82.長い一日の始まり
あれからそれぞれが行動を起こしたものの、ウオヌーの効率的な対処の仕方も見つからないし、信号機らしい虫を利用したガタンの足止めも上手く行かず。
三十分に一回のチャンスもものに出来ないまま、どっぷりと日が暮れた。
「どうします? このまま続けます?」
げんなりとした顔を見せながら言われても、そもそもそのような気持ちはないんじゃない? と、私は笑ってロンドの頭を小突いた。
「いたー。もう、モカさんはまだやる気なんです? 酒場まで来たってことは、もう飲んで一仕事終える気、かと思ったんですけど」
「ガイアが日が落ちたらログアウトって言っていたからね、見送りがてらに此処へ来ただけ」
「最後に成果を確認しながら一杯。ミッションがあるタイプの旅バラエティでよくありません? そういうやつ、好きなんすよ」
「判る。ロンドちゃんもそういう番組に出て、爪痕残したいなぁ」
「やり過ぎるとヤラセを疑われるよ?」
「それが世知辛いところ……」
私の一言でロンドは沈み、ガイアはビールを呷る。
「ロンドはまだ大丈夫なの?」
「明日は、朝はのんびりできますから。もう少しだけ頑張るつもりです」
「それなら丁度いいかな。今日中にやっておきたいことがあるから」
「ガタンの捕獲の目処がついたんですか?」
突っ伏したまま、上目遣いに視線が向けられる。
「時間がかかりそう、っていうのが理解できたからね。ガタンの情報を入手したときは、それが最短距離だと思った。けれど、その捕獲を目指していると、いろんな情報に晒されるわけだ」
「つまり、どういうことっすか?」
ジョッキが置かれ、フライドポテトを摘むガイアが問う。
「私たちの、この仕事の最短距離って何だと思う?」
「そりゃ、勿論、アーマードオウクワガタンを倒すことっすよね?」
「そう。だったら、それを成せばいい」
「その肝心の、アーマードオウクワガタンが何処にいるかが判らないんじゃないですかー」
口を尖らせるロンドの頭を、ポンポンと撫でる。
「最大のヒントはウオヌーだよ。あれ、何が目的で陸にやってきていた?」
「米粒を食べるため、ですよね?」
「そう。そしてガタンも同じ目的。じゃあ、私たちが撒かなかったら、彼らはどこで米を食べるのか。そもそも、何故米を食べるのか。考えられるのは、強襲揚陸艦という名前が付いていることかな」
強襲揚陸艦ということは、生体的なモンスターではなく、ゴーレムのように何らかの理由でもって造られた形のモンスターなのだと思う。
それについては世界観的なものに関係するのだろうかは、今詳しく触れられる要素はないのだけれど、生体的な物ではないとすれば、まず間違いなく燃料というものは切ってもきり離せない。
「魚型をしている、とりわけナマズの姿をしているということは、太陽光を利用しているわけではないと思うし、そもそもこの森では太陽の光は受け付けていない。そんな中で米を食べるということは、それが一番燃料として適している、ってことだ」
バイオマスエネルギー、と言ったところだろうか。この世界では、その手のエネルギーを引き出すことにおいて、最も効率のよい素材が米であった。
ここまでの説明で、二人もピンときたようだ。
「もしかして、ガタンもウオヌーと同じようなものってことですか? ウオヌーから飛び出るコバンウオヌーみたいな」
「てことは、っすよ? ガタンを追えばその上位のものと遭遇できる」
「ガイアの言うそれが、本来の進め方。でも、私たちはその先のゴール地点を知っているわけだから、いちいちその過程を追う必要はなし。直接大本へ迫ればいい」
「どうやって?」
フライドポテトを咥えながら、ロンドが問う。
「この森の中の何処かに、米が実る場所があるはず。それはおそらく普通に発見できるものではなくて、他の街で情報を得たうえでクエストとして発行されるもの。そう考えるのが妥当かな」
そして発見される場所は、おそらく戦場になっているはずだ。ウオヌーとガタンの、米の争奪戦。そこに上位種が現れるのか、そこで得た成果をガタンは持ち帰るのか。
どちらにせよ――。
「今度は、私たちが呼び出す側じゃない。呼び出される側、ってことで」
フライドポテトを摘み、話を切る。そうすれば、自然とやるべきことが判ってくれるだろう。
「……これから待っているテキスト集めのために、……飲んどく?」
「遠慮しますー。ロンドちゃん、飲むとポカしそうなので」
「旅バラエティの大事なシーンで、何かやらかしそうね」
甘えぐせのあるロンドだから、飲むと一人での行動はしにくく感じるのだろう。
「ガイア、二人で飲んだらいい思いができるんじゃない?」
「あんまり深く酔うと、翌日覚えていないんすよねぇ。それが良いような、悪いような」
進んだように見えて、全く進んでいない。今回のクエストもそのようになるのかどうかは――、この先次第。
そして迎えた二十七日。私なりの推理を披露した甲斐もなく、何の成果も得られていない。
他の街から森の街の情報は幾つかのあったものの、そのどれもが森由来のアイテムの入手に関係するもの。にも関わらず、米に関する情報は一切なかった。
森の街でテキストを集めていたロンドからも、目ぼしい情報は入ってこず、私としても、どこから手を付けていけばいいのか分からなくなってしまうほど。
