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砂漠行軍と夜の吸血鬼

月下、茫漠たる砂漠を義弟と共に歩む。

オアシスから次のオアシスへ、希望を繋ぐように。


沈む足に、細かい砂がまとわりついて離れない。


私達は王都ファールーンを目指し、魔術の奥義を求めて行軍中だった。


「姉ちゃん……その、お肉が食べたいです……」


唐突に、無性に腹が立った。

わざわざ額から分けた前髪を頬に沿わせて流す仕草。

潤んだ瞳でこちらを見つめる視線。


そのどれもに、言い知れぬ既視感を覚える。

涎を垂らすな。だらしない。


「タリク。携行食をナッツだけにするって言ったのはアンタよ? 水と塩を多く持ちたいからって」


「やってみたら……ものすごく、つらかったです……」


張り倒したい衝動をぐっとこらえる。

故郷の魔術学院では神童扱いの義弟だが、昨日ようやく七歳になったばかりなのだ。

多少のわがままは見逃すべきだろう。


「私もお腹が減った。急ごう? もうすぐ王都よ」


「蜃気楼じゃないです! お肉は、もうすぐです!」


夜の砂漠に蜃気楼など出るはずがない。

それでも、二人で手を取り、小躍りしながら走る。


私も十歳の凡庸な魔術師に過ぎない。

目的はすっかりすり替わっていた。


視界の彼方、ぼうっと浮かぶ王都へ、夢見心地で駆けだす。


だが、違和感が私を引き戻した。


王都は昨日から、ずっと視界の同じ位置に貼り付いたままだ。

ひとつ前のオアシスで、義弟の誕生日を祝った昨日から、まるで距離が縮まっていない。


――キー……キー……キー……


突如、満月の空から、耳を裂くような金属音が降ってきた。


見上げれば、上空を吸血鬼が旋回していた。

鰐のような犬歯で、ひとりの女性を貫いたまま、血まみれで空を舞っている。


「姉ちゃん!!」


「だめ、タリク! 救出はあきらめて! 私達も逃げるしかない!」


夜の吸血鬼に勝てる術者など、片手の指で数えるほどしかいない。


私はタリクの手を引き、砂丘を駆け上がる。

事前に当たりをつけていた水脈を頼りに、地下の避難先へと急いだ。


後戻りになってもかまわない。

今は生き延びるしかないのだ!


――キー……キー!


思考を挟む暇さえない。

吸血鬼はすぐそこまで迫っていた。


黒紫の翼が銀色の月光を浴びて、まるで刃のように広がっている。

口蓋には、光球が収束されつつあった。


まるで、食後の余興でも楽しむように。


「タリク!! フレイム・ジンを!!」


弟が叫ぶと同時に、炎の精霊が刃に宿る。

不死鳥のごとき炎を纏い、刀を振るえば、夜の死神は塵も残さず霧散した。


私たちは振り返ることなく、洞穴へと駆けこむ。


――キー…キー…キー


残月のまわりを、奴はなおも旋回していた。

夜中は再生するのだ。


例え、跡形なく吹き飛ばそうとも。


私たちは石筍――天井から垂れさがる鍾乳石の影に身を潜め、息を殺す。


太陽が砂漠の空に昇るその時まで、じっと息をひそめるしかないのだった。

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