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スマホの守護霊と電子の海

山際を縫う様に雨雲が這う。

ガラス戸の向こう側は暴風雨で、街は今にもはち切れそうだ。

窓を叩きつける雨音は散弾銃の様で、鼓膜にこびりついて離れない。


「美晴先生、大丈夫かなぁ」


独り言ちる。と言っても教室に私一人っきりだ。

彼女は麓の橋まで様子を見に行ったのだ。


「早く帰って来てよ~」


机を並べて甲板に見立て、椅子を一つ舵の代りに置いてある。

五年三組のオペレッタの練習だ。

その椅子にまたがり不貞腐れていた。


「何でこんな日にスマホのバッテリー切れちゃうの? 信じられないよ……」


初めてのスマホだ。

親にねだり続けて三日前にようやく買って貰えたばかりなのだ。


私はがっくり肩を落とすと、わがまま品がするりと手から滑り落ちた。


するとどうだろう。

私のスマホは奇妙な光に包まれ宙に浮いているではないか。


「もしもし? お嬢さん。こんにちは、初めまして」


光は徐々に収束したかと思えば、黒板が黒猫の頭を映し出す。

デフォルメされたアニメ調のキャラクターだ。

ポケットから何でも出す奴よりは、多少シュッとしている。

黒板はさながら電光掲示板の様であった。


「貴方は何者? そのスマホ、電池が切れてるのよ? いったいどうやって…」


頭の中を疑問符が駆け巡る。

超常現象に遭い、私は恐怖で身が竦んだ。

握った椅子の背が痛い。


「僕はこのスマホの……そうだね、守護霊みたいなものさ。

スマホが動いている間は僕は眠っている」


声の主は私と同じ十歳ぐらいの男の子の様に思えた。

良く澄んだ鈴の音は美しいソプラノを想起させた。


「それで用は何? 守護霊なら美晴先生がどうなったか教えてくれる?」


些か棘のある口調で訊ねた事に、後悔の念が広がりかけたその一瞬だった。


「彼女を救いたいかい!? この教室の生徒みんなを含めて!」


LEDは左から右へ幾つものSOSを繰り返し描出していた。

耳をすませば火災報知機がけたたましく反響している。


「先生が危ないの? 皆はお家に帰っただけでしょう?」


「ぼくがこのスマホに住んでいるように。

君たちはデジタルデバイスに閉じ込められたんだ。

閉じ込めた奴を倒さなければ脱出できない」


私は手で口を覆った。

理解が現実を受け入れられない。


「あの人は返り討ちにあった。今は敵の手中にある。

全員助かるには君しかいないんだ」


黒板には大小様々な電子の猫たちが何度も何度も頭を下げて懇願している。


「分かったわ。どうすればいいの?」


『甲板』から飛び降り、デジタルサイネージへ詰め寄った。


「スマホを握って! 電源を入れて! 電子の海へダイブ・イン!」


教室中央のスマホを素早くつかむと、魔法少女よろしく言われた通りにさけんだ。

するとどうだろう。

眩い光が私を包み込んでゆくと同時に意識が遥か彼方へ霞んで行った。


「起きてよーお姉ちゃん!」


目を開ければ瞼の向こう側に双子の弟がいた。

心配そうな顔で私を見つめている。


「急に倒れるからさ。ビックリしたよ。

さあ練習、練習。オペレッタ。美晴先生に怒られちゃうよ」


舵に見立てられた椅子に手を掛けて、彼が美しいボーイソプラノを歌っていた。

その隣で美晴先生がタクト棒を振って神妙な面持ちだ。


ふと目をやれば、我が愛機の残量は100%である。

壁紙には例の黒猫が、スヤスヤと寝息を立てているようだった。

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