41.口の軽い男
「いやー、このゲームのサービス開始から一年半。今か今かと待ち続けて、このまま大学も卒業してしまうのではないかと思ったところですよ。在学中に自分の役目が果たせて、いい思い出になりました」
重力か、はたまた重さのない空間から導かれるようにしてやってきた街。そのクエスト斡旋所で出会った彼は、ミナトと名乗った。
一度現実世界のファンツインのオフィスで会ったことがあるのだが、こうして会話をするのは始めてののと。
ニコニコとカウンターを隔てて語る彼は、在学中から仲の良かった先輩に誘われてファンツインに入社したものの、この環境から仕事も殆どないようなものだと苦笑もしていた。
では、精霊の隠れ里とされるこの街はいったい何なのか。
「砂漠の街でゴーレムの核として使われたことはご存知だと思いますけど、実はその際にいざこざがあって、精霊はすべてこの街へ逃げてきたんですよ。自分達を兵器として利用しようとした人間達に見切りをつけて、その意趣返しとして彼らが禁忌とした歴史を後世に伝えようとした。この街には、そういった歴史があるのです」
話を聞きながら、カイユウの視線が私の方を向いているのを感じた。
横目でそれを確認すると、その表情からは戸惑っているのがありありと窺える。その目線を感じたのか、「大丈夫なのか?」と小さな声で問い掛けた。
「すべての街の形が同じ事も、気になりますよね? この街にはオリジナルをもとに転写されているのですよ。それはプレイヤーの種族でも活用できる、冥精霊のマスターボーナスも関係していて――」
「ちょっと待った。ねぇ、運営がそこまで設定を話していいの? ゲームの進め方に対するちょっとしたアドバイスが主だって聞いた気がするけど」
「――あれ、俺、ちょっと喋りすぎました? うわー、ヤバい。これって伝記を集めることで明らかになる要素でもあったっけ」
いや、お喋りな人を重要な場所に置いていて大丈夫なの?
カイユウに目配せをして、私はユキに通信を繋げた。
「ユキ、ミナトがすっごいペラペラ喋ってんだけど」
「それは大丈夫。喋られて困るようなことは教えられていないはずだから。そこら辺はシナリオ班がちゃんとコントロールしているからさ、お喋りな奴がいるなー、って流しておけばいい」
それなら安心、なのか?
「あ、もしかしてユキさんと話してます? へいへい、ユキさーん。俺は仕事を果たせましたよー。約束通り焼肉奢ってくださいよ」
「ユキ、聞こえてた?」
「……お前はさぁ、よく弟さんと似たような発想が出来るよな。緩和条件は加えてあるにしろ、山の上から湖に飛び込むの、怖くて無理だろ」
「だって、ゲームだし」
「ビビリのくせに、こういう時だけ肝が太い」
こいつも、まぁまぁ口が軽いよなぁ。軽口の方だけど。
そこで少し悪戯心が芽生えてきた。ここまで口が軽いのなら、少しばかり突いてみれば私の欲しい情報も得られるのではないか、と。
念のためにユキとの通信を切って、私はにこやかに、彼にこう問うてみた。
「ねぇ、街に着くまでにエクストラクエストが発生していなかったんだけど、この街にはないの?」
「あれ、変だな。ここにくるときに赤い人魂を倒しませんでした? あれを倒せば発生しますよ。あ、さては殴ったりしました? 駄目だなー。魔法か斬撃じゃないと、直ぐに逃げます」
不意に肩が叩かれる。
「おい、こんなに簡単にエクストラクエストの発生条件と攻略情報を聞き出せて良かったのか? 運営って、こういうことには口が堅かったはずだけど」
「喋ってはいけないことは、教えられていないみたいだよ」
じゃあ、いいのか? そう不安そうにしているカイユウだけど、今教えられた状況は、少し違和感のあるものに思えてならない。
赤い人魂はいた。けれど、他のモンスターとは出会っていない。もしも他のモンスターの出現条件がそのエクストラクエストに関わっているのなら、そりゃ、その情報は言わなくてはならないものだろう。
「今から倒しに行くのが面倒なら、神殿の受付を調べたときに聞かれることに答えてみてください。それで進めるはずですから」
礼を言って、私達はクエスト斡旋所を後にした。
ガス灯の柔らかな光が、どこか私の心を妄想の世界へ引き寄せていくようだ。家の近所に本屋がなく、本を買うのは専ら古本チェーン店。
直に手に取って買いたいから通販も使わないとなれば、西洋、特にイギリスのミステリーには憧れはあれど手の遠い存在で。
いや、探せば見つかるのだろうけれど、探すのが大変なんだよね。結局はお気に入りの作家の本を見つけてテンションが上がって、それに満足して買い物を済ませてしまったり。
あぁ、おそらくきっと。私が通販に手を出したら際限なく買い求めてしまうのだろう。そしてどんどん積まれていく。と言うか、電子書籍でいいじゃん。なんで私はあんな便利なものを活用しないのか。
でもなぁ、本で読むということは、それが産み出された時と繋がっているような気がして。そんなノスタルジーが、古本にはあると思うのだ。
あぁ、あの色の変わった本を手に取りたい。人によっては汚いとか思うかもしれないけれど、それもまた、本が辿ってきた歴史なのだ。その歴史に包まれながら、私はページを捲りたい。
「おま――、モカって結構、無口なんだな」
「……あ、ごめん。ちょっと妄想的な世界に飛び込んでた」
「えぇ?」
気が付けば、もう神殿の前だ。
「てか、適当に話しかけてくれればいいじゃない」
「いや、景色を見ながら歩いているようだったし、それがなんか絵になるなぁ、と思ったというか」
「私って、美人でしょ」
「喋らなければ、って感じた」
こいつも口が軽いのか。




