73.新たなモンスター
トラバサミのような大きな口が、私の眼の前でガチりと噛み合った。
間一髪、と言っていいだろう。呑気に川に近寄ったら、獲物めがけてワニが突っ込んできた。うん、それについては謎の行動でも展開でもなく、全くもってミステリーでも何でもない。ただの本能であり、ゲームのエンカウントだ。
「うりゃりゃりゃーっ!」
異変に気がついたロンドの攻撃がワニに迫るのだけど、その攻撃はワニのデスロールによって難なく回避をされる。
ひとまず突っ込んでおこうかな? デスロールは獲物を咥え込んでする動きであって、戦闘機同士のドッグファイトでするような、曲芸じみた動きではないと思うんだ。
「ずんぐりむっくりなワニのくせに、なかなか素早いっすねっ!」
ガイアの振るう二本の剣も回避し、縦ではなく横に広いその口が、歪んだように笑っている……ように見えた。
ワニは水面をまるで忍者――というかアメンボのように動き回っていて、一キロは優にありそうな川幅において、私たちプレイヤーの行動範囲は、主に顔を覗かせた岩を足場にするくらいだろうか。
私は飛べるからまだマシ。だけど飛べなければ移動が面倒――なるほど、そのための精霊の隠れ里。そこで飛行魔法を習得してから、此処へ来てねということね。
外野はこの戦闘を観察し、今後の糧にすることに決めたようだ。頑張れー、との呑気な声が響いている。
護岸などない川辺りに座り込んで……。
「ぎゃぁぁぁーっ!? 川に足を突っ込んだらピラニアが食い付いたっ!?」
「川に入ったらアウトなやつか、これっ!?」
ざまぁみろ。
さて、私は私で戦闘に集中しよう。
ピラニアも倒すことができるモンスターなのか、はたまた安全地帯を示す動物なのかは気になるところではある。だけれど、まぁ、こうして襲い掛かってくるモンスターがいる時点で、安全地帯ではない。
……なんて、簡単に判断できないのは、砂漠の街で学んだのだけど。
「バインダーバレル、展開」
鞘を放り投げて、筒状に分裂させる。
さて、こちらを獲物だと思っているモンスターに、獲物としての自覚ってやつを思い知らせてやろうか。
やっぱり、新しい場所に向かうことに高揚しているのだろう。自分の子供っぽさの表れに苦笑を零しつつも、宙に浮かぶバインダーバレルをけしかける。
「ロンドは休まずその場で射撃っ! 相手の接近には気を付けてっ!」
「りょうかーいっ!」
「ガイアは少し離れて。あいつは自分の攻撃以外は絶対に距離を取る動きをする」
「じゃあ、どうするんすか?」
「そんなの決まってる。……獲物は追い込んでこそでしょうよ」
口の端を上げた私は、なかなか凶悪な風貌だったんじゃないかな?
今までは、情報にあるモンスターと対峙をして、情報にあるような攻略をしてきた。例外は砂漠の街を開放するための戦いだろうけど、その時とは自身の戦い方が違う。
あの時の無様な姿を、鼻で笑ってやろう。そんな意味での高揚感も、確実にある。
ロンドの攻撃とガイアの攻撃。そして私の繰り出す攻撃に対するリアクションを見て、対峙するワニの行動というものは察しが付いた。
遠距離攻撃にはデスロール。近接攻撃にはステップ。それぞれそのような回避行動を取る。
遠距離攻撃、私の場合は射撃ばかりしたら、デスロールによってどんどんと距離を取られてしまう。こちらの攻撃が届かない距離まで逃げられてしまえば……。
「ちっ」
それらの全てがゼロになるくらい、一気に距離を詰めて攻撃を仕掛けてくる。
この場合、どのように対処をするべきなのか。
その動きをよく見極める。デスロールを繰り出す方向。ステップからデスロールへ切り替えた時の移動距離と方向。前後左右に動くステップの誘導法を。
「さぁて、仕上げをご覧じろっ! ステアフライッ!」
ライフル型のバインダーバレルを動かし、デスロールを誘発させる。その先に、ワープを使って回り込んだら――。
「はっ!」
刀を振るってステップを誘発させる。
ワニは片側の足に力を入れて、側面を向いたまま私とは反対側に跳ぶ。角度が悪いな。そう判断をすると、挟み込むように設置したバインダーバレルから魔法弾を射出する。
ディープフライ。調理工程をモチーフにしたお陰で、その動きはスムーズにイメージ出来ている。もしや油がお気に召さなかったかな? デスロールで逃げるワニを追い、正面から刀を振るう。
そうすれば、思い通りに背後にステップを刻む。
さぁ、方向転換は完了だ。
「ボイルッ!」
もう一つのライフル型の攻撃により、デスロールを使用するワニは、自ら弾幕の中に飛び込んでいった。
思った通り。
私がライフル型による攻撃のみにしたのは、ワニのある動きが気になったからだ。ワニはデスロールで方向転換は出来ない。一度遠距離攻撃を受けたら、その攻撃が止むまで一定方向にデスロールをし続ける。
だから、私の攻撃とは別方向から来る遠距離攻撃は避けられないっ! そして――。
「マシンガンの射程は近接判定っ!」
弾丸の嵐に呑まれたワニは、這うようにそれを抜け出す。そこにけしかけるのは、マシンガン型のバインダーバレル。
ロンドの弾幕の中で近接攻撃なんて出来ようがない。けれど、この方法ならデスロールからのステップにスムーズに切り替えられる。故に――。
そのステップは、既に読んでいるっ!
「おいでませー、っすよっ!」
背後からガイアの攻撃。思い通りに当たるのは、ワニが反応出来る攻め手の手数を超えているからだろう。
三人と七つのバレルから逃れるには、回避の手数が足りていなかった。それが敗因かな?
「手数で攻めれば、恐れるに足らず」
私はロンドの隣に降り立って、しめしめと笑って口元を手で隠した。
「モカさん、なんだかはしゃいでますね。前のキャンプの盛り上がりがまだ続いています?」
「んー、それももしかしたらあるかも。ウーフがまだまだ思い出だけでニコニコでね。ま、私としてはみんなと顔を合わせられたっていうのが大きいのかな」
どういうこと? と彼女は目で問いかけている。
「私って、ちょっとばかり人見知りだからね。ネットでの距離感ってのが、ちょっと判らないのよ。ユキやティアは、まぁ、久しぶりでどこまで突っ込むか測っていた部分もあったし、実際に現実で会ってみて、みんなとお酒を飲んで、気心がしれて」
「大人しくしていなくても大丈夫、って?」
「そんな感じだろうね。安心させてもらってます。……ロンドだって、結構ベタベタしてくるタイプじゃーん?」
「え、そんなことないですよぉ? ロンドちゃん、アイドルですしっ!」
甘えたがりがバレて恥ずかしかったのか、ガトリングの連射能力が僅かに上がったような……気のせいかな?
ま、敵の体力を削り切るのは、私よりやる気があって、攻撃力の高い二人に任せようか。
サクッと倒せるようなら、この先の道中は楽かもしれないなぁ。




