せ、崩れ、荒れ果てた古城の庭へと変貌していく。
「嘘をつけ! あいつが、お前らみたいな連中に簡単について行くわけが――」
「そう。君には効かなかった。でも彼には、ほんの少し心の隙があった。ただ、それだけで十分だったの」
手櫛で髪を梳くラピス。
銀色の髪が月光のように瞬き、肩甲骨からは片翼がせり出していた。
その非現実的な姿に、緊張が部屋の空気に張り詰める。
次の瞬間――
パンッ!
クラッカーの渇いた破裂音が、唐突に静寂を裂いた。
「はーい、誕生日おめでとう! ラピスの演技、どうだったかな?」
「……もう、最高だったよ」
思わず液晶の向こうへと手を伸ばす。
瞬間、指先が彼女の水着の布地に、確かに触れた。
世界が、弾けるように暗転した。
気づけば、僕は床に座り込んでいた。
振り返ると、そこにはいつもの、散らかって薄暗い自室。
そこに桜井ラピスがいた。
現実の中に、紛れもなく存在していた。
彼女は静かに殺虫剤を撒きながら、こちらを見ろして微笑んだ。
「願いが叶って良かったね、お兄ちゃん。……ゲームのキャラクターに、なれたんだから」
ホログラムでも、ARでもない。冷たい現実。
ラピスは最後に、コードの根元をつまみ――
電源を抜いた。




