39.湖の謎
周りに高い山が多いせいか、どこか低地にあるような錯覚を起こす山の街。しかし、そこも草原の街と比べればなかなか標高の高い位置にある。
そのため、夜空に浮かぶ星々はより輝いて見え、まるで写真で切り取ったかのような、技術の粋を集めて描かれた絵画のような。壮大な景色が広がっていた。
「ヒロくんはこのゲームやってないの?」
「やってない。子どもが生まれたばかりだからな。船から降りたら子煩悩だ」
山岳エリアの案内をしてくれたカイユウを労うために、酒場に訪れた私たちの話題は専ら兄のこと。
電話をすることはたまにあったのだけど、今年に入って子宝に恵まれた兄夫婦。時間を取らせるのは何だか申し訳ないと、連絡を控えていたのだ。
奥様である、あやめさんとも仲良くさせてもらっている。久し振りに会って話もしたいし、落ち着いたら連絡を取るのもいいだろう。
「ふぅ。あいつの話だけでも盛り上がるもんだな」
「私も新鮮だったよ。仕事場の話はしたがらなかったし」
「自分から話をするよりも、人の話を聞くのが好きなやつだからな」
「私と逆のタイプかもね。私はもう、自分の知識をひけらかしたいタイプだから」
「ふぅん。じゃあ、その知識をひけらかしてもらおうじゃないか」
あらら、アルコールが回って口が軽くなっていたのだろうか。余計なことを言ってしまった気がする。その瞳は、今から探りを入れるぞ。という目的がありありと浮かんでいるのだから。
「砂漠に街があったということは、他のエリアにも街があるんだろ? 見つけたのか?」
「うーん、どうかなぁ。こちらにもこちらの都合があるからなぁ」
「なにもお前の手柄を奪うつもりはない。俺が思うに、なにか特殊な条件が絡んでいるんだろう? それをどういう発想で導き出すのか。俺には、俺たちにはそれが足りていないと思うんだ」
「だから、それを知りたい?」
しっかりと頷く彼の想いは、なかなか無碍にはし辛いものがある。
「まぁ、いいよ。私もこの辺り、特に湖エリアの知識には疎いから、交換条件と行こうか。今回に限り、協力しよう」
「いいぜ。お互いにチュートリアルみたいなもんだ」
同意を形にするように、私達はグラスを重ねた。
「先ず、砂漠についてはなんとなく分かるでしょ。砂を掘り起こして街を見つけることがトリガーだった」
「ああ。あれは盲点だった。マップを掘り返すなんてことができるとは思わなかったからな」
みんなそれを言うなぁ。ここまでリアルなのだから、掘ってみようとは思わないのだろうか。思わないだろうなぁ。遺跡発掘を目的として、誰がロールプレイングなんてやるのだろう。
ただでさえこのゲームには、プレイヤーが自由にできるエリアが定められているのだ。そんな要素があるのだから、正規のマップを弄るような仕掛けがあるとは、なかなか思い至らないのではないか。
「それと、海岸で亀が虐められているけど、どうしたらいいか。なんて問い掛けてくるクエストがあるんでしょ?」
「あぁ、あの回復アイテムが貰えるやつ。……まさか」
「そう。俺が行く! みたいに返答すると、海岸に虐められている亀が出現したんだってさ。それを助けてみれば――」
「辿り着いたのか?」
「まだ攻略中。私の頼りになる仲間が頑張ってるよ」
これも嫌な仕掛けだ。テキストベースで終わると見せかけて、そのテキストに参加することができる。
日本を舞台にするゲームをやっていたとして、この場所は不思議だ。調べたほうがいいか、と問い掛けられる。それでわざわざ現地へ行こうとするか?
