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日本史上最大のミステリー魏志倭人伝の完全解読に挑む  作者: ひだまりのねこ


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第四十六話 原点回帰


 さて、最終章の東遷と神話の真実を語りたいところなんですが、その前にずっとモヤモヤしていたことに結論を見出すことが出来たので、先にそちらから終わらせたいと思います。


 えっとですね、何をモヤモヤしていたかと言いますと、百襲姫の前方後円墳について、です。


 前方後円墳については箸墓含め以前考察していますが、あれは前方後円墳を説明しているだけであって、なぜ作ったのかという本質的で納得の出来る答えが私の中で出ていなかったのです。  


 肝心なのは、私自身が腑に落ちること、納得できることです。


 だから彼女の人生を辿り、何を考えて、どんな景色を見ていたのかずっと後ろから眺めてきました。 


 固定観念を打ち破るのは難しいです。これまで読み、聴き、学んできた知識が逆に邪魔をする。すべての先入観を捨て去らなければ新しい価値観は得られない。


 これまで積み上げてきたものが無駄だとは少しも思いません。このエッセイを書くために思考や資料を確認・整理する中で新たに気付くこともあります。


 徹底的に地理を頭に入れて、考古学的な知見を手掛かりに記紀や伝承、神話を何度も読み直す地道な作業。知識や情報は多い方が良いように思うかもしれませんが、例えるならばそれは――――プールで落とし物を探しているのが、海で探すことになるようなものです。可能性が広がるというのは有難い反面検証する範囲が膨大になるということですからね。


 だからこそ解像度を上げる必要があるのです。彼女がどういう人物だったのか? なぜそういう行動をしたのか? 動機が理解出来ればある程度行動をトレースすることが可能になります。こういうのは、小説書きだからでしょうね。私の強みじゃないかな、と思っています。


 たしかに百襲姫に関して残っている情報は少ないです。


 でもね、あの時代の人物でここまで伝承が残っていて、愛されている人物なんて私の知る限りほとんどいないんですよ。


 日本中に残っている彼女の欠片を必死にかき集めているとね、見えてくるんです。どれも小さな欠片ですけど、歴史に埋もれていた彼女の輪郭がはっきりと、生き生きと動き出すんです。


 だからこそ見えてくる景色と、それゆえに次々と出てくる違和感とモヤモヤ。雲一つない青空だと思っていたら、突然暗雲が立ち込めてくる。


 スッキリしないのは、モヤモヤするのは、まだ最後のピースが足りていないから。違和感があるのは、その仮説が間違っているから。


 私が様々な物差しを組み合わせて使うのは、仮説が正しいのかすぐにわかるからです。どんなにそれらしく思えても、真実は一つしかないから、正解ならばすべてがびっくりするぐらい自然に繋がるんですよね。逆に言えば繋がらないならどこかがおかしいわけです。


 前方後円墳の最後のピース……何かを見落としている気がする。


 仮説というのは、計算結果から計算式を逆算するのに似ていると思う。私は数学苦手なので例えとしては正確じゃないかもしれないけど、そんな感じ。


 こういう時はね、経験上原点回帰するのが一番なんです。


 映画を何度も観返すと気付かなかった伏線や仕掛けに気付くことありますよね? 結末を、未来を知った後だからこそ、見落としていたことが見えてくることがあるんです。


 四国での百襲姫の行動を再検証してみると――――


  水主神社の百襲姫が指で地面を突いて水を湧き出させたという伝承。大鯰に足を噛まれて怒った百襲姫が水を蹴り上げ、堤が切れて陸地になったという保田池の大鯰退治伝承、船山神社の平池を掘った際に出た土を積み上げて船山を作ったという伝承。田村神社の水底が見えない深淵に棲む龍神を封印した伝承。


 これ……全部治水の伝承です。わかってはいましたし、見過ごしていたわけじゃないけれど。


 百襲姫=巫女 というイメージが強すぎて、本質が見えていなかった。


 何を勘違いしていたんだろう……違う、百襲姫はたしかに高貴なお姫さまだし、将来は巫女王として倭国に君臨することになるけれど――――


 彼女の本質は巫女王でも女王でもない。


 ――――治水を行う現場監督という言い方が一番近い。


 考えてみれば、古代においてリーダーに求められるのは、命を守る治水と農業に他ならない。玉座にふんぞり返って命令するだけの王なんて誰もついて行かない。結果を出せるものが王になる。当たり前のことです。



