6.エクストラクエスト
草原の街を東西南北で表すと、神殿のある円形部分が北側になる。露店があるのは、横に伸びた長方形部分の西側の広場になる。中央に噴水が設置された円形のもので、噴水を背にしたり、広場の外周に沿ったりして、プレイヤーが思い思いの品物を売り込もうと必死に声を上げていた。
「安いよー! ダイヤモンドが安いよー!」
「金、五百ゴールドでいいよー! 今が買い時だよー!」
現実世界では、一グラム二万円を超す金が五百ゴールドで売られている。モカはその物価に驚いた。
「ここの物価はどうなってんの? 金を持ち帰りたいんだけど」
「あれは多分、今だけの特化価格だろ。最近クエストで、採掘系のが頻繁にあったからな。持て余した奴が多いと見た」
「初心者は買うといいかもね。金って、武器や防具を作る際に混ぜると、武器が持つステータスにボーナスが付くから」
「へぇ、そういうのもあるんだ」
「まぁ、そういうのは追々知っていけばいいよ。ちょっとややこしい要素だから」
ティアとしても、あまり手を出そうとは思わない領域だった。つまりは、良いボーナスを得られるまで、ひたすら同じ武器防具を作り続けるというもの。そして、出来たそれをさらに素材にすることで、付与されたボーナスを移植できる。そうしてボーナスを次々に追加させていくことが、このゲームの中のさらなる強化要素なのだ。ひたすら手間がかかるため、それを有料で代行してくれるプレイヤーもいる。彼女は完全に人任せだった。
きっとモカも人任せのタイプだろう。そう感じながらも、含ませるような発言をしたのはその時の反応を見たいから、以外の理由はない。
「まぁ、今のところ無一文のモカには必要ないな。そんで、大事な大事なお金、ゴールドを得られる方法がクエストのクリアなのだが、そのクエストはそこで受けることができる」
ユキが指し示した右手の方には、アパートのような建築物があった。等間隔に並んだ窓ガラス。七階建てくらいだろうか。南の門へ移動する際にも、目に入って気になっていたものだ。
「役場みたいな感じ?」
「まぁ、そんな感じかな。中に喫茶スペースがあるから、ちょっとそこで休憩しよう」
「あ、それならアタシ、買い物をしておくよ。モカ、何を買っておいたらいい?」
「パン粉、ラード、小麦粉、調味料は一通り買っておいてくれたらいい、かな」
「ちぇー、無駄な買い物もさせられそう」言いながら、モカの耳元へ顔を寄せる。「あいつ、なんかアクションかけてきた? かけてきそう?」
「あんまり。むしろ、実はティアの方に脈があるんじゃないかと思ってる」
「えー、絶対あんたでしょ。二人で会うときも、絶対にあんたの話をしていたし」
アニメみたいな恋がしたーい、と意味ありげな声を上げるティア送り出し、二人は何事もなく斡旋所へと足を踏み入れる。中は広く、モカが言った役場というのは、見事に当てはまる表現だったのかもしれない。
壁際にいくつかの受付があって、何人かの人が対応をしている。その中の一人に、見覚えのある顔があった。
「あ、カレンだ」
「うん。クエストの受付とか、神殿の管理人とか、そういうポジションは運営の社員が担当しているんだ。AIを使ったNPCはいなくて、イベントの運営みたいに動かしてる」
「ふーん。他のゲームとは違うってこと?」
「だな。社長が恩師から学んだやり方らしい」
へぇ、とそっけない返事をしたモカは、所内に視線を巡らせるのに忙しい。受付が混んでいない。パーテーションのように並んでいるのは、掲示板だろうか。そこに貼られた紙を取っている人がいるのを見るに、それがクエストの受け方なのだろう。
「パーテーションに貼られた紙にクエストの内容が書かれてる。いくつか列があるだろ? それぞれ討伐系だとか、採取系だとか、ジャンルごとに並んでる」
「初心者におすすめなのは?」
「探索系。歩いているだけでクリアできるものがあるから、とりあえず受けておくといい」
「ふーん。万歩計みたい」
当たらずとも遠からず、とユキは笑った。
喫茶スペースは建物右側の隅にあり、コーヒーや紅茶が豊富に取り揃っている。アルコールはないが、ノンアルコールはあった。
「公共の場で酒は売ってない。残念だけどな」
「熱燗を傾けながら、冒険の成果を話せないわけか」
「この世界観的にはワインやらエールやらだろ。それにここはクエストを受けるところ。成果を報告するよりも今後の計画。全部的外れってすげーよ」
