7.森のダンジョン
クッキングスタジオのようなレンタルスペースでコロッケを作った後、私達は三人並んで街道を歩いた。
行き交う馬車は楽にすれ違っており、なかなか広くて歩きやすい道路だ。石畳なのに、段差がほとんど感じられない。躓いて転ぶこともなく、片手にコロッケを持って会話に咀嚼にとを繰り返している。
「うんまー。やっぱこの味だよね。この、しっとりとした感じ」
「まさかジャガイモが品種ごとにあるとは思わなかったよ。無駄に採取しといて良かったわ」
ホクホクした食感を残すのか、しっとりとなめらかな食感に仕上げるのか。ジャガイモの品種によっても変わってくるそれに、店の味を再現できるのか不安だっのだが、それは全くの杞憂だった。メニュー画面のインベントリから見ることができる、アイテムの詳細。そこには簡単な紹介とともに、品種名が書かれていたのだ。どの野菜にも。
「そういうのをコレクションしたがる奴もいるんだよなぁ。図鑑って機能もあってさ。特に報酬はないんだけど。俺には真似できない」
「運営がそんな気概でいいの? プレイヤーの見本になってやるんだ! みたいなのはないわけ?」
「そういうモカさんは、やる気がおありで?」
「ない」
「まぁ、クエストに指定されたら、やらざるを得ないんだがな」
社長の弟がそんな嫌がらせをしないことを祈っておこう。いや、真面目にやっている人には申し訳ない言葉だったか。人によって楽しみが変わるとは、このゲームも業が深い。いや、懐が広い。
「さて、食べ終えて、喉を潤したら次のステップだ。ダンジョンに挑戦する」
ユキが指差す先を、私とティアは炭酸飲料を傾けながら眺めていた。時折、鳥の鳴き声が聞こえる。ざぁざぁと葉が音を立てている。あまり日が届いていないようで、薄暗い世界が広がっているのが外から見ても分かる。
「通称、森のダンジョン。鳥はいない」
「鳴き声は演出かーい」
期待も何もしていないので特に肩を落とす必要もないのだけど、呆れるくらいの感動もない。未知なる場所の探検というのは、確かに心躍るものなのだけれど、詳しい人が二人もいるなかで、そのモチベーションを持つのは、少し難しいだろう。
中に入ってみると、想像通りの薄暗さだった。地面に歩ける場所は殆どなく、足場の殆どは剥き出しとなった根の上。行き止まりになれば、進路は曲がりくねった盆栽のように地を這う幹を行くことになる。
方方に向う枝がまるで迷路のようになっていて、この視界を覆い隠すような植物に関連して、モカの頭に過去の光景が蘇った。
「そう言えば、昔、ひまわりでできた迷路に遊びに行ったよね」
「あー、行ったね。アタシんちが旅行に行くことになって、二人も誘ったんだっけ。モカってば、ひまわりばっかり見て動かなかったよね」
「あれは、あんなに背の高いひまわりは初めてで、びっくりしてたんだよ。なんで目が合わないんだろう、って」
「目が合わないって、花は顔かよ」
「まぁ、咲くって表現するくらいだし、顔ではあるかもね」
先に進もうとするユキと、周りに見とれる私。その間に立つティア。図らずも、あの頃と同じような構図となった。あの頃は手を引かれて進みだした足も、今では自然と動いていけている。立ち止まらなくても、歩きながらでも目に映るものを楽しむことができる。これは成長なのだろうか、それとも……。
「はい、油断禁止!」
気がついた時には、自分を越すようにジャンプをして背後に回ったティアを見ていた。黒い霧が景色に溶けていく。
「え、モンスターがいたの?」
「そう。ダンジョンの中では、いつモンスターが出るか分からないからね。景色を見ながらも、注意が必要なの」
「お化け屋敷じゃん。心臓に悪いわー。てか、ここ初心者が来るところ?」
「まぁ、少し装備が揃ったら来ることろだよね。ダンジョンって」
「私、初期装備なんですけど」
「うん。知ってる。ただ、私も休みが取れるタイミングが分からないし、ユキもなんだかんだ忙しいみたいだし。だから今日一日で最低限のことに慣れてもらおう。っていう計画。チュートリアルを見ながら一人で試行錯誤、って柄じゃないでしょ」
「まぁ、確かにね。読むより人に聞くほうが早いなら、そうする。でも、知らない人に聞くのはちょっと怖い」