 現代においても四国、特に香川県(讃岐平野)が水不足に陥りやすいのには、「地形」「地質」「気象」という三つの明確な理由があります。


 香川県を流れる川は、背後にそびえる讃岐山脈から海までの距離が非常に短く、傾斜が急です。大きな山や深い森が少ないため、雨が降っても土壌に蓄えられず、一気に海へ流れ出てしまうのです。だからこそ、百襲姫は流れ去る水を貯めるために、平地に穴を掘り、周囲に土を盛る「溜池ためいけ」というシステムを考案・普及させる必要がありました。


 しかしさらに厄介なことに、讃岐平野の基盤の多くは花崗岩が風化した真砂土です。砂のように粒が粗いため、水が地下へ浸透しやすく、表面に留まりません。浸透を防ぐために、底に粘土ハニを敷き詰める技術(遮水工法)を導入したと考えられます。


 そして――――四国山地が南からの湿った空気を遮ってしまうため、香川県側の降水量は日本でも有数の少なさという悪条件。


 着任後、すぐに治水を始めたことから百襲姫が讃岐へやってきたのは、土地の改良をするためだった可能性が非常に高いです。


 以前説明しましたが、海人集団は古代のエリート集団です。工事も行いますし、そのための道具も作れます。


 国内屈指の最難関である讃岐の土地改良、これは百襲姫という将来のリーダーを育成するための実習を超えて、天才である彼女の力に期待していた節があります。つまり、エリート集団の力をもってしても手強い土地に一族の期待を背負って派遣されたわけですね。


 そして――――その期待に見事応えてみせたわけです。



 荒れ狂う川を前にして、百襲姫は作業の邪魔になる着物の袖を自ら引きちぎって自然という脅威に立ち向かいました。その時投げ捨てられた袖が流れ着いた場所に建てられたのが今の袖神社だと言われています。百襲姫の左袖はご神体として今なお大切に保管されているのだとか。


 女性の特に高位の女性にとって衣装は命と同じくらい大切なものでした。


 しかし、彼女は高級な着物を破り捨てることで現場のリーダーとしての覚悟を示したのです。


 なぜ百襲姫が二千年近くも愛され語り継がれているのか。それは彼女が誰よりも皆のために行動し、結果を残し続けたからに他なりません。


 その後、日本を救い、日本という国家を誕生させた国母神アマテラスの輝きの原点は、たしかにここにあったのです。



 そして――――百襲姫の原点を確認したことで、モヤモヤしていた前方後円墳が作られた意味がようやくわかりました。


 船山神社が鎮座する「船岡山」は、標高約30mほどの小山ですが、古くから「百相ももその船山」と呼ばれ、百襲姫がこの地で池を掘った際の「掘削土」を積み上げて造った人工の山であるという伝承が強く残っています。


 船山神社の御神体である「船岡山」自体が古墳で、()()()()()()()()()()()()()()()()()()ということに気付いてハッとしました。


 ああ……そうか、順番が違うんだ。祭祀のために前方後円墳が作られたんじゃなくて、治水工事の結果出た残土を使って前方後円墳が作られたんだ。


 垂仁天皇期の「八百の池」作りと、五十瓊敷入彦命による「池掘り」の伝承が前方後円墳の発生時期と重なっているという事実は、まさにこの仮説を裏付けています。


 例えば、箸墓古墳は、その巨大な墳丘に対して、周囲の周濠が非常に浅く、土量が足りないことが指摘されてきましが、すぐ近くには、日本最古級の巨大な溜池群(箸中エリア)があります。


 世界遺産の古市古墳群(大阪)にある巨大な応神陵(誉田御廟山古墳)。この古墳の築造時期と、日本最古のダム式ため池「狭山池さやまいけ」の築造時期は重なります。五十瓊敷入彦命が「池を掘った」という伝承は、まさにこの河内平野での大規模な治水・利水事業を指しており、その際の排土が巨大古墳群の材料になったのではないでしょうか。


 さて、前方後円墳が治水事業の副産物を再利用したものだとわかりました。ではなぜ古墳を作り祭祀を行ったのでしょうか。


 池を掘り、川を切り開くことは、その土地の霊(地主神)を激怒させる行為です。掘り出した土をただ捨てるのではなく、神聖な形(前方後円墳など)に盛り上げ、そこに最高級の「玉(勾玉)」や「鏡」「剣」を副葬品として埋めることで、「土地の霊をこの山(古墳)に鎮座させ、怒りを鎮める」という壮大な地鎮祭を行っていたと考えられます。


