72.目指せ新エリア
谷間の館でのエクストラクエストが恒常化されてから少し経って、この日、遂に海エリアでのボス討伐数が規定値を超えて新たなエリアが解放された。
マップ東側から北側にかけて広がる新エリアは、巨大な森と川によって構成されている。先ずは砂漠を進んで川エリアまで辿り着き、そこから北上して森林エリア、ひいては森の街を目指すのが、攻略の手順だろう。
既にネットでは、風情のある川辺りの光景が投稿されていて、なんとも目の癒やしになっている。
ウーフに見せても、この綺麗さが判るのかな? スマートフォンの画面を見せてみると、自然豊かな光景にキャンプの日を思い起こしたのか、ちょっぴりテンションの上がった姿が可愛らしい。
それにしても、砂漠の先に現れる川、か。川辺りに現れるダンジョンらしき遺跡と言い、仄かに感じるミステリーの世界観。
人のこと――もとい、犬のことは言えないな。私は少し、高揚しているのかもしれない。
「ウーフ、これから私、新しい仕事が始まるんだよ」
頭を撫で回されているゴールデンレトリバーは、その言葉を判っているのだろうか。その手から逃れて部屋の隅へ移動すると、数日前に利用した旅館で買ったフリスビーを咥えて戻ってくる。
ぬいぐるみのような質感で、柔らかくて、その感触も気に入っているのだろう。
「少しだけだぞー」
廊下に出て、軽く投げる。
窮屈そうに走っているけれど、それはそれで楽しそうだ。
「今回の仕事、なかなか厄介そうなんだよなぁ」
ひとりごちて、私は昨日、雪斗から届いたメールの内容を思い出していた。
※
「よし、集まったな。早速、今回の仕事の詳細を伝えていこうと思う」
砂漠の街のクエスト斡旋所、その三階のフリースペースにある個室。
私はいつも通りにそれぞれのコーヒーを淹れながら、ホワイトボードの前に立ったユキの言葉を聞いていた。
ホワイトボードには、『モンスターの進化の是非』との文字が躍る。
「いずれ森の街が解放されると、モンスターを一体、仲間にすることが可能となるアイテムを入手出来るんだ。そのモンスターは現状、進化するような要素はないんだが……」
「社長が、それは勿体ないって?」
ロンドが手を挙げて質問をした。
「まぁ、そんなところかな。モンスターを二段階に分けて進化するようにして、その都度三パータンの変化が起こるようにする。てのが、社長の望みらしい。モンスターの育成を楽しんでもらいたい、ってな」
「自分自身の育成は結構、同じことの繰り返しだし、そういう新しい要素は新鮮で面白いかもっすね」
大地はその要素に好印象を持ったらしい。
「でも、それに弟さんは反発したんだ」
「モカの言う通り、とは、ちょっと違うんだよな」
ホワイトボードに、新たな言葉が書き足された。
「……『モンスターデザイン担当の負担』?」
三人の声が揃った。
「そう。モンスターを進化させるってことは、二段階の三パターン、つまり一体のモンスターにつき十二のデザインを追加しなくてはならない。うちのモンスターデザイン担当はクエスト攻略課よりも少なく、……一人だ」
えぇ。
「デザインに統一感を出すため、って理由なんだが、今はそいつ、今はまだ言えないが次の展開のための仕事で手一杯でな。社長としては、それを一旦棚上げしておいて、こちらの仕事をしてほしいと思っている」
「弟さんは、それを拒否しているってこと?」
「そう。今の感性で描いているデザインを停めて、再開した時に差異が出たらどうするんだ。ってな」
判るような、判らないような。こういう者は、ティアに訊いてみると共感したりするのだろうか。
「てことは、今回の仕事は俺たちが成功すれば社長の願い通りに、ってことっすか?」
「そう」
「なんか、複雑っすね」
その苦笑は、ちょっと判る気がする。モンスターの進化は今後のアップデートで、と言うことも可能だと思うし、後からでも遅くないんじゃないか、と。
