12.VSダイワーム
砂漠までの移動時間の大半を、私は読書をすることで消化した。動き出して三十分程はティア、ミクとの会話に興じていたが、次第に仕事の愚痴を始めるティアと真剣に話を聞くミクについていけずに脱落した形だ。
二人とも、客というか、見てくれている人のリアクションがダイレクトに感じられる仕事をしている。方やイラスト。方や動画配信。神経をすり減らす部分は、もしかしたら似ているのかもしれない。
私だって似たようなところはあるだろうが、まだまだ父の庇護のもとにいたようなものだ。二人の話を理解するのは、もう少し先のことになると思う。
だから、憂鬱になるのはその時のために取っておこう。そう決意して、私は目線を下げた。購入しておいたクッションは座り心地が良く、話に花を咲かせる二人の会話も、なんだか心地がよくなってきた。四時間の旅路は待ち受ける戦闘に反して、穏やかなものだったのだろう。
砂漠は街道を侵食するように広がっていた。遮るものは何もなく、見渡す限りに広がる砂はまるで海のよう。その光景に息を呑んだ私は、ある話を思い出した。
「こういう砂漠で、猿人の骨が見つかるのかな」
「なにそれ」
唐突な発言に、ティアは訝しげな顔を見せる。
「あ、それ、なんか訊いたことがあるような気がします。有名なバンドの曲から名付けられた話のことです?」
「そう。まぁ、ティアは興味がなさそうだし、それは今度、二人っきりでしようか」
「あら、素敵なお誘いですね」
勝手に話を進めるな、と不満げなティアを笑いながら、私達は砂漠へと足を踏み入れる。四時間の移動時間の中で一度ログアウトをして休息を取ったので、このままボスに挑む予定だ。
「誰がチケットを使う?」
「言い出しっぺの私でしょ。まぁ、本を正せばティアのものだけど」
「それじゃあ、パーティー機能を使いますか? 私はまだ、ティアさんとフレンドにはなってませんし」
「あ、じゃあフレンドになっとこう。私の方はまだ枠があるし」
「私も大丈夫です。……おお、凄いチケットの量。戦闘メインの方?」
「だね。ストレス発散に斧を振るってる」
「そう言えば、東京には斧を投げて的に当てる施設があるんだっけ?」
「あー、あるね。アタシはやったことないけど。モカ、興味あるの?」
「え、ゲームでは斧を振るうのに、リアルでは斧を投げないの?」
「刃物は怖いもの」
分かるー、と共感するミクと違って、私は多少慣れているせいか、なかなか共感出来ない。斧で薪を割る感触はなかなか爽快なのに、とキャンプでの経験を共有できないことを残念がった。キャンプと言っても、料理をして欲しいと誘われてついて行っただけなのだが。
「ま、ゲームではそんなことを言わないから安心して。それより、戦う前に注意事項。ダイワームは攻撃の前に、口に生える牙を動かすから、それを見て対処してね。攻撃方法は、頭から突っ込んでくるか、鞭みたいに身体を振るうか」
「避けたほうがいいってこと? まぁ、私も多分、防御には自信がないから頑張って避けるけど」
「私は遠距離主体なので、出来ればヘイトを稼いでくれると助かります」
「ヘイト?」
「敵対心、みたいに思っていてくれていいよ。モンスターがどの人に注意を向けているか、みたいな。この中のメンツだと、モカがヘイトを集める役に相応しいと思う」
「私? ……オーケー、把握した。ティアとミクが節を攻撃している間、私は本体を攻撃して注意を引きつけ、攻撃を躱せばいい」
「流石、モカは出来る子だね。ミクは魔法を使える?」
「はい。サポートもできます。ただバフのタイミングとか、回復のタイミングとか、ドキドキして分からなくなってしまうので、指示してもらえると助かります」
「分かった。強化魔法の効果時間は各々の、視界の隅に表示されているから、切れそうになったら声かけ。オーケー?」
ミクと共に頷いて、私は早速インベントリを開いた。ダイワームはすぐに砂を巻き上げて現れた。
「オールブースト!」
すぐにミクから強化魔法が掛けられた。自分ではまだ使用できない、ラック以外のステータスを上昇させる魔法だったから、人から見れば目が点になっていたことだろう。
「ミク、結構レベル高いんだ」
「経験値がもらえるクエストもありますから、そういうので上げました。なので、実力は伴っていません」
「言い切れるのは良いことだと思うよ。それじゃあモカ、よろしくね!」
