86.幕間
三月を迎えた。
と言っても、実生活では特に変化が起こるでもなく。けれども仕事場となるゲームの中では、大変な盛り上がりを見せている。
三月の始まりとともに始まったメンテナンスは夜明け頃に終了し、『混雑により通信が不安定になる場合があります』というアナウンスを、多くの人が耳にしただろう。
私も、ちょっとした用事を済ませて街へと繰り出した。一番近いところといえば、森の街。でも、カレンの顔をも見たくなって、草原の街まで戻ってきた。
その結果は、まぁ、甘んじて受け入れられねばならないだろう。
その前に、メンテナンスの際に実装された機能をおさらいしておこうと思う。
一つ、ギルド機能。
これについては、私たちクエスト攻略課も関わっていたため、詳細は省く。五つあるギルドの本部は各町に配置されているため、今頃は目的の街へ移動している人も多いだろう。
二つ、サークル機能。
これについても関わりがあったため、同じく詳細は省く。とはいえ、これからの活動に多大な影響を及ぼす要素であるから、嫌でも今後、多く接する機会があることだろう。
三つ、闘技場。
山の街の近くに現れたコロシアムで、今のところは対人戦を行うための機能ではない。現在のプレイヤーのステータスに応じたランクに分かれた階級があり、そのステータス通りに動くNPCと対戦をして、自分の実力を測ることのできる機能だ。
ギルドバトルに参戦するための目安、とも言える。
四つ、モンスターを仲間にする機能。
森の街で手に入るアイテムを使用して、一体だけ好きなモンスターを仲間にすることができる。きっと、多くの人は見た目であったり、強さであったり。様々な要因を検討して、思案して、しばらくはアイテムを温存しよう。なんて思うのではないか。
「背中にでっかいクワガタムシを張り付けている女、どう思う?」
「怖い」
期待通りの言葉を貰い、私たちは笑顔で頷き合った。自分でもそう思う。ファンタジーの世界観でこれだもの。私、興味本位で選択を誤ったかもしれない。
海岸の街を訪れた際に入手していた、貝を使った佃煮のおにぎり。それを差し入れとして渡した後に手を振って別れ、私は街を散策してみた。すると、珍しく見知らぬ人に話しかけられる。「そのモンスターはどこに出る?」「そのモンスター、強い?」「虫好きなの?」「メカ好き」などなど。
興味を惹くファッションアイテムを尋ねる感覚だろうか。ちょっとした交流を楽しんでいると、その中に笑顔の見知った顔を見た。
「ははっ、その姿をヒロに見せてみてーよ」
「や、カイユウ。それにミク。デート?」
「そんな感じですねぇ。カイユウくん、明日からまだ長距離航海なんですって」
「そう。しばらくゲームにログインできないから、寂しさを紛らわせてもらおうかと思ってな」
ここで狼狽えるようなら、少しからかってやろうと思っていた。けれど、余裕そうな表情の二人。そんな感じは冗談なのか、真実なのか。
少し黙る。
「……黙るなよ。冗談だよ」
「そこで喋っちゃうのは情けなくない? ミクさん、どうお思いで?」
「こうやっておふざけに徹することができない、純情くんなんですよ」
そういった所は年相応、と言うことで流してやろう。
「閑話休題。残念だったね。色んな機能が実装されたのに」
「口で言うやつ初めて見た。ま、慣れたもんだよ。新しいエリアが開放される際も、結構置いてけぼりだったしな。その分、休みも長いから遅れは取り戻せる」
「そう。じゃあ、その時は私ももっと強くなっているでしょうね」
「言うねぇ。その時には闘技場で、対人戦ができることを願っているよ」
拳と拳を合わせてみる。なにその男の子同士のやり取り。ミクはそう呆れて肩を窄めた。
「折角だから、モカちゃんも一緒にいかがでしょうか? プレイヤーズエリアへ遊びに行こうと思っているんですよ」
「プレイヤーズエリア?」
なんだっけ、それ。と、私は首を傾げる。
「プレイヤーが好きにできるエリア、って言うと伝わりやすいんじゃね?」
「ですね。そういったエリアを、私たちはプレイヤーズエリアって呼んでいるんです。面白いですよー。世界観を無視していろんなことをしていて」
「ふーん。なんだか面白そう。じゃあ、ご同伴に預かりますかね。……ところで、ミクは随分丁寧キャラを誇張している印象」
「機能の追加で動画制作も捗りますしねー。ボロが出ないように、しっかりと気をつけていく所存」
まぁ、頑張って。そうカイユウと共に笑いながら、私たちは草原の街を出て南下していく。
「そう言えば、背中のそいつはなんだ?」
「これ? アーマードオウクワガタン。滅茶苦茶低確率で出現するモンスターなんだけど、興味本位で仲間にしてしまったのよ。悪目立ちして恥ずかしい」
サイズとしては、背中からお尻までを覆うくらい。横幅はほぼ私の腕を含めた長さか。今のポジション的に、真正面から見ると私に角が生えたように見えるかもしれない。
耳元で動き回る脚が鬱陶しい。
