13.ファンタジーに銃はありか
ダイワームが空けた穴は、サンドスキーをするような斜面となっていた。それを尻で滑るように降りていくと、次第に緩やかになり、上り坂に変化していく。それをしばらく登っていけば、光が漏れ、青空が顔を覗かせた。
そこは、穏やかな場所だった。サボテンは色とりどりの花を咲かせ、所々に顔を覗かせた岩の側では、数々の多肉植物が個性を見せている。持って帰って部屋に飾ろうか。ミクはそう目を輝かせて、好みのものを物色し始めた。
他に目立ったものと言えば、『アリの涙』という名前に表れるように、湖を取り囲むように築き上げられた蟻塚だろうか。それを餌場にしているのか、アリクイがのそのそと歩き回っているのが見える。
「あれもモンスター?」
ティアに問い掛けると、首を横に振った。
「いや、あれは普通の動物。動物が居る場所は安全地帯の目安なのよ。ここではテントを張らなくてもログアウト出来ますよー、っていう」
「ふーん」
そのアリクイが、精一杯に威嚇のポーズを取っているのは果たして本当に安全なのか。モカは少し、不安になった。
オアシスはなかなか広く、東京のコンクリートジャングルの只中にあるオアシスのように、ウォーキングをするにもちょうど良いもので、目的のものを探すついでに、それぞれ思い思いに散策をすることになった。
湖は澄んでおり、そこには清々しいほどの緑色をした水草が見える。魚も住んでもいるようで、焼き魚にしたら美味しいのだろうか、との考えがモカの頭をよぎる。
「それ、食べられないよ。動物は今のところ、ただのオブジェクトだから」
背後から掛けられた声に、肩が跳ねる。振り返った時に視界に入った顔は、どこかで見たような、そんな人相をしていた。
「……社長、ですか?」
「惜しいね。僕はその弟。ゲームに興味がない人が面倒な仕事を引き受けたらしい、なんて聞いたから、待っていたんだよ。どうせここへ来るだろうと踏んでね」
弟と名乗った男は、近くの背の低い蟻塚に腰を下ろした。そこで食事をしようとしていたアリクイは、邪魔そうに見つめてから去っていく。アリが身体を這い上がったりしないのだろうか。そんな心配は、どうやら無用のだったらしい。
「アリの心配? 大丈夫。外には出てこないから」
「私、そんな表情に出てます?」
「出てるよ。自分には気付きにくいかもしれないけどね。僕のことは、仁と呼んでくれたらいいよ」
「モカです。熊野百花、と言ったほうがいいですかね?」
「どっちも知ってる」
にこやかだった社長とは違い、こちらは気難しいだと、その表情から窺えた。目線を合わせるように、モカも蟻塚に腰を下ろした。
「ファンタジーは好きかい?」
「どちらかと言うと、ロジックの方が好みですね」
「ファンタジーに、ロジックはあり得ないかな?」
「さぁ、そういう体験ができれば、素敵ですけどね」
「けど、君は結構直感的な性格だろう? ダイワームとの戦いも観ていたよ。ロジカルに考える人は、いくら効率的だからといっても、あんな行動はしないだろうね」
痛いところを突かれた気がした。確かに、自分は直感的。直情的なら性格だとモカは理解していた。ロジックが好みというものは、娯楽として取り入れる際に好みだという話であり、自分の本質を語った訳ではない。
「ロジカルな人は、どうするのが正解でした?」
「刀を刺して、離れればいい。それだけであいつは嫌がってくれる。抜けそうになったら、鞘で打ち込む。そうすれば、あいつは攻撃に移れない。君のスピードがあれば、それで充分だった」
悔しいけれど、道理に合っていると感じてしまった。このような議論で、開発者に敵う道理はない。
「与太話はここまでにして、本題に入ろうか。君は、ファンタジーに銃という存在は似合うと思うかな?」
「それを答える前に、なんでそこまで拘るかを訊いてみたいですね」
ファンタジーに銃はありかなしか。モカとしては、その問題は納豆にからしはありかなしか、と同義に捉えることしかできなかった。昔の納豆ならいざ知らず、今ではもう、好みによりけりなものである。モカ自身はからしは使わなかったが、気まぐれに使うこともあって、その度にない方がいいと思う。けれど、からしを使わなければ納豆ではない。と思う人だって当然いるだろう。
要は、好みの問題なのだ。その上で、設定をファンタジーに寄せることもできる自由さもある。そう感じていた。
「……そうだな。きっと君は、僕と一を比べみて、違った印象を持ったんじゃないかな?」
図星だった。曖昧に微笑むと、納得して話を続ける。
「僕達双子はね、何から何まで好みが違った。あいつは洋菓子が好き。僕は和菓子が好き。あいつは野球が好き。僕はサッカーが好き。好きな色も違うし、好きな音楽のジャンルも違う。どう思う? 双子なら、好みは同じだとじゃないと、おかしい。そう思う? いや、答えはいらない。僕達は、そう思われてきたんだ。
