75.世界の歴史と美味しい物は
梯子のような枝振りの木を登っていくと、繁った葉の中に板張りの床が現れた。
それを表現するなら、ペデストリアンデッキだろうか。板張りの広い通路にはまだ人は殆ど見かけられないが、線路のように伸びた蔓の上を走るトロッコは、なかなか風情が感じられる。
駅にあった案内板を確認すると、この街も例に漏れず、けん玉の形をしているようだ。
けれど、それは全て地続きになっておらず、長方形のエリアが四つと、神殿があるだろう円形のエリアが一つに別れ、トロッコによって繋がげられている。
「おーい、もうすぐ出るぞー」
トロッコに乗っていた人から声がかかる。どうやら発車時刻は決まっているようで、乗り遅れたら次のトロッコを待つしかないらしい。
もう少しこのエリアを探索したい気もするけど、と後ろ髪を引かれつつ、私はトロッコに乗った。
二人が座ればいっぱいになりそうなベンチが、縦に十列並んでいる。定員は二十人。運転手はおらず、自動運行。乗っているのは私を除いて四人。
「これ、どこ行きか判る? 神殿へいけば、体力ゲージがなくなったときの転送先が切り替わるからね。最初はみんな、こっちに乗っていくんだ」
「神殿行きなんですね。確かめる間もなかったから」
先ほど声をかけてくれた人が教えてくれる。私よりも、だいぶ年上の男性だ。
「どのエリアにも、同じ乗口なんですかね?」
「いや、一つのエリアに二つのホームがある。一つは神殿行きで、どのエリアにもある。もう一つは十字の先端を環状で周るトロッコだ」
長方形をしているエリアの両端がホーム、ということか。街へ移動するためのワープも神殿に対応しているから、先ず神殿を目指すのがベスト。
「環状線に乗るよりも、一度神殿へワープしたほうが目的地にたどり着きやすそうですね」
「そうだね。適当に飛び降りれば地上には戻れるし、そこからワープをしたほうが早くはあるか」
トロッコも、なかなかのんびりとした速度だ。ここで暮らす人たちは、余程のんびりとした性格なのだろう。
神殿に辿り着いたら、どこかしらでテキストを確認して、街の様子を探ってみるのもいいだろう。
他愛もない話をしていれば、トロッコは音もなく終点へと辿り着いた。ホームからは八本の蔓が伸びていて、他の四つのエリアを繋いでいる。
乗客五人は揃って神殿へと入り、特に深い話題もなく自然に別れた。図書館へ向かう人もいれば、早々に神殿を出ていく人もいる。
私はホールのベンチに腰を下ろして、ユキに通信を繋げていた。
「やぁ、森の街へ着いたよ」
「お疲れ。俺はそろそろ終業だけど、お前はまだやんの?」
「そのつもり。で、少し助言を聞きたいんだけどさ。特定のモンスターを倒すために、通常、ロールプレイングゲームって何をするものなの?」
「んー、街の人から話を聞いたり、出そうな場所で痕跡を見つけたり、だろうな。けど、それで済む話だったらデバッグでもクリア出来そうなものだけどな」
そう、私もそこを疑問に思ったからこそ、こうして改めてユキに助言を頼んだのだ。
私だってのうのうと遊ぶだけに甘んじることはなく、それなりにロールプレイングゲームについて、調べてみたことがある。
レトロゲームと今の流行とでは乖離があるかもしれないけれど、総じてどこからか情報を入ることは共通している、という認識だ。
「ひとまず、森の街を調べてみるよ」
「テキストが表示される場所、かなりの数だから覚悟はしとけよ」
レトロゲームによくある要素だよね。一歩移動してその場を調べて、方向を変えて調べて。それをひたすら繰り返す。
先ずは、この神殿の中からか。
私はシワの出来た眉間を揉みほぐしながら、座っているベンチを調べた。
ホールには特に何もなく、受付でも有用な情報は手に入らない。次は図書館だと移動して、ついでにこの世界についての歴史も、さわりだけでも調べておいた。
「訳がわからない、ということは判ったかな」
この森の街はエルフが住まう場所らしいのだけど、それ以外の情報はあまり出てこなかった。
他の街ではテキストに現れなかったエルフが、何故この街で暮らしているのか。他者の侵入を拒むような仕掛けは何なのか。
それについては、ネットで調べた仮説というものを仕入れたことがある。
曰く、図書館で知ることの出来る歴史は建前上のものではないか。理由としては、図書館以外の場所で歴史を語る人がいることが挙げられる。
神が遣わした設計図をもとに、街は作られ、人々は世界を旅する冒険者を支えて暮らしている。それが図書館で仕入れられる主な情報であるのだが、砂漠の街の路地裏で表示されるテキストには、少し違うことが記されていた。
曰く、『我々は冒険者を支える役目を、あの日、勝ち取ったのだ』と。『しかし、事態は進まない。我々も動かねばならない』と。
その結果、街が砂に覆われた。
「この街で明らかになるのか、まだその先に進む必要があるのか」
私にはやらなければならない仕事があるから、その手の情報は全てで揃ってから、のんびりと咀嚼することにしよう。
一通り神殿の中を探索すれば、流石に眠気も手伝って集中力が落ちてくる。今日の活動はこれまでにして、一日一エリアと目標を決めて取り組んでいこう。
念のためトロッコの時間を確認しておいて、移動は翌日に回してログアウト。
タイミングよく母の後に入浴を済ませ、就寝に備えて身支度をしていれば、急に音を発するスマートフォンにウーフが顔を上げる。
「ティア――と、雫月か。ごめんごめん、さっきまでゲームの中だったから」
「あはは、まぁ、ニックネームみたいなものだから、どちらでも構わないといえば構わないかな。ゲームの中で本名を呼ばれるとちょっと嫌だけど」
「気を付けます。で、何の用?」
「森の街へ行った?」
「行った」
「流石の行動力。ねぇ、明日、ちょっと連れて行って貰えない? 海の街でさ、ちょっと気になる情報を聞いたんだよねぇ」
海の街で、森の街の話? 一見関係のなさそうな両者に、私は気になって話の続きを促した。
「海の街で見られる海鳥、実は森の街の近くで産まれる渡り鳥らしいのよ。で、その卵が絶品なんだとか。ね、食べてみたくない?」
「……愚問でしょ。茹で卵が良い? それとも目玉焼きにする? あぁ、最初は卵かけご飯で味わうのがいいか。いや、でも生食できるものとは限らないし、茶碗蒸しという手もある」
「あはは、盛り上がっているねぇ。ま、明日はよろしくね。そんで、仕事があるなら、それを見失わないように」
「はーい、忠告ありがとう」
お互いの笑い声を最後に通話を終え、脚にじゃれつくウーフの頭を撫でる。
「……卵が食べたくなってきたな」
部屋を出て、ダイニングにあるつまみを保管してある棚を開ける。お、鶉の卵があるじゃ~ん。真空パックされた、味の染みた個包装のありがたーい存在。
「お父さーん、鶉の卵、貰うからねー」
「あいよー」
タイミングよくトイレから出てきた所有者を捕まえて、了承を得る。
甘じょっぱく煮られたそれを手に取って、封を開ける。冷蔵庫から缶酎ハイを取り出して、開封音で気分を上げる。
「ウーフは、おやすみ。ここからは大人の時間だよ」
この三歳児、人間で表せばいくつなのか。構ってほしそうに腹を見せる姿に微笑みながら、要求に応えながら。私の少し遅い晩酌を楽しんだ。