長い胴体の細まった先端部、砂に面したそれを目指して、ティアは駆け出していく。それに視線を向けるように、鎌首をもたげたダイワームはハエトリソウのような牙を浪のようにうねらせた。
「今なら攻撃をキャンセルさせられる!」
ティアの声に反応し、助走をつけるように駆け出した。普段の自分では到底体験できないような高さまで一気に飛び上がる。
(すっご、強化魔法でここまで変わるのか)
ジャンプの動作は、スピードだけではなくパワーの数値も関わってくるため、ここまでの高さはまだ未体験だった。どのくらいの高さだろう、と考える。高校時代、三階の教室から眺めた光景よりも、もしかしたら高いのかもしれない。ダイワームの頭は、すぐ下にあった。
「打落!」
視線を必殺技の項目に合わせ、発動させる。杖を真下に構えて、身体ごと落下してぶつける技だ。空中に浮いた状態の時に発動できるものであり、自力で出す方法がまだ分かっていなかったため、視線を合わせるしかなかった。
必殺技は四つまでしか視界の隅に表示させられないため、このチョイスにしておいてよかったと安堵する。
命中し、その大きな頭は砂漠の砂に埋もれていった。着地をして、様子を窺う。ティアの斧は着実に節にダメージを与えており、既に一つ目が千切れかかっている。全部で九つ。ミクの魔法が節を切り離した。
空気を震わせる様な大きな音が響く。低い管楽器のような音は、ダイワームの口から発せられているのだろう。その巨大な本体が砂から現れ、その口はすぐにミクの方へ向けられている。
刀を抜いて、駆け出した。飛び上がり、本体に飛び乗ってその刃を振るっていく。嫌がるようにしなる身体に刀を突き立てて、振り落とされないように踏ん張った。それでも、振り落とそうと本体を鞭のように振るっている。
「モカ、良い感じ! それならこっちに攻撃が来ない!」
「そうは言っても、……これは、並の絶叫マシーンじゃないぞ!?」
振り落とされないように、必死に突き立てた刀を握り続ける。まもなく二つ目の節が切り離された。
三つ目、四つ目と切り離されて、ついに刀が耐えきれられなくなった。ガクガクと緩み、ストンと抜け落ちて私の身体は振り落とされる。
「打落!」
必殺技を使用して、着地までの時間を短縮する。振り落とされた際に、牙が動いているのが見えていた。
「フレイムシュート!」
スピードとマジックのステータスが上がることで、相乗作用により短くなったチャージ時間で瞬時に放たれる魔法。威力には期待できなかったが、攻撃の動作をキャンセルさせるのには充分だった。
もう一度飛び上がり、刀を突き立てててじっと耐える。これが一番効率がいいことは分かったが、これが現実であったならば、確実に胃の中のものを吐き出していただろう。
「なるべく早く、なるべく早く!」
「楽しんでくれたら、時間は早く過ぎるんじゃないかな?」
「なら、ティアが変わってよ!」
「斧では突きさせませんー。刀の特権ですー」
「ミクは!」
「矢では頼りないと思います!」
「三本の矢を束ねてみなさいよ!」
「あの話、創作らしいですよ」
それがどうした! と叫びながらも必死でこらえ続ける。振り落とされたら魔法を使って攻撃をキャンセルさせ、もう一度飛び上がっては刀を突き刺しじっと耐える。
そうして討伐が成功し、砂漠に空いた穴に入ろうかという時には、すっかりと草臥れて座り込んでしまった。
「どうせ休憩をするのなら、さっさとオアシスに行っちゃわない?」
あっけらかんというティアに、私は素直に眉を顰めた。
「あんなに頑張ったんだから、少しくらいは休憩させてよ。ね、ミクもそう思うでしょ?」
「いえ、早くここを離れたほうがいいと思います」
え、と口を開けて彼女を見ると、その視線はぐるりと砂漠に向けられていた。それに合わせて、私もそれを見る。
そこには、……大量のワームがジリジリと距離を詰めてきている光景が広がっていた。
「こうやっていっぱい出るから、チケットが集めやすいのよね」
「だから、アリの涙に行くのは敬遠していたんです」
「それを早く言ってよ気持ち悪い!」
大量のミミズのようなモンスターに囲まれるのは、相応に背筋の凍るものだった。アリの涙を発見した人も、同じようにして逃げ込んだのだろう。この手の発見は、往々にしてこういう偶然が絡むものだ。きっと。