テレビでよく、双子の不思議、なんて企画で取り上げられるだろ? 好みが似ている。考えていることが分かる。僕達はね、全くそんなことはなかった。全く別の人だと言いっていいほど、好みが合わなかったんだ」
テレビで見たものと違う。身近な双子を指で示し、そう言われた時の気持ちはどうだったのだろうか。安易に娯楽として観るテレビの世界と現実の世界との違いを気付くのには、幼すぎる頃、彼らは唇を噛んだのだろうか。
「そんな中で唯一好みが一致するものがあった。それがファンタジーだよ。映画を見たり、小説を読んだりしてさ。そうして意見を語り合った。そのときは自然と一致していてね。気分が高揚したのを憶えている。けれど様々な知識を得るなかで、彼の中のファンタジーは寛容になっていった。僕は、まだまだ子供の頃に憧れたファンタジーの光景のままなんだよ。SFは、まだ僕の心には届いていない。僕の中のファンタジーに、銃なんて存在していない。それなのに、このゲームに、僕とあいつが作り出した頭の中に、それを作り込むなんてできるものか」
「でも、あなたは妥協案を出した」
「そう。僕だって成長したいってことさ。自分の中のファンタジーを拡大させる。そんな経験をしてみたいと思った。君は、どう思っている? 興味のなかったこの世界を、どうやって受け入れた?」
なんだか話が難しくなってきたし、論点がズレているようにも感じる。この人にとって、銃がどうでもあるかは大して問題ではないのでは、と苦笑が漏れるモカだったが、答えはもっと、シンプルなものではないかと考える。
確かに、ファンタジーとはこのゲームを支える根幹なのだと思う。もっとクエストのテキストを読み込み、街並みの建築様式に思いを馳せれば、その様な、ノスタルジーにも似た何かを感じ取れるのだろう。
けれど、モカにとって思うファンタジーとは、もっと、リアリティのあるもののように感じた。
「そうですね、色々と語るのは面倒ですし、一言で片付けるのなら。――遠く離れた友人と、こうして会って、話して、遊べる。それが、すっごくファンタジーだと思うんです。もう手に入れられないと思っていた。それが、こんなにも日常的に感じられる。そうして、夢から覚めて現実を見て、また夢を見ることを望む。このゲームって、そういうものだと思ったんです。それが、とってもファンタジーなことではないでしょうか。……なんて、全然一言ではないですね」
仁は、ただ黙ってモカの顔を見ていた。そうして、一度俯いたあと、彼女に見せた表情は、とても晴れやかなものだった。
「そっか、ファンタジーか。僕たちが作ったこのゲームは、ファンタジーか。僕はゲームの中に理想的なファンタジーを作ろうと思っていた。あいつと一緒に、思いを共有できる場所になることを願って。そうか、それこそが……。このゲームがファンタジー。そんなこと、考えたこともなかった!」
顔に浮かぶ笑みは、最初に感じた印象とはだいぶ違う。
「そうだった。何時だって、新たなものとの出会いはファンタジーだ。こうしたらいい。こうだったらいい。そういう幻想が目の前にやってくる。それがどんなに嬉しいことか。そうか。そうなんだ。僕は、きっとこの世界を作ることができただけで……」
「私の答えはお気に召しました?」
「ああ。最高の答えだった。僕は結局のところ、肯定してほしかったんだ。一は次から次に新しいことを始めたがる。完成したそれに満足することがない。僕は何時だって置いてけぼりだ。誰かに、君が作ったものはファンタジーだった、と認めてもらいたかった」
「その気持ち、なんとなく分かるような気がします。父親とおんなじように作っているつもりでも、全然味が違う、なんて言われたときはへこみましたもん。自分だって頑張ってるのに、そこはちゃんと認めてよ。って」
「そう。そうなんだよ。あいつのほうが活発で社交的なんだから、そっちの方に目が奪われて、誰も僕の気持ちなんて考えてくれない。双子なんだから、意見は同じだろ、って」
やっぱり、分からないかもしれない。けれど、気持ちよくなっているようだから、邪魔しても悪いか。モカはただ、微笑んだ。
「君に会えてよかった。もし機会があったら、開発部のオフィスも覗いてくれ。美味しい紅茶を淹れるよ」
コーヒーの方が好きだとは、言い出せない雰囲気だった。
「それと、この宝珠をあげよう。この砂漠であと一つ。最後の一つは、他の人がもう時期見つけるだろう」
「ありがとう、って、あなたが持っていたんですか?」
「まぁ、そうだね。クリアさせるかどうかは、僕の匙加減だった。でも、次からはそうはしない。正々堂々とクエストを設定するから、君たちも心してかかるといい」
まだ続くんかい。という心の声は、空気を読んで心の中だけに留めておいた。遠くの方で、良い感じの木を見つけた。という声が響いている。この地の宝珠も、まもなく手に入るだろう。
「それじゃあ、私は行きます」
「うん。頑張ってね。さぁて、僕の方も、仕事を始めないとね」