「あぁ、分かった。それは誰かに聞かなきゃ分からんわ。運営が知っていたとしても、テキストにどう返答したほうがいいですかね? なんて聞くわけがないし」
「そこで質問です。湖エリアに関する、そう言ったクエストはない?」
「湖エリアに関するクエストは、主に釣り関係が多いな」
「竜に関するものとかは?」
「竜? いや、ないな」
残念。湖といえば竜に関する伝説が頭に思い浮かぶ。それに釣りというワードも気になる。おまけに標高の高い位置。北東北にある伝説と類似する点が見えそうに感じたのだけれど……。
「じゃあ、恐竜が目撃されるとか」
「あははっ、湖だけにか? 今のところ、そう言った目撃情報はないな。ま、新しく発生していても不思議じゃないが」
ならば確かめに行こう。
グラスと皿を空にして、会計を済ませてクエスト斡旋所へ向かう。一通りクエストを確認するも、返答を求めるクエストは見当たらなかった。
受付で問い合わせても、そのようなクエストはないとしか答えが返ってこない。他にどのような質問をすれば、欲しい答えが出るかも見えてこない。
私達は、大人しく斡旋所を後にするしかなかった。
「とりあえず、現地に行ってみるか。砂漠みたいに何かできる場所があるかもしれないし」
湖までは馬車が通っているそうなのだが、山道を迂回に次ぐ迂回によってなかなか時間がかかる。
今日中に辿り着くのは無理であることが明らかなので、馬に引かれているという安全地帯を最大限に利用し、馬車の中でログアウトとなった。
翌日。ログインした私はあばら家のような待合室にいた。
「お、来たか。おはよう」
「おはよう。待たせちゃった?」
「いや、いま来たとこ」
カップルかよ。なんて笑いながら、私達はそこを出た。
待合室の目の前は公園のようになっていて、色とりどりの花が心地よい香りを放っている。奥には巨大な湖が顔を覗かせており、地図で見たときにも感じた通り、かなりの面積がありそうだ。
「湖エリア、なんて言うけどさ、この辺りにはモンスターが居ないんだよ。蝶が優雅に飛ぶ安全地帯。ボス挑戦チケットのランク付けで気が付いたと思うけど」
確かに、それについては気になっていた。
ティアから共有されたチケットは、他の人よりもだいぶ多かったのだが、それでもランク4のチケットに関しては見当たらなかったから。
「砂漠では街があるのでは、なんて言われていたけど。此処ではモンスターが現れる場所があるのでは、なんて言われてる」
「モンスターが出なかったら、それこそ本当にただの釣りスポットだ」
「隠し通路なんてものも探しているそうだが、なかなか結果が出ないみたいだな」
「ロールプレイングゲームというより、アドベンチャーゲームみたいだね」
「お、ゲーム初心者だって言う割に知っている感じを出すじゃないか」
「子供の頃、親の古いゲーム機でやったことがあるんだよ。豪華客船、みたいなのが舞台のゲームでね。ナイフが飛んできて死ぬ、落とし穴で死ぬ。説明書がないから何をすればいいかが分からないしで、ゲームというものが嫌になった」
もしもあの時、別のゲームで遊んでいたら。ゲームに馴染みができて、こうして社員としてゲームはしていなかったかもしれない。だって、仕事にするより遊びたいって思ってしまうだろうしね。
そう考えると、あのなんとも言えない経験も捨てたものじゃなかった……か?
ご愁傷さま、と笑うカイユウを連れて周囲を探索してみるけれど、特に怪しいものは見えてこない。
公園を抜けると森林が広がっていたり、切り立った岩山が見えたり、なだらかな丘に繋がっていたり。まさしく観光に来ているような趣だった。
「時間経過で変化は?」
「一日中釣りをしていた奴も居たそうだが、特に変化はなかったそうだ」
「実は隠していて、一人だけ美味しい思いをしているとか」
「俺の知り合いだからそれはない」
なら、それを信じるとしよう。
「……ちょっと突拍子もないことなんだけどさ」
「うん」
「近くに大きな山があるじゃん? 切り立った崖みたいなやつ」
「あるな」
「そこから湖に飛び込んでみたりも出来るの?」
「いや、落下ダメージがあるんだから飛び込まないだろ。相応の高い場所から落ちたら、一発で街まで戻される」
まぁ、そうだよね。普通はそう考える。砂漠の中で継続的なダメージがあったのだから、その手のものにダメージ判定があるのは予想できる。
でも、でもだ。それはこの環境でも言えることなのか、ということが重要なのだ。
「それは、安全地帯でも?」
「……は?」
「安全地帯でも、街に戻されることってあるの?」
「……お前、どういう発想をしてんだよ。え、マジ?」
街に戻されるしかデメリットがないのなら、ここは強気に行くのも選択肢、かな?