「変形して人型になりそうなメカですね」
「人型にはならないみたいよ。でも、この状態では戦闘してくれないのよね」
「は? じゃあ仲間にしたメリットはなによ。ファッションアイテムか?」
「これでファッションリーダーになれるとでも? そこは、ちゃんと戦闘でも役に立ちます。……分離変形して、装備になるのよ。つまり、現在の装備に加えて、新たな武器防具が装備できる感じ」
つまり、私がアーマード。
「わぁ、面白そうですね! ちょっと見てみたです。ほら、適当にそこら辺のウルフをやり合ってみてくださいよ」
「見世物じゃないんだけどなぁ。それより、ちょっとボロが出始めているわよ?」
「そういうモカさんも、なんだかちょっと、口調が変わってきてません?」
「初めてのゲームで、初めての経験で生じていた興奮という名の子供心が鳴りを潜めてきたんじゃないかしら。こう見えて、素はクール系なの」
「いえ、見た目はクール系で中身は面白系では?」
酷いな。それに同意している男も。
「結局はさ、良い格好をしたくなったんだろ? ユキから聞いた。サークル機能とともにお前らの活動が可視化されるようになるってな。人の目に触れるのなら、格好からか。ははっ、お前ら二人は似た者同士だ」
「そういうあんたは、年上に対する口の聞き方がなってないな」
二つの声が重なるあたり、気が合うのは事実なこと。
「ま、いいや。せっかくだし、アマくんの機能でも見せびらかしてやりましょう」
「……ネーミングセンス、結構安易ですね?」
「今のところ、そこまでの愛情はないし」
「……おい、目がなんか青色になったぞ。ショック受けてんじゃね?」
え、そういう機能があるの? と、私は背中のアマくんを掴んで手元に引き寄せ、その顔を確認する。
「……アマくん、大好き」
照れたようにほんのり赤く色付いた。これはチョロい。
「ま、いいや。やる気になってくれたのなら、やってろうじゃないの。アマくん、ジョイントアップ!」
決まり文句を発すれば、宙に浮かんだアマくんは分離を始める。
お腹が開き、羽根のある背中部分と共に外れて私の背中装着される。それ全体が機械の翼になったようなデザインで、足は槍のように真っ直ぐになり、バインダーバレルと同様に自由に飛び回る武装になる。
頭の部分はまるでこけしの様なフォルムになっていて、それは左腕へと装着される。頭部をアンカーの様に射出できる上、本来の使用法通り、ハサミとしても利用可能なうえ杭打ちのような機能もあり。おまけに……。
「では、このままとっておきを見せてあげようかっ!」
左腕を構える。ハサミが反り返り、まるでボウガンのようなフォルムに代わり、頭部は僅かに後ろにスライドしながら持ち上がる。それに連なる胴体部分は熱を排出するために蛇腹に開いていく。
ここまでの変形で、これから何が起こるのか、見ている二人も察したようだ。
「――ガタン砲、最大出力っ!」
大型バスの突撃のような、それくらいのサイズを誇るビーム砲が射出される。私の魔力ゲージは消費せず、けれども無防備になりやすい反動あり。
ビームが晴れれば、鈍色だった頭部は真っ赤に染まっていて、次の射出まではハサミでの利用も出来ないほどに疲弊した様子を見せている。
まさに、惚れ惚れするほどの一撃必殺の切り札だ。
「どうかしら?」
「お前、なんのゲームをやっているんだ?」
弟さん、何故自分の世界観を壊すようなものを実装したのだろうか。破壊と創造を楽しむ神視点の遊び? なんだか分からないけれど、これで調子に乗ったら思う壺のような気がして、少し恥ずかしくなる私だった。
***
お披露目も終わって、和気あいあいと会話を楽しんでいれば、急に景色が切り替わるような感覚を覚えたた。
「プレイヤーズエリアに入ったな。本来の景観を損なわないように、こういったエリアは外から見えないように、カモフラージュされているんだよ」
「ちょっと、カイユウくん。そういう説明は私の役目ですから慎むように」
「すんませーん」
頬を引きつらせるようにして怒るミク。やる気のない謝罪で応えるカイユウ。二人のやり取りが、なんだか遠くに感じてしまう。
目の前の光景は、それくらい意外なものだった。
「ファンタジーの世界を歩いていたら、目の前に京都が現れた」
碁盤の目のような街並み。聳える五重塔。難工事が予想される鴨川。京都の観光地をギュッとさせたような。いや、ある意味これもファンタジー。
「通称、箱庭京都。ゆったりと馬車に乗りながら散策するもよし。のんびりと歩きながら街並みを堪能するもよし。清水の舞台から東大寺が見下ろせますよ」
「へぇ、そうなんだ。面白そう」
「……やっぱりこいつ、クール系なのは見た目だけだ」
「ですね」
へ? ……あ、罠だっ!?
「さぁ、一時間で京都観光と行きましょう! 海沿いには舟屋もありますよ!」
このゲームの雰囲気を、今更ながら味わった。
そんな、ちょっとした幕間である。




