46.伝記パズル
エクストラクエストがクリアとなり、私たちの目に映る景色は一変した。
深海のような暗い世界から、眩い夜空の宇宙のような。いや、宇宙からは夜空のような星々は見えず、暗いという話を聞いたことがある……ような気もする。
こうやって知識を不確かなままにするのは私の悪い癖なのだが、興味の矛先があちらこちらに彷徨ってしまうから、どうにも改善に繋がらない。
ともかく、夜空に包まれているかのような、暗さのなかに光る優しげな灯火に包まれたような空間に、湖の中の世界は様変わりをしたのだ。
どこにあるのかも分かりにくかった隠れ里も、柔らかなガス灯の光が確認できた。
「終わったな。これでモンスターも――」
カイユウのしみじみとした呟きは、頭部がビームに包まれるという荒業で強制終了と相成った。
振り返れば骸骨がいる。
けれど、そのフォルムは私たちが先ほど戦ったようなものではなく、比較的シンプルな骸骨のように感じる。刺々しい感じはあるが、何かが足りない。……あぁ、翼のような骨がないのか。
つまり、翼の生えた骸骨はボスである。ということなのだろう。
「ボスは多少硬かったけど、お前はどうかな?」
強化魔法をかけて、発射されるビームを躱しながら接近して刀を振るう。一撃では足りず、もう一撃。
自分に足りないのは、必殺技のコア化か、ガードに振っている分の攻撃力不足か。それでも、ランク4のチケットを落とすであろうモンスターを二度斬りつけただけで倒せるのだから、かなりのパワーアップと言っていいだろう。
「大丈夫?」
「顔面にビームを浴びるとビビるな。眩しすぎる」
痛くないなら何よりである。
「うわぁぁぁっ!?」
「湖を泳いでいただけなのにっ!?」
声をかけて、彼の傍に戻ろうとすれば、その間を落ちていく名も知らぬ二人。その後も、上空から何人もの人が落ちてくる。
「予想通り、だな。俺達がエクストラクエストをクリアしたことで、湖に入るだけで此処へ来られるようになった。ってわけだ」
「もうあんな怖い思いをしなくて良いんだね」
「本当に。あれは夢で見たら飛び起きるわ」
それくらいの恐怖を味わったのだから、もう少しいい思いはしたいところだけれど。なんて思っても、この結果以上のご褒美はなかなかないだろう。
「あわわわっ!? ――モカさんっ!?」
「ん? あ、ミク! 飛行魔法っ!」
落ちてくる人の中に、偶然知り合いがいた。
「おわっ、と。あぁ、それでいいのか。ありがとー、モカさん。このままどこまでも落ちていくのかと思った」
「どういたしまして。それより、なんでこんなところに?」
「それがですね。なんでもロマンあふれる装備がゲーム内に実装予定。なんて噂を聞いたものですから、これはビキニもある? と思い、水浴びビキニ鎧騎士的なものがバズるのでは? みたいに感じてロケハンに」
逞しい。
でもまぁ、その実装は最早リーチと言ってもいいぐらいであるから、その発生源には信頼が持てるのだろう。
「知り合い?」
「露天商で動画配信者のミク」
「あぁ、参考にさせてもらってる」
「どうもどうも。そちらは?」
「カイユウ」
「今後ともご贔屓に」
紹介も終わり、一息つこうという話になって、私達は隠れ里へ進路を取った。
導かれるようにして隠れ里に降り立った人もちらほらといて、クエスト斡旋所では、ようやく仕事ができると嬉々として働く彼の表情に癒されることもできた。
仕事があるのかないのかよく分からないワンオペから解放され、喫茶店にも人員が配置され。私達は他の街と何ら変わりのない、同じ味をしたコーヒーを嗜む。
「へぇ、山から湖に。よく飛び込みましたね。結構な高さがあるでしょ」
「一人だったら無理だった。カイユウには負けないぞ、っていう意気込みを頼りに」
「え、そういうテンションだったのか?」
「カイユウは違うの?」
意地悪な笑顔で問いかけるミク。カイユウは少し顔を赤らめる。邪な奴め。
「ま、それはお疲れ様でしたってことで。この街は一体どういうところ?」
「なんでも、人間たちが隠した歴史を知ることができるんだってさ。伝記を集める云々、みたいな」
「伝記? あ、なんか聞いたことがあるかも」
そう言って、ミクはカイユウを見る。
「ほら、廃墟になった洋館みたいなダンジョンが海岸エリアの岸壁にあるでしょ? そこで『初代冒険者の伝記』、みたいなタイトルの本が見つかった」
「……あぁ、思い出した。背表紙には文字が書かれていなくて、絵の一部のようなデザインだったやつ、だっけか。そんな話だよな?」
そうそう。とミクは頷く。
「どんな内容?」
「白紙。だから怪しいよねぇ、って話題になったのよ。何らかの条件を達成すると、文字が現れるんじゃないかって」
「それで、もう一冊現れたんだよな。たしか山の街にある空き家を手に入れて、掃除をしていたら本棚にあった」
「ふぅん。今のところ本棚で見つかっているっていう共通点はあるわけだ。それならさ、神殿の図書館にもあるんじゃない?」
「意識して探したことはなかったけど、もしかしたらってこともあるね。試しに、この街の図書館でも探してみようか」
そうして、私達は席を立って神殿へと向かった。
内部の構造は、草原の街と変わらない。街の形にはオリジナルがあるとの話も聞いていたが、神殿も同じようなものなのだろう。
螺旋状の通路を登って図書館に入る。そこは、草原の街にある図書館とは、違った所が一つだけあった。
「これかっ!?」
それは、本棚というよりもカラーボックスと言うべきものだった。中には一冊も本は収納されておらず、まるで誰かにその作業を託しているかのような。
けれど、その受け取り方は半分正解、といったところか。正しくは――。
カラーボックスの傍らに、このような立て札が設置されていた。
「『伝記が盗まれました。この棚でしか文字が現れない仕組みなので、取り返してもらえることを祈っています』、だって」
メニュー画面から確認してみると、しれっとクエスト一覧に追加されている。ただのクエストの括りということは、みんなで協力して集めよう。ということなのだろう。
そのクエストの詳細を確認できる画面で、気になる一文が記されていた。
「――伝記をすべて集めて内容を詳らかにさせると、新たなエリアが開かれる。だって」
「ふぅん、読めたぞ。森林エリアや川エリアも解放して、そこで伝記を集めることで空の街が解放される、と」
この事実がゲーム進行にどう影響するのか。それは分からない。けれど、少なくとも。私の仕事に影響が出るのは、もう少し先、なのだろう。




