40.おいでませ、隠された街
モンスターが現れないという湖エリア。エリア全体が安全地帯となっているため、戦闘はできない場所なのかと思われたが……。
私が思い付きで提案してみた通りに、山の上から湖に飛び込んでみたらどうだろう。その世界は、まさに一変した。
「なんだこれは、くそっ、身体が安定しねぇ」
パラシュートの存在しない落下の恐怖に耐えて着水したと思ったら、水しぶきを上げることなく湖に吸い込まれていく私とカイユウ。
その空間は薄暗く、ライトで照らされた深海の映像を観ているようなもの。
水圧のようなものはなく、浮力というよりは、まるで無重力――いや、身体はおそらく下降しているから重力というものはあるように思う。
けれど、姿勢が安定しない。重力がないと言うよりも、重さがない? だから下降する力に振り回されている? 駄目だ、このあたりの説明をうまくできるほど、私の頭は優秀には出来ていない。
「カイユウ、この空間を表現するなら、なんて表現するべきかな?」
「知るかっ! そんなことよりも、この不安定さは流石に酔う――というか、お前は平気なのか?」
「冥魔法で飛行はできるから」
その名も冥浮。だから私は苦ではない。
「ちっ、そう言えばあの時の戦闘でも、冥魔法を使ってたよな。ちょっと、身体を掴ませてくれ」
「はぁ? 嫌に決まってるでしょ」
「変なところは触らないから!」
流石に必死に言ってくるので、肩をささえるくらいはしてやろう。状況的に、そうしなければならないような雰囲気が近寄ってきているから。
「ふぅ、サンキュー」
「どうも。でも、一息はつけないかもよ」
私が指で示した先に、ほんのりと明るさが滲んでいるのが見える。それが徐々に、こちらに近寄っているようなのだ。
「なんだ、あれ」
「分からないけど、あれ、体力ゲージがある」
天魔法のウィークアイズは、魔法ではあるけれどチャージが必要のない魔法だ。その分、魔法ゲージの消費が激しい。そのためアイテムでの補充が必須であるため、実質、相手のゲージを見るためのアイテムと言ったところだろう。
それで確認してみれば、その明かりには体力ゲージが存在している。つまり、モンスターだということだ。
そう認識した直後、私の腹部を何か、光のようなものが通り抜けた。
「うげっ、ダメージ受けたんだけど。あれが攻撃? 何の音もしないし、一瞬すぎるんですけど」
「え、うおっ!?」
この場に留まっているのは拙いと考え、引き込まれるような力に逆らうように、横に移動、距離を取るように上昇も試みる。
「うっわ、空を飛ぶってこんな感じなのか」
「こんな感じなんだね。私も本格的なのは初めて」
「はぁ? じゃあ、あの時に神殿であったのが転生ホヤホヤだったってことか?」
「そうですけど、なにか?」
パッと手を離すと、慌てたように謝ってくる彼に対して、ちょっと優越感を覚えながらも、追いかけてきている謎の光に対して、背筋が凍る思いもある。
果たしてどうするのが正解なのか。
「思い切って近寄ってみる?」
「攻撃が来るタイミングが分からないのが厄介だな。照準があるとすれば、動き続けていれば当たらないと思うが」
「螺旋状に動きながら接近、とか?」
「試してみよう」
されるがままになる覚悟ができたようなので、私は急加速をしながら、螺旋を描いて接近を試みる。
暗闇から、徐々にその輪郭が現れていく。それはどこかコミカルで、それでいてどこか、おどろおどろしく。ゆらゆらとした炎のような光を放っているようだ。
それが何だと言葉にすれば、おそらく、見ている私たちの答えは一致するだろう。
「あれは、人魂か?」
「やっぱりそう見える? 私もそう感じた」
コミカルに感じる、というのは、その人魂から線で描いたような腕が生えていたからだ。
その腕の紅葉のような手の平から、レーザーのような攻撃が放たれている。
「ちょっとごめん」
右腕で支えていたカイユウを左腕に移し、フリーになった右手で刀を持つ。鞘に入れたままだから、杖として。
すれ違いざまに、その打撃を繰り出した。
私達は、どんどんと下降をしていく。最初から飛行状態にあったせいか、私の方向感覚は辛うじて奪われていない。
かと言って方向が解るわけでもなく、ただ、下降していると認識できるだけだ。
「あの人魂、あっさり逃げ出したな」
「だね。でも、炎みたいに赤かったよね。人魂と言えば青白いイメージだけど」
「そこに何かがある、というのは考えすぎかどうか」
それを調べられる場所は、今のところ見えてこない。
「人魂と言えば、お前はホラーとか平気なほう?」
「苦手。というか、暗いところが好きじゃない。辛うじて付近が明るい感じで助かってるよ。それよりさ、さっきからお前お前って、やめてくれない?」
「わ、悪い。モカだっけ。お前の兄貴は怪談とか好きだったからさ、どうなのかなって」
「そのせいで、嫌いになったところもあるんだよ」
夜眠れないからお話して。そう頼んだら怪談話。
風呂に入っていたら水にまつわる怪談話。
旅行に行ってもその地にまつわる怪談話。
優しい兄が唯一見せた、超ナチュラルな鬼畜な面である。
その時の迫真の演技を思い出して背筋を凍らせながら、ひたすら流れに身を任せるように下降を続けていく。
事態が進展したのは、十分ほど経ったころだろうか。ガス灯に彩られた、西洋風の街並みが眼下に現れた。
そこに降り立った私達は、自由に動けることを確認して探索に臨んだ。
街の作りは草原の街と変わらず、すべての街でに共通する作りなのだろうと思い知らされる。ならば向かうべき場所も決まっている。
一通り歩き回った後に、クエスト斡旋所へ足を運んだ。
探索した中で発見したのは、建物などを調べた際に住人との会話のテキストが表示されるのだが、その際に登場する人物がすべて精霊だったことだろう。
意識してはいなかったが、もしかしたら他の街で見られたテキストは、すべてヒューマンだったのではないか、と思えるくらいには、種族を暗示するような記述はなかったように思う。
カイユウに確認しても、それは同じ。
ただ、唯一登場したと言っていいのが、砂漠の街で知り得た、ゴーレムの核として精霊を使った、と言うことだろう。
もしもそれがトラブルになり得たのだとしたら……。
「ようこそ、冒険者の方。ここは精霊の隠れ里です!」
待ちに待ったと言わんばかりの笑顔を見せるのは、いつかオフィスで出会った、サボりがちな大学生だった。