「相当苦戦しているってことですね!」
そうやって朗らかに言い放つヒナタの笑顔が、なんだか癒されるようだ。
「ちゃんと聞いたことなかったけど、そんな仕事をしていたんだな」
砂漠の街の広場。そこでシートを広げて『強化請負』と手書きの看板を掲げていた二人に会ったのは、事前に連絡を取り合っていたからだ。
連絡先を交換していたヒナタから、急に学校が休みになったからゲームで遊ぶと連絡が入り、それならカナタもいるよね? と一仕事依頼をしたわけだ。
「カナタもこういう仕事、したい? 多分、バイトの紹介くらいは出来ると思うよ」
「バイトするほど、金には困ってないね」
「生意気なガキめ」
「金遣いの荒いガキより、だいぶマシ」
悪態をクールに受け流すカナタに、ヒナタは拍手を送っている。
「それより、強化は完了したよ。ついでにステータスも上げておいたけど、本命はこれ。これでバインダーバレルに静音性が付与されて、モンスターに気付かれにくくなった。……ふぅん、こういう素材も森では手に入るんだ」
「サンキュー。そう、ハッチバックってモンスターが落とすアイテムだね。これがガタンに有効なら、まだ光明が見えるのだけど」
「米は良いんです?」
「手掛かりがないしねぇ。おにぎり好きのヒナタは、なんか情報持ってないの?」
「うーん、そう言われると困っちゃいますね。でも、……これはインスピレーションなのですけど、店売りのお米が高いって、なんか違和感を感じませんか?」
まったく。そう答えると、ヒナタは首を傾げてしまう。
「カナタくんも?」
「ゲームじゃ当たり前なんじゃない? 店売りが高くて露店が安い、なんて」
「でも、そうなんですけど、物の値段っていうのは、色んなところに掛かったお金を回収する目的で設定するものですよね? お惣菜も、原材料費が高くなれば値段が上がるし」
ですよね? という視線に、私は頷く。その分、人件費を削って値段を維持することもあるけれど、それはそれでリスクもあるし、難しいところだろう。
「店売りのお米が高いのも、どこかでお金が掛かっているって考えられませんか? ほら、このゲームって無駄に凝った設定のところもあるじゃないですか!」
「……凝った設定じゃないところもある?」
「はいっ!」
頑張れ、弟さん。
「それで、お姉様の推理が合っていたとして、森と草原では砂漠を通過しないとならないですよね? それだと確かに運搬費が掛かると思います。でも、そもそもそういう流通の話は聞いたことがないのです」
確かに、話を聴いていれば、それもそうかもしれないと思えてきた。私は森で米を手に入れられる場所はないかどうかを調べてきた。けれど、それでは答えを引き出すキーにはならないのだとしたら?
参考になった、と二人に礼を言ってその場を離れる。草原の街。ここにある道具屋は神殿まで続く道の途中にある。
店に入っても店番が居るわけではない。テキストが表示され、自分の目的にあった項目をタップしたり、検索したり。そうしたやりとりが行えるのだ。
入力欄に、『米はどこから仕入れているのか』。次に表示されたテキストは、『ブランド品のため口外不要』。
ここで一つ、値段が高い理由が判明した。
続けて入力欄。『栽培しているのは誰か』。答えは、『管理している者はいる』。『会えないか?』、『秘匿されている』。
ここで馬鹿正直にどうやったら会える? と聞くよりも、効率的な質問はないだろうか。シンプルに質問をして回答を得られないことは、これまでの質問でおおよそ理解はしたつもりだ。
この手の駆け引きで重要なのは、なんだろうか。自分の要望を叶えること? それとも、互いの望みが叶えられるウィンウィンな関係を築くこと? では、相手が求めていることはあるのか?
「……これでどうだ?」
私は『ウオヌーを倒すことができる』と入力した。その返答には、少し時間が掛かった。
『冗談には付き合えない』
そのテキストを見て、私はため息をついた。大事なのは、増援を呼ばれずにウオヌーを倒すことか。
「くそう、ガタンの説明をしておいて大事なのはウオヌーの方、とかさ。いい性格をしてることで」
「考えた奴、相当に捻くれているな」
「カナタくんみたいですよね!」
「……」
「夫婦漫才しているところ、悪いけどさ。自然とついてきているけれど、付き合ってくれたところでバイト代は出ないからね? あなた達はゲームをしているだけ。お判り?」
「さっきはバイトを紹介できると言っていたくせに、バイト代はでないのか?」
「それはそれ、これはこれ」
確約できる権限はないから、期待を持たせることは言わないように、ってやつだ。
「ヒナタは判っております! お姉様と一緒にいたいだけですから! カナタくんとも一緒ですし、嬉しいなぁ、大好きな人たちに囲まれて!」
天然ガールの何気ない言葉でも、ドギマギしてしまいそうな彼にも視線を向ける。
「暇だから、付き合うだけ。それに、ヒナタも心配だし」
「悪い虫に付き纏われたら、困るもんね」
「別に」
「悪い虫って、何です?」
「え、モンスター」
そのままの意味だったのか? と、少し驚いた表情を見せる彼に、早速で悪いけれど森での戦いを経験してもらおう。
と言っても、苦戦をするのは物理特化の彼女の方。良いところを見せろよ、男の子。




