74.森へ
モンスターとの戦闘はそこそこに、私たちは仕事を優先するべく森の街を目指した。
川沿いに空を飛んでいけば良いだろうと、三人揃って鳥になったまでは良かったのだが、森を眼下にしたところで途方に暮れた。
「どう? 見えた?」
「全然だめです」
ロンドは両手を上げてギブアップ。ガイアはまだ粘って忙しそうに周囲を飛び回っているが、私の目からしても、それは無駄な努力に終わりそうだ。
「木々に隠れて、街が全く見えないなんてねぇ」
「降りてみても、分厚い葉に拒まれて地面には降りられないですしね。葉っぱの上に立つとかファンタジーですもん。結界みたいなもの、ということなんですかね?」
「砂漠の街が砂に埋まっていたくらいだし、そういうこともあるか」
ため息をつく。結局のところ、川伝いに森に入らなければならないってわけだ。
「ロンドちゃん、午後から予定があるんです。はぁ、森の中までは入られると思ったんだけどなぁ」
「残念。順序を間違えたってことかな。ま、私が街へ辿り着いたら、サクッとワープで連れて行ってあげるから」
「では、適当なところにテントを張ってログアウトします。ガイア、じゃあねっ!」
「あ、もう行くんすか? じゃ、また」
手を振って別れると、私とガイアはもう少しだけ森の上をランデブー。
「ガイアは今日、どのくらい?」
「俺も午後から用事があります。大学へちょっと」
「学生も大変だなぁ。農業の方は?」
「動いている畑は、協力してくれている親戚がある程度やってくれているんすよ。俺は今のところ、その手伝いと温室やビニールハウスの片付けですかねぇ。草ボウボウで大変なんすよ」
「温室なんてあるんだ」
「ええ。じいちゃん、手当たり次第に作物を作ろうとしていて、〈ヨナ農園〉って名前をつけていたんすよ」
様々な設備を整え、各都道府県の名物やらなんやらを育てる計画だったらしい。そこから、四十七、ヨナ。奥様の名前でもあるらしい。温室では主にイチゴやメロン。その夢は、孫に託されたというんだから爺孝行なのだろう。
「苗を育てるためにも使えますし、なるべく早く終わらせたいっすねぇ。来年にはイチゴを育てられたら良いんすけど」
「クリスマスには間に合わせないの?」
「その手前の、カボチャを目指しているんで」
巨大カボチャを作って、大きさを競う大会に出場したいらしい。夢があるのは良いことだ。
「美味しいカボチャも作るなら、コロッケにしたいところだけどね」
「そうなれるように頑張ります」
期待している。そう声をかけて、ガイアもログアウトするために去っていった。
さて、と。
「先ずは川に戻って、森に入りますかね」
少し伸びをして、遠くの方へ目を向ける。目が疲れた。緑ばかり見ているのに。昼食のデザートには、ブルーベリーのジャムを載せたヨーグルトを追加しよう。
森に入ったところでテントを設置してログアウトし、愛犬との戯れに癒されたら再びログイン。戦闘を繰り広げる他のプレイヤーを横目に、私は川に沿うようにして森の中を進んでいった。
出現するモンスターは、昆虫が多かった。
炎を吐くカミキリムシだとか、鎌鼬を発生されるカナブンだとか。攻撃方法はなかなか特殊なのだが、強さ的にはそこまでではない。
ライオンだとか、サイほどある大きさには驚きはしたけれど、バインダーバレルの手数に任せれば、あっという間に黒い霧に早変わり。
「それでも、どこか愛嬌のあるデザインになっているのは流石の仕事、と言ったところか」
そんなデザイン担当のために、お仕事お仕事。あぁ、探索のついでに、今後のためにチケットを集めておこうか。
「……すみませーん」
のんびりと川辺りを歩いていれば、困ったように眉尻を下げた女性が話しかけてきた。
「えっと、何かお困りで?」
「はい。困ってます。ほら、あの木」
細い指の先を見ると、まるで梯子のような枝振りの木が生えていた。左右の枝から、一本ずつ蔦が垂れ下がっているのが確認できる。