「でしょ?」
店の接客なら、もう慣れた。けれど、買い物に行って店員に話を聞くなど、自分からアクションを起こすのは、まだまだ苦手だと自覚していた。
「どういう風に気を付けたらいい?」
「先ず音を聞く。モンスターが現れる時には、耳鳴りみたいな音がするから。それで気が付かなかったら、なんかこう、空気がわずかに振動するような感覚がある、かな。テレビゲームでいうならコントローラーが振動している感覚なんだけど、まぁ、モカには分からないか」
「うん、知らない。コントローラーって振動するんだ。ユキの家にはなかったよね?」
「あ、そう言えばそうだったね。あいつ、レトロゲームが好きだったからなぁ。まぁ、壊れたりしたら振動機能のない安物を買ったりするんだけどね」
「ゲームって、そういうところでもお金がかかるんだ」
「モカの趣味では、そういうのはない?」
「まぁ、ないかな。ブックカバーとかは気にするけど、百円で買える包装紙で作ったりするし」
「へぇ、手作り。可愛い所あるじゃん」
「そんなんじゃないって。ただ安く済ませたいだけ」
「それでも自分で作るって発想がさー」
「おーい、女子ー。立ち止まってるぞー」
二人揃って返事をして、先行するユキの元へ駆けていく。ティアはぴょんぴょんと、軽やかに枝を飛び移っていくが、私はまだまだ、この立体的な動きに慣れていない。おっかなびっくりな私に対し、二人は体の動かし方に迷いがない。そう感じた。
「二人とも、パルクールでもやってんの?」
「やってねーよ。ある程度経験を積めば、お前も動けるようになるから。大事なのは度胸。慣れ。落ちて体力がゼロまで減らされても、神殿に跳ばされるだけだと達観する勇気」
「それは勇気と呼ぶのだろうか」
突っ込みを優先したが、そういう仕様があるのか、と勉強にもなった。
「あと、注意事項」
人差し指をピンと立てるティア。
「トランポリンで跳ねたあと、地上で一時的にジャンプが出来なくなったり、ってことがあるんだけど、それと似たようなことが起こるから、ログアウトしたときは注意ね。あれ、身体が重いな。って思ったら無理せず休む」
「その事もあって、勤務は八時間を目安にしてくれ。給料が発生するのも八時間。一応、端末側でカウントはしてくれてる。状況に応じて残業代は出るけど、打ち上げパーティーをしてました、なんてのは出ない」
「お酒を飲むクエストをしているときは?」
「……まぁ」
言質を取るまでには至らないか。
「あ、音がする」
「おー、よく気が付いたね。じゃあ、モカ。今度は魔法を使ってみようか」
ティアに促され、杖を装備し直す。装備の変更は必殺技と同じように、視界の隅にある項目に視線を向けることで完了する。左右に別々の武器を装備することもできたが、先ず普通に魔法を使う感覚を掴みたいため、剣と持ち替えることにした。
並行して伸びる枝に現れたモンスターに視線を向けると、視界の隅に項目が増える。今のレベルで使える魔法は、『フレイムシュート』と言う魔法。自分に視線を向ければ、回復魔法と強化魔法が表示された。これは、ユキとティアに視線を向けても同じであった。
「必殺技と同じ要領ってことは、見た感じで分かると思う。項目に視線を向けるとマーカーが現れるから、それを敵に合わせるとチャージスタート。カウントがゼロになると発射」
モンスターは、様子を窺っているようで動かない。そっと視線を『フレイムシュート』へと向ける。項目を隠すように赤いマーカーが現れ、視線に合わせて動いている。言われた通りにモンスターにマーカーを合わせると、マーカーの右下でカウントダウンが開始された。十秒間、じっと待つ。
「おわっ!?」
勝手に腕が動き、杖の先端がモンスターへと向けられる。その先に魔法陣が現れ、二つの火の玉が飛び出していった。それを受けたモルスターは抵抗することなく、直ぐに黒い霧へと変わっていく。
「炎が弱点だから、ある意味では初心者向けのダンジョンだね」
「そんなことより、これも勝手に動くんだ」
「うん。これも必殺技と似たような要素があって、テージ完了の時にタイミングよく自力で動かせると、威力が上がったりするの。その魔法だと、火の玉が一個増える」