「つまり、グリューワインを傾けながら、散歩の計画を立てるわけか」
「一気にお前の目線になったな」
褒めたまえー。とおちゃらけながら、ホットコーヒーを購入し、空いている席に腰を下ろす。
「で、こここらが大事な話。ここでクエストが受けられるんだが、クエストを受ける方法は他にもある。古文書を手に入れるとか、不審なものを見つけるとか。そうしたことで突発的に始まるクエストを、エクストラクエストと呼ぶ。俺達がやらなきゃならないのも、これ。メニューにクエストの項目があるだろ? そこに今受けているものが表示されるから、見てみろよ」
言われた通りにメニューを開き、項目に触れる。すると、現在受諾中と表示されているものの中に、『三つの宝珠』というものがあった。
内容は、モンスターが隠したメモを探し出し、隠された宝珠を見つけて欲しい。
「これね。モンスターが隠した、っていうのは、巣穴でも探せばいいの?」
「いや、倒せばいい。実際、倒したことで一つのメモを手に入れられた。今は、それをもとに隠された宝珠を探している最中。まぁ、こっちは謎解きみたいなものだな」
「ふぅん。つまり、それなりの量を倒さないとならないわけだ」
「そう。片手間だとどうしても無理だった。そもそも、どのモンスターを倒せばメモを手に入れられるかも分からない。それが分かる何かがあるかどうかも分からない。分からないことばかりだから、いっそだれかに専門でやってもらおう、ってな」
「じゃあ、参考までになんだけど、手に入れたメモってどんな事が書かれてるの?」
「雪は上、下から這い出る底冷えの、住処は何処か迷える子羊」
「何その短歌」
訳わかんない、というモカと同じ感想を、ユキも、そして手に入れた人も感じていた。
「それを手に入れた奴が、このゲーム内ではガイアって言うやつ。もう一人はロンドって言うんだけど、ひとまず別行動をしてもらっているから、紹介できるのはこのクエストが終わってからだと思う」
「少ないながらも人海戦術ってわけだね」
「そう。一応、二人にはそれなりに難易度の高い場所を担当してもらっているから、お前はこの近辺担当な。それで慣れてきたら、別の場所も探索してくれればいい」
「てことは、雪のある場所は難易度が高いんだ」
「だな。山岳エリアの方にある。此処から北の方。お前の表現で言う、尻尾の方か」
もう一度、マップを開いて確認をする。確かに、その辺りは標高が高いようだった。
「この世界には五つの街があるんだが、それぞれの街の近くには、二つのエリアがある。草原の街のには、草原エリアと砂漠エリア。山の街には、湖エリアと山岳エリア」
「あ、じゃあお尻の湖は山の街に近いんだ」
「……まぁ、間違ってはないが」
地理的には間違っていないが、その表現はどうなんだ。とユキは思った。
「他にも、海の街には、海エリアと海岸エリア。森の街には森林エリアと川エリア。残りの一つは少し特殊で、空の上にある。まぁ、森の街と空の街は、まだ解放されていないんだけどな」
「なにか、条件があるんだ」
「そ。まぁここで詰め込んでもすぐに忘れるかもしれないから、追々な」
「そうしてくれると助かる。今はもう、コロッケを作ることに頭が向いていて、必殺技の出し方すら忘れそう」
「……なんかあったら、そこのカレンにでも聞いてくれ。あいつなら、ここにいる確率が高い」
「了解。手土産を用意できるように、頑張ろうか」
コロッケ作りはその試金石になるだろう。仲間となる残り二人にも、手土産を渡したほうが覚えがいいかもしれない。二人の好みはなんだろう。不慣れだけれど、お菓子のほうが良いのだろうか。そんな事を考えながら、モカはボーッと周囲を眺めている。
ティアの買い物は、もう暫くかかるらしい。
「……コーヒー、飲まないの?」
ユキの声に、ハッとして視線を向ける。
「私、猫舌。熱いものは苦手なんだけど」
「あ、そうだったっけな。……熱燗にグリューワインは何だったんだよ。まぁ、いいや。ただ、折角奢ったのに、飲まれないのは寂しいなー、と思っただけ」
「そんなことしませんー」
「冷たいのを選んでくれてもよかったんだぜ」
「多少ぬるくなっても、温かいものが飲みたいの。そういうの察してくれないと、モテないよ」
「え、そういうもん?」
「そーゆーもん」
試しに、と口をつけたコーヒーは、まだまだ熱かった。




