85.たまーによくある話
「あ、見てみて。こんなところに採取ポイントがある」
「わぁ!? 本当ですね。木の虚に隠されて、何かとても良いものが手に入る予感がします!」
ヒナタと共に顔を並べて覗き込むのは、川にほど近い場所に生える木の虚。土に同化してしまうほど見辛い真っ黒な空間は、夜も相まって薄暗くなったこの場所ではかなりの擬態を見せている。
その奥で、キラキラと輝くエフェクトが。
「手を伸ばして……」
鎌を振るう。目の前に現れたポップアップを確認すると、
「米だった」
がっかりなような、ステータスの高さから普段見かけないものが手に入って嬉しいような。
「このお米を使って、ガタンを誘き寄せよう。ってことなのですね」
「だろうね」
盛り上がった木の根に二人揃って腰を下ろし、そのガタンを誘き寄せるために奮闘する三人の男女を眺める。
お仕事の期限、最終日の夜。ガイアとロンドは諦めきれないようで、後衛役としてカナタを引き連れて最後の足掻きを見せていた。
この仕事でもう少し、あの二人と触れ合えるかと思っただけに、この展開はどうにも残念なものだったな。と、少しだけ感傷。
「次はもうちょっと、和気あいあいと取り組める仕事だと良いんだけど」
「例えば、どんなものですか?」
ヒナタの問に、私は人差し指で鼻梁を撫でながら考えた。
あ、ヌルヌルしない。流石ゲーム。なんて、少し脱線。
「アスレチックに挑戦、みたいなのでさ。みんなの努力で乗り越えていく、みたいな」
「ラッキースケベですね!」
「……ヒナタってさ、そういうコメディ系の漫画が好きなんだ」
「難しい漫画はよく分からなくなってくるので、分かりやすい漫画が好きです。エッチな場面がでたら笑いどころ。お姉様はどんな漫画が好きです?」
「難しくて理解が及ばないやつかしらねぇ。専門用語とか並べられてさ、何とか咀嚼しようと頭を使っていれば、読み終わる頃には心地よい疲労感。それがたまらない」
私がアニメやドラマを苦手としているのは、そういった面があるからなのかもしれない。それらは、止まることなく進んでいく。録画や配信だったら停めることもできるだろうけれど、それではどうも、流れを切ってしまうようで。集中力も犠牲になってしまうようで。
だから、私は本が好きなのだと思う。全てを自分の頭のなかに思い浮かべて、咀嚼して、自分なりの落としどころをつける。
その結果、つまらなかったとしても。その過程はきっと、楽しめたから。
「なんて言っているけれど、こいつ意味分からんギャグ漫画は大好物だぜ?」
いつの間にか、傍らに一人の男が立っていた。
「たまには頭を空っぽにしたい時もある、ってことよ」
「ユキさん、お久しぶりです! 席、譲ります? 反対側はスペースないですし!」
「いや、大丈夫」
「……にぶちんさんです」
それ、もっと大声で言ってくれない? と、私はヒナタに耳打ちをした。
「で、やっぱり無理そうか?」
「出る気配は全然なし。クワガタンの出現は確認したけど、そこから上はまったくなし」
「てことは、条件は確定か。出現間隔が三十分、というのが嫌らしいなぁ」
「テンポが悪いからね。私がフルにやっても、チャンスは十六回。スマホゲームの十連ガチャ二回分にも及ばない。リセマラするにはしんどい、と」
「あら、お前の口からそんな言葉が出てくるとは思わなかった」
「今さっき、ヒナタから教わった」
「教えました!」
二人揃って、元気いっぱいの笑顔を返す。そう、つまりは私、もう終業時間は過ぎているのだ。人があまり集まらないだろう、午前や午後を狙って活動していたから、こうした夜は時間切れ。のんびり観戦タイムと相成った。
「ま、いいや。それよりも、予告通り深夜零時にメンテナンスに入る。ちゃんと、それまでにログアウトしろよ。今回は追加される要素が多いからなぁ。ゲームとしては、第一部が終了間際、か」
「途中参戦からしたら、なんだかあっという間の出来事ね。で、ユキも仕事がある感じ?」
「ある。めっちゃ忙しくなる」
「寝ずに画面を見続けて、リズミカルにキーボードを叩き続けるような?」