「ふーん。そう言えば、ユキはガードのステータスを上げているって言ったけど、防御したりする時にも、そういうのがあるの?」
「お、良い所に気が付いた。タイミングよく受けられると、ダメージが減るんだよ。まぁ、最初は難しいから、攻撃を避ける練習をしたほうがいいかもな」
そのためのスピードが。とモカは納得した。
「さて、ダンジョン案内ももう直ぐ佳境だ。ダンジョンには特にゴールはなくて、クエストの舞台になるのが主。でも、忘れちゃならない要素がある」
「宝箱でもあるの?」
「……それは、俺が発表することだろう。頼むから当ててくれるなよ」
拗ねるユキを二人で励ましながら、枝の上を進んで行く。すると袋小路になっているのか、枝の先端まで躍り出た。
「大抵の場合、行くのにちょっと手間がかかる場所にあるんだよね。上に……蔓がある。下を見ると……ほら」
ティアの指差す方を見ると、自分たちがいる枝の陰に、豪華な装飾が施された箱が置かれているのが見えた。大きな宝石箱、と言った見た目をしていて、海賊映画などで見る箱とは、少し違うように感じた。
「あれが宝箱?」
「そう。豪華でしょ。多分、蔓を伝って降りていくんだね。掴まると、地上に下がっていくんだと思う。ほら、拗ねてないで先に行って」
尻を叩かれたユキが、先ず蔓を掴む。すると、するすると蔓が伸びていき、体を樹の下へと運んでいく。それを見て、私達も蔓を掴んで身を預けた。
「宝箱からはモンスター討伐や、採取によって手に入るアイテムがランダムで入手できる。運が良ければ手間が省けるから、見つけたら優先的に開けるといい」
着地して、早速宝箱を開けてみた。中身は蝶の羽と言うアイテムで、まだ聞き馴染みのないものだった。
「蝶の羽だって」
「あぁ、それはこのダンジョンに出るモンスターのアイテムだ。クラフトに使うと武器に毒の属性を付与できる」
「うーん、趣味じゃないなぁ。モンスターから手に入るやつも入っているんでしょ? どうせならメモが入っていれば良かったのに」
「……うっわ、それ全然思い浮かばなかった。そっか、うわー、そうじゃん、モンスターから手に入るやつも入手できるんだから、メモだって入手できる可能性があるかもしれないんじゃん。うわー、なんか回り道していたみたいで気分わりぃ」
ユキの頭の中には、モンスターが隠した、という単語が居座っていたのだろう。だから、モンスターを倒さなければならない、と先入観を持っていた。だから、モンスターから得られるものを手に入れられる、という宝箱の存在など、思い浮かぶことはなかったか。
「私、良い所に気が付いたでしょ?」
「うん。それを確認する作業が必要になるが、まぁ、それはモカに任せればいいか」
言い出しっぺになすりつけやがった。
「ま、今日はそういう話は置いておいて、さ。優先すべきはモカへのチュートリアルでしょ? ダンジョンの案内も終わったし、待ちに待ったメインディッシュに行ってみない?」
「まぁ、それもそうか。でも、それにはもう少し頑張ってもらわないとな。とりあえず、昼飯を食ったら修行タイムだ。モンスターを倒したり採取をしたりして武器防具を揃える。いいな」
「訊かれたって、拒否権なんてないんでしょ?」
「仕事だしな」
そう言われたら弱い。ログインとログアウトの解説を聞くと、この日初めてのログアウトを試みる。ログアウトができるのは、安全地帯とされる街や、クラフトで作ることができるテントの中だけ。ダンジョンの中では使用できないらしいので、一度外に出て、ユキが持っていたテントを使うことになった。
「あー。なんか、起きたって感じがする」
端末を外し、体を起こして伸びをする。床では朝と変わらずウーフが横になっていた。
「うわー、確かに身体が、ちょっと変な感じ。ちょっと休憩してから――、いや、軽く動いたほうがいいのかな? ストレッチして、休憩して。それでご飯を用意しよう」
キラーワードに反応したのか、体を起こすウーフに思わず笑みがこぼれる。こんな仕事をしてきたよ、と報告をしながら、覚えたことを忘れないように、頭の中で繰り返した。
お尻も見てみたけれど、やっぱり、この子はあの地図とは似ていない。




