36.種族体験クエスト
「転生において一番重要なのは、マスターボーナスです」
乾杯をして、オレンジサワーを口につけた後に発せられたカレンの言葉である。
時刻は夜の七時。私はまだ、この後仕事をする予定なのであまり飲むつもりはなかったのだけれど、じっくり話を聞きたくもあって、炭酸が抜けてしまうと味気なくなるビールは早々に飲み干し、ウイスキーの水割りを頼んだ。
「同じ種族に十回連続で転生してレベルを最大にすると、マスターボーナスといって、固有の能力を得られるんです。さらに十回で別のボーナス。これが特化型です」
「特化型、ってことはバランス型もあるの?」
「バランス型というか、種族同士の組み合わせや武器の状況によって、得られるボーナスが変わるんです」
例えばエルフに転生した後にヒューマンになったとする。そうすると、エルフ専用の魔法を覚えたヒューマンになることができて、尚且つ剣をメインの武器にしていれば、『魔法剣士』のボーナスが与えられる。
「魔法剣士ですと、魔法を組み合わせた必殺技の与ダメージがアップするんです。これは全てのステータスを参照したあとで――と、このあたりのことは説明したほうがいいですかね?」
「私は多分、知ったところでって感じのタイプかな。売り上げ計算すらもひーひー言ってるくらいには数字が苦手だし、遠慮しておくよ」
そういうタイプに見えました。そう言われても腹が立たないくらいには、自分でも自覚をしているところだ。
「分かりました。ともあれ、こういったものが職業型と呼ばれています。あとは全ての種族でマスターボーナスを狙う、やり込み型ですかね」
「達成した人はいるの?」
「いえ、今は最大で三つまで、だったと思います」
つまり、一番進んでいるプレイヤーで三十回の転生か。
「スキップばかりしていれば、もう少し転生回数も増えると思うのですけどね。でも、武器の強化、作成には素材となるアイテムが必要なので、スキップばかりもしていられない」
悩ましいとのろだよ、本当に。
「ちなみに、お勧めの種族とか、転生の順番とかある?」
「そこはもう、好みの問題ですかね。時間はかかるけれど、強さを極めたいならマスターボーナスを獲得したほうがいいです。モカさんみたいにゲームに時間が割けるならやり込み型を目指すのも良いでしょうけど、特化型が現実的だと思います」
やり込み、という言葉に惹かれるものもあるけれど、それを目指すとしたら私の業務にも支障が出るかもしれない。面倒なことはさておくとして、一つに絞るのも手ではあるか。
「それを踏まえた上で、お勧めの種族とか」
「便利なのは精霊ですね。海精霊なら回復魔法のスペシャリストになれますから、継続回復を付与しておいて突撃。なんて無茶もできます。でも、攻撃魔法や必殺技に乏しいので、職業型を経たあとに進むのがお勧めですかね」
目指す型になるまで、最低でも二回の転生が必要か。
水割りを傾けながら、ちょっと面倒だなぁ。手っ取り早く活躍できるようになりたいなぁ。そんなだらしない面が、飲酒によって表に出てきそうだ。
「最初から最後まで特化型でお勧めは?」
「そうですねぇ。冥精霊は便利な魔法がいっぱい使えます。ワープだとか。天精霊は広範囲に及ぼす攻撃魔法が魅力ですし、土精霊は自身の身体をゴーレム化出来るので、別のベクトルの楽しさがあります。でも、シンプルに強くて、それでいて難しいのは――」
金精霊ですかね。そう言ったカレンの表情は、とてもお勧めしているようには見えなかった。
「難しいの?」
「はい。強化魔法はエルフでもある程度は憶えることが可能なんですけど、金精霊の強化魔法は、体力ゲージを消費することで強力な強化魔法を付与できるのです」
あぁ、難しいの意味が理解できた。
「死なないくらいに上手な戦い方ができたなら、すっごく強いと」
「ですです。体力ゲージの消費は最大値を消費するので、回復魔法ではどうにもならないんです。マスターボーナスを得るごとにそれが極まって、もはや、やられる前にやってしまえを体現するかのごとく」
一発もらえばゲームオーバー。そう、お互いに笑ってグラスに口をつけた。
「種族を体験できるクエストが用意されているので、実際に試してみるのも良いですよ。難しい金精霊でも、装備の強化によって使いやすくできますし。それこそ、時間のあるモカさん向けかもしれません」
「それなら、酔い冷ましも兼ねて挑戦してみようかな。まだまだ業務は続くわけだし」
「時間配分、ちゃんと考えているんですね。でも、体調面に問題がなければ、業務時間は関係なしに遊んでも問題ないんですよ」
「でも、残業代は出ないんでしょ?」
「そこは、楽しむためにやってくださいよ」
それもそうか、と笑って、私は自分の分の会計を済ませて酒場を出た。カレンは元々一人で飲むつもりだったようなので、長居しても悪いだろうから。
その足でクエスト斡旋所へ向かい、種族体験クエストを探していくつか受けてみることにした。
先ずはお勧めされた海精霊。
精霊特有の背中に生えた薄いクリスタルのような羽根が新鮮で、てっきりアクセサリーのようなものかと思っていたこの存在の謎が解けた瞬間でもあった。
継続回復もなかなか優秀で、お試しボスとして登場したフラージュマンティスの攻撃を受けても、直ぐに減った分が補填される。
一撃で倒されないほどの体力ゲージが確保できれば、粘り強い戦いができるだろう。
続いて冥精霊。
これは確かに便利で、ミクが使っていた空を飛ぶような魔法も、この種族に転生することで憶えられるようだ。
ワープと言うのも実に便利で、目視で視認した場所や、一度マーカーを設置して記憶させた場所に瞬時に移動することができる。
急な視点の変化に対する難しさはあるけれど、これなら移動を伴う必殺技に頼らなくとも、自由な回避が出来ることだろう。
天精霊は、まぁ、爽快感がある。に尽きる。一度に大量のモンスターを倒せるのだから、チケット集めをするのなら、これに勝るものはないだろう。
そして最後に、金精霊。
「これ、凄すぎでしょ!?」
動作も、移動距離も、何もかもがスピードアップし、威力も桁違いに上がっている。一気にモンスターとの距離を詰める際に感想を言ったのだが、言葉が置き去りになるのを感じたほどだ。
それでいて、体力ゲージが極端に減らされる。これは、体験中のゲージが少ないから、というのもあるだろう。
けれど、このヒリヒリ感は堪らないものがある。
相手よりも早く動き、より多く攻撃を当てて倒し切る。このスリルに、何とも言えない高揚感を覚えてしまった。
これを憶えてしまったら、もう、抜け出せないかもしれない。この種族を極めて、もっと高揚を憶えるような戦いがしたい。そう思えてならない。
そのためには――。
「まだ早い。うん。まだ早い。金精霊をもっとうまく使うなら、他の種族にも転生しないと」
転生については、まだまだ重要な機能がある。それを考えてしまうと、いきなり特化型を目指すのは勿体なさ過ぎる。
「これは、面白くなってきたぞ」
この時の私は、まるで子供のように目を輝かせていただろう。それは子供の頃、初めて読んだ小説に心を躍らせた時の再来のような……。
私はまさに、その世界の中にいるのかもしれない。そのトキメキが、ようやく理解できたのかも。