「あの蔦を、同時に引っ張ってみたらどうなるんだろう。なんて思ったのですが、あいにく私はひとりきり。両手を伸ばしても蔦には届かず。でも、気になって仕方がない。……この気持ち、判ります?」
「判ります」
小さなことが気になって仕方がない。これは避けては通れない道だ。
私は彼女に頷いて、左側の蔦を担当した。
「せー、のっ!」
彼女の掛け声で同時に、下方向へ引っ張る。すると、どうだろう――。
「……何も起こらないね」
「ですねー。すみません。お手を煩わせてしまいました」
「いえ、なんかこういう仕掛けもあるのかなぁと、参考になりました」
「そう言っていただけると幸いです」
物腰が丁寧な女性に別れを告げて、私はまだまだ川沿いを歩く。
川エリアを表す川は、大きな中州が幾つもできるほど大きな川だった。けれど、森に入ってからはどんどんと細まり、今では風光明媚な渓流を思い描かせる。
天井はすっかり木に覆われて日差しもないのに、周囲は暖かな光に覆われて鮮やかな景色が堪能できる。
木々の間には色とりどりの花が咲き誇り、苔の絨毯が青々と美しい。けれど鮎はいない。解せぬ。
メニューを開いて地図を確認するけれど、まだ全体の半分も進んでいないだろう。少しはスピードアップになるだろうか。木々を縫うように宙を跳ぶ。
襲い掛かるモンスターは、バインダーバレルの弾幕の餌食になる。苔に覆われた遺跡を見物し、何か仕掛けがないかと探ってみるも、特に何もない。
やはり川沿いを進む。それは何故か。理由は単に、文明というものは川沿いから始まるものだ、との先入観があるからだろう。
現に川の街では、プレイヤーが自ら創り出すという仕様になっている。川から支流を作り、そこに街を創るのだ。
砂漠の街では今、有志を募ってその計画を立てているところだという。どんな街になるか、楽しみに経過を見守っていこう。
夕方が迫ってくるが、まだまだ街は見つからない。どこかにヒントが隠されているのだろうか。それを探りながら進んできたつもりだったのだが、なかなかそれらしきものも見当たらない。
日が暮れてきて、川は蛍の光に彩られた。
「蛍を見るだなんて、どれくらいぶりだろうなぁ」
昔は地元にも蛍が出没する場所があった。子供の頃には、足を運んだ覚えがある。いつから、その場所に足が向かわなくなったのだろうか。
その考え自体、頭の片隅にもなかったように思う。そうして、其処は今はどうなっているのだろうか。まだ見られのだろうか。そう思っては寂しくなる。
それでも足が向かないのは、縛られるものが多いからだろうか。休日の賢い使い方を、あれこれ考えてしまうからだろうか。
動く前に考えてしまうのは、大人になった証拠なのだろうか。子供のように、無邪気に駆けずり回れたら、街も直ぐに見つかるのだろうか。
私は少し寂しくなって、愛犬の姿にかつての無邪気な自分を見ようとした。
「ブロッコリーでも、茹でて食べようかな」
夕食の調理。ご近所から頂いた立派なそれを、水の張ったボウルの中に浸して振る。
気分はまるで、抹茶を点てているかのようだ。
「ははっ、このみっちり詰まった感じ、まるであの森みたいだ」
上からは中の様子がまるで見えないし、中に入ることもままならない。蕾の密集具合は、まさにあの森を連想させた。
「でも、しっかり洗わないと。虫がいたら嫌だしね」
何しているの? ウーフがピタリと足に寄り添う。
「後で一緒に食べようね」
濡れた手を拭いて、その頭を撫でる。その時、ふとある考えが頭に思い浮かんだ。
「草原の街は草原にあって、山の街は山にあって。海の町は――海の上?」
隠されていない街はいずれも、その名の冠する場所にあった。では、森の街は森の中? 上からは、結界のようなもので何も見えない。
「まさか、……ツリーハウス?」
梯子のようにも思えた木は、正しく梯子だったのではないか。私は急いで調理に取りかかった。
気になる事を、放置しておける性分ではないのだ。でも、食事は大事。愛犬とのひとときも大事。お楽しみにも、優先順位はあって然るべき、ということで一つ。