でも、社長としては機能をスムーズに投入したい、という考えもあるのだろうか。
後出してこの手の強化機能を追加すると、既存のものとのシナジーが複雑になって、思いもよらない効果を発揮してしまうこともあるとかなんとか。
今後どういった機能が追加されていくのかは判らないけれど、モンスターの進化という機能を追加するのなら、今がベストだと社長は考えたのだろう。
「だからメールでも伝えたように、今回発行されるエクストラクエストは難易度が高いんだ。開発部のデバッグ担当のうち、何も知らない十人が挑戦した結果、成功した人は一人もいない」
「それ、クリアさせる気ないって意思表示でしょ」
淹れ終えたコーヒーをそれぞれに配る。話に聞き入っていたから、飲みやすい温度にはなったことだろう。
「そういう話だと、ロンドちゃんちょっとやる気でなーい」
「まぁ、そういう反応をするもの無理はない。けど、このエクストラクエストは実際にゲーム内で、一般プレイヤーも挑戦できるものなんだ。つまり、運営からの挑戦状だな。……お前ら、逃げる?」
その煽るかの視線に、私たちの気持ちは一つだった。
「冗談でしょ。ロンドちゃんたちを、甘く見ないでよね」
奮い立たせるように苦いコーヒーを飲み干し、私たちは砂漠の街を出た。目指すのは、解放された新エリアだ。
エクストラクエストの内容はこう。『森の中に出現する、アーマードオウクワガタンを討伐せよ』。
「巫山戯た名前ですよねー。男の子って、こういうのが好きなの?」
ロンドの視線はガイアに向いている。
「まぁ、見た目によるっすかね。メカメカしい見た目だったら、気持ちが奮い立つかもしれない。だって、仲間になるかもしれないんすよ?」
それはつまり、隠しボスが仲間になる。みたいなワクワク感だろうか。敵対していた人物が、ある事件においては協力関係に。そう考えれば、その気持ちは判らないでもない。
――そんな感じ?
――違うっす。つまりはメカっすよ。
あまり深い意味はなかったらしい。
砂漠の日差しの中を、人混みに紛れるように進んでいく。解放されて日が浅いこともあって、砂漠の街から向かう人もなかなか多い。
「直接、森へは行けないわけ?」
「どこからともなく攻撃されるらしいっすよ。だから、川から行かなければならないんじゃないか、って考察っす」
「いろんな背景があるかもしれませんね。砂漠の街は埋まっていたし、その原因を恐れて――みたいな。世界観を紐解きたい人は、我先にって森を目指しているんじゃないかなー」
この一団のなかにも、そんな人がいるのだろうか。人の楽しみは人それぞれ、か。
私のモチベーションとしては、どうだろう。真っ先に思い付くのは、川で手に入るかもしれないあるものか。
それは、川魚。鮎がいればベスト。
骨まで柔らかく塩焼きにしたものを、頭から齧り付く贅沢というものは、何ものにも代えられないものだと私は思う。
学校から帰ったら、母親が近所から頂いたという鮎を焼いておいてくれて。それを食べながらテレビを見るのが、何とも言えない風物詩だった。
まだまだ現実では鮎の季節ではないものの、ゲームの中でなら……という密かな願望。
「あ、川が見えてきましたよ」
「鮎の匂いはするっ!?」
「へ?」
失敬、ロンド。少々待ちきれない思いがしゃしゃり出た。
こうなったら、もう待っていられない。釣り竿はないけれど、ゲームの中の身体能力でなら、手掴みでも充分に渡り合えるのではないか。
このゲームで鮎が食べられるとは決まったわけではないけれど、逸る心はどうにも抑えられない。私はその一心で、二人を置いて駆け出した。そうして目の前に広がった川にいたのは……。
「……ワニが、デスロールをしている」
そしてピラニアが飛び跳ねる。もしかして、日本の川ではない?