「そういう奴らに、コーヒーを淹れたり軽食を作ったり。こういう時だけは、会社に泊まり込みだ」
アットホームです! とヒナタは笑い、私はちょっと神妙な顔。
「……そういう時、私も呼んでくれたってよくない? 腕の見せ所なんだけど」
「止めてくれ。満腹にさせて眠らせる気か?」
どうやら、私は深夜労働とは相性が悪いらしい。
「ま、とりあえず、今回のクエストは失敗。弟さんが一枚上手だったってわけだ。クエストの内容を読み切れずに受け入れてしまった社長のミス。次からは、お互いに慎重になるだろうな」
「絶対に意見を通すためのジョーカーがある、ってことが判っちゃったしね。どこで切るのか、切らせないようにするのか。本当、面白い兄弟だよ」
「巻き込まれても、まだ楽しめるから良いよな。で、ヒナタちゃんはバイトとか興味ない? いつでも歓迎するよ」
「大学生になったら考えます」
「高校のうちは遊んでおきたいタイプか」
私たちも似たようなものだったよね、と笑う。
熊屋でバイトすることもできたけれど、私はもともと手伝いをしていたし、友達と一緒に働くのは、ちょっと恥ずかしいし。そんな思いでバイトに誘うことはしなかったし、雪斗と雫月もほかの場所でバイトをすることもなかった。
「さて、残業代は抜きにしても、最後の最後くらいは付き合ってやりますか」
「あ、ヒナタも行きます! みんなでウオヌーをやっつけましょう!」
「そう言えば、ウオヌーの増援を呼ばれない倒し方は見つけたのか?」
「全く。と言うか、伝記集めにレシピ集めと、やること多くない?」
「駆けずり回っていれば、自然と集まっていくもんだよ」
で、予想通りにいかなかったら、それを私たちのクエストにする、と。
「なんていうか、この仕事って基本、尻拭いだよね?」
「人も会社も、まだまだ若いからな。その若さを気に入ってくれているプレイヤーも多いんだから、なるべく期待に応えなきゃならんわけ。そういうお仕事、だよ」
ものは言いよう、か。
それならば、しっかりとアーマードオウクワガタンの存在を確認して、このゲームにはこんな奴がいるぞっ! と教えてやりたい。
その為に、もう少し頑張ってみますかっ!
***
なんて張り切ったけれど、結局何の成果も得られずにメンテナンスに突入。明け方、メンテナンスが明けた直後にログインをして、追加要素を確認しようとしれば大量の文字に音を上げてる。
そうして一つだけしっかりと確認をした要素を求めて、私は森の街を進んだ。
森エリアで一定数のモンスターを倒すと、モンスターを研究しているというエルフと会うことが出来るようになる。そこで手にはいるのが、『モンスターハック』と呼ばれる、モンスターを一体、仲間にすることができるアイテムだ。
どんなモンスターでも仲間になるけれど、それぞれのモンスターには抵抗値と呼ばれるパラメーターがあって、仲間にしやすいかどうかが変わってくる。
雑魚は仲間になりやすく、ボスは仲間にしづらい。と言ったところだろう。
では、と私は考えた。
やたらと面倒な方法でしか出現させられないガタンは、果たして仲間にしやすいのか。
このモンスターを仲間にしたい。という特別な感情を抱くよりも、そんな些細な疑問が気になって気になって仕方がなくなって。私は直ぐに森へと降りて、場所を指定して独占をする。
米を撒いて、ウオヌーを倒して。そうして、出現を待つ。ガタンを仲間にしたときのメリットは、どんなものだろう。そもそも、仲間にできるのか。
ドキドキ、ワクワク。ちょっと不安。少しまでは、既に聞き馴染みを持った羽音が聞こえるはずで――
「――なんで?」
目の前に現れたのは、素人目にもはっきりと判るほどのメカ。ロボット。メカニカル。
鈍色の彫刻かと見間違うほどの立派な頭。広げられた羽根から噴き出す炎は、羽化したての蝶の羽のように美しい。
「なんで、このタイミングで現れるの?」
おまけに仲間になった。
確率って、結構ふざけているよね?
そんなツッコミと共に、私の仕事も、ゲームも、次の段階へ移っていく。キーワードは、後々いただくことになるユキの言葉だ。
『お前たちは、弱いっ!』
スポ根展開は、始まらないけどね。




