70.幕を下ろすために
おそらく、この日最後のログイン。遊戯室に集まった面々は、ビリヤード台を囲んで散らばったボールを眺めていた。
「モカとカレンの考えによれば、このボールを一番から順にポケットに落としていき、九番を沈めれば化けぎつねを倒せるのではないか、と」
ここは自分たちのフィールドだと言わんばかりに、ミクが発言をする。
「そうなってくると、ゴーレムの犠牲は化けぎつねの抵抗なのではないか。なんて勝手に推理しちゃったんだけど、それって少し、この状況に一致しないんだよね」
それは、ボールの行方を確認すればすぐに判った。
「私とティアで協力、というか、主に私の活躍によって四番までポケットに落とした」
「五月蝿いなぁ」
文句を言うのはあと。ティアの肩を叩いて宥める。
二つあるビリヤード台のうち、一つは練習用で、こちらは挑戦用と言ったところか。
「その時点で、犠牲になったゴーレムとは数が合わないでしょ? それに、四番まで落としていくまでに、何度か失敗している。ま、協力、なんてしているんだし、正規の遊び方をしているわけではないんだけどね。それに、二つの台のうちどちらが倒すのに必要なものか、というヒントもない」
つまり、私とカレンの考えは間違っているのではないか。そういうことだ。
「だが九番目を落とすというのと、この館に八人が集まり、ゴーレムの数も八体というのは、出来過ぎだな」
カイユウもその共通点が気にかかっているらしい。
「とりあえず、九番ボールを入れるまでやってみたらどうっすか? とりあえず五番ボールを入れてみて、ゴーレムの変化をみましょう」
ガイアの提案を採用して、ミクがキューを構える。小気味いい音を響かせてボールが転がり、ポケットに沈む。
「俺が見てくる」
ユキが部屋から出ていく。しばらくして戻ってくると、何も起きていなかったと首を振る。
「やり方が違うのか、そもそも間違っているのか。この試行錯誤が攻略してる! って感じだね」
やってみる? とミクからキューを手渡された。
「どうやって構えればいいの?」
「んーと、こう」
ミクが背後に回って、その手を私の手に添わせる。
人によってはドキドキするようなシチュエーションだろうか。ロンドが勝手に盛り上がっているけれど、私にそんな余裕はない。
慎重にキューを操って、ボールを突く。そのボールは、あらぬ方向へ転がっていった。
「うわー、難しい。よく真っすぐ転がせられるよね」
「ま、経験ってところかな。あとは慣れ」
因みに、失敗した際の変化もなかった。
しばらくは、それぞれが好きなようにビリヤードで遊んでみることにした。
経験者であるミクはもとより、ユキもなかなか上手い。
「結構、上手いじゃん」
「ビリヤードを実装するときに、テストとしてしばらくは遊んだんだよ。ちゃんとボールは転がるのか、とか。こうやって遊べるのは、俺たちの頑張りのお陰なわけ」
それを体験する側の私は、なかなか頭が上がらない。とは言え、そちら側にも片足を突っ込んでいる立場なのだから、気持ちも判る。
私のお陰で楽しいギルドバトルが出来るんだぞ。なんて、言ってみたいものだ。
少しだけボールを突くのに飽きてきて、私は窓際のスツール腰掛けて室内を眺める。
テーブルゲームをするためのテーブルと椅子があり、それを眺めるための、背もたれのないソファーが所々に置かれていた。
最初にここを訪れた際、そのソファーに座ってダーツボードに矢を放ったっけ。
壁にかけられた三つのボードを、のんびりと眺めている。ただ、眺めていた。すると、なんだか既視感のようなものを覚え始めた。
これは、……どこかで見た覚えがあるような?
私はそれらを正面に望めるソファーへと移り、ロンドを呼んだ。
「なんです?」
「ねぇ、これ。見覚えがあると思わない?」
彼女は三つのボードを眺め、首を振る傾げる。
「見覚え? 見覚え……まだここに来て、ダーツをやっていなかったからなぁ。見覚えはないと思いますけど? 私はほとんど、モカさんと厨房に……」
徐々に、その大きな瞳がさらに大きくなっていく。
「厨房のコンロッ!? あ、あれも三つでしたね?」
その声に反応してか、ビリヤードで遊んでいたみんなも集まってくる。
「コンロがどうした?」
そう問いかけてくるカイユウに、あんたも使ったでしょ、と言ってボードを人差し指で示す。
「一番左に、油揚げが煮てあった」
「え、本当っすか、ロンちゃん?」
「ええ、本当」
ガイアが驚いたように、一番左に掛けられたボードに近寄る。そのボードには四つの矢が刺さっていたが、どれも中心からは外れていた。
「煮てあった油揚げは、全部で六十枚。それをいなり寿司にしてバットに移したら、三つのそれに二十個ずつ入った」
「二十個って……、あのボードの数字と一致しているじゃないっ!?」
ティアが驚き、そして真ん中のボードに駆け寄る。
「じゃあ、真ん中のボードには矢が二つ刺さっている、これは犠牲になったゴーレムと同じ?」
「一番右は使われていないでしょ? と言うことは、それは私たちに対応しているのではないか」
私たちが八人。ゴーレムが八体。それはつまり、ダーツの参加人数というものではないか。
「聞きかじった程度の情報だけど、ダーツって四人で遊ぶんでしょ? それで、ダブルスにして八人。ほら、人数がぴったり合っている。そして、ダーツの中心は赤い。赤といえば――」
それは商品名になってしまうので、ここでは割愛しよう。ちょっとだけ、ノリで言ってみた部分があるから、突っ込まれると恥ずかしくなってしまうけれど。
「つまり、一番左の真ん中に矢を命中させれば、化けぎつねを倒すことが出来るんですね?」
「ビリヤードでああだこうだ試すよりも、あっさりとしているでしょ?」
足りなければ、全部の真ん中に。カレンにそう答える。
「それで、おそらくここに来て遊び人が活きるんじゃないかな?」
「えっと、つまりアタシたちが――」
「もっと早くに真ん中、ダブルブルに入れていれば、直ぐに終わっていたということ?」
かもね。と言えば、二人は肩を落とす。
さぁ、ここからは二人の真剣勝負だ。二人が頑張ってダブルブルに矢を突き刺せば、このエクストラクエストは終わるかもしれない。
スッキリとした気分でこの旅行を終えられるかは、二人の努力にかかっている、と言うことで一つ。
「私たちは、いなり寿司でも食べながら観戦しようか」
「絶対に、直ぐにクリアしてやるんだからねっ! だからいなり寿司は残しておいてよっ!」
二人の叫びが部屋中に響き、白熱した戦いが幕を開けた。
厨房でいなり寿司を作って、それを食べながらダーツで遊ぶ。そんなシンプルな攻略法も、なんだか嫌らしい。そう笑いながら、私は部屋を出た。