 これまで見てきたように、東遷勢力は非常に強い土地神信仰があります。だからこそ似たような地形を探して地名を移植し、言霊として霊力をコントロールしようとしたのです。土地改良という工事と祭祀がセットなのはそれが理由です。現代においても地鎮祭という形でしっかりと残っていますよね。


 例えば神武東征神話などは、実際に土を取ったり、掘ったりする描写もあり、実際の戦いを描いたというよりは、治水・土木工事、開拓する治水王としての物語であると考えるとしっくりきます。土蜘蛛や熊襲のような正体不明の存在も、異民族ではなく、地質的な脅威の擬人化と考えた方が自然です。


 吾田媛(武埴安彦の妻)も土を取って、逆さにすることで天地反転の呪術を行います。これらは、彼らが土に対して持っていた強い信仰の証拠です。


 土を掘る、地形を変えるという行為は、神の身体を傷つける行為です。だから、土を盛って神の怒りや祟りを避ける必要があったのです。


 そして――――船岡山1号墳の築造年代は 3世紀前半、前方後円墳が百襲姫によって考案されたという私の仮説を強力に補強してくれます。この四国時代の集大成とも言える船岡山1号墳は、まさに最古級の前方後円墳で、日向の生目一号墳、そして大和の箸墓へと繋がる、前段階のプロトタイプとして完璧な存在なのです。


 興味深いのは、船岡山1号墳自体は盗掘被害によって失われていますが、周辺にある同時代の古墳(鶴尾神社4号墳など)からは三角縁神獣鏡が出土しています。


 三角縁神獣鏡は卑弥呼の鏡とも呼ばれており、魏から貰った百枚の鏡ではないかと考える説もありますが、中国では出土しない、時代が合わない、百枚どころではない枚数が出土している、ことから、百襲姫の海人集団の鏡作り部門が作った国産品、あるいは中国鏡を溶かしたリサイクル品である可能性が高いと考えます。


  最後に四国を再検証してゆく中で、ずっと探していたものを見つけました。


 讃岐國一宮「田村神社」には、決して涸れることのない「深淵」と呼ばれる禁忌の場所が存在します。奥殿の床下に存在する井戸で、社殿創建以前から祭祀の中心だったとされます。田村神社の公式案内によれば――――


 「奥殿深淵には龍が棲み、覗いたものは絶命するとされて、開かれたことがない」


「底なしの深淵」と呼ばれ、真夏でも冷気が漂い、深さは誰も知らない、覗いてはならないという禁忌がある。


 神社の由緒を説明するための説話集『三代物語』には、俗に「神龍」と呼ばれる4〜5尺の烏蛇うじゃが棲むとされ、神殿は深淵の上に建てられているという記述があります。


 深淵は水神信仰の中心であり、讃岐の水利と結びついています。讃岐は水不足の地ですが、香東川は伏流水が豊富で古代から湧水への信仰が強い地域です。この水は「定水」と呼ばれ、讃岐平野の農業を支える生命線でした。


 この地で、深淵=「定水大明神」として祀られている女神が百襲姫。


 ここからが重要なのですが、この地には深淵を覗けば箸が目に突き刺さり絶命するという民間伝承が複数残っています。


 これ、どこかで聞いたことありませんか?


 神の正体である蛇神を見て、箸が刺さって死んだ。


 箸墓伝承の構造そのままですよね。


 三輪山の大物主(蛇神)と百襲姫の物語は、四国・九州祖母山系の「蛇神・大蛇伝説」を大和へ丸ごと移植コピーしたものと考えるのが最も自然です。


 祖母山には、大蛇(山神・水神)が人間の女と交わり、その子が有力氏族(大神氏・阿南氏など)の祖となる「媼嶽うばたけ伝説」があります。


 百襲姫が蛇神(地主神)の託宣を聞く最高位の巫女であったなら、彼女と蛇神の「婚姻」というモチーフは、九州において既に完成されていたはずです。


 大和の三輪山(大神神社)の神は「大物主」ですが、その正体は蛇です。祖母山の蛇神の末裔で、宇佐八幡大宮司家の祖とされる「豊後の大神氏」と、三輪山を祀る「大和の大神氏」は、名前も系譜も直結しています。


 三輪山伝説で、女が男(蛇神)の衣に糸を刺して正体を突き止める話がありますが、これこそ九州の「機織(衣)」の技術集団が、自分たちの祖神を大和へ運ぶ際に持ち込んだストーリーと重なるのですね。



 とまあ、色々話が脱線しつつ、前方後円墳と箸墓伝承のプロトタイプを四国で見つけることが出来たのは大きな収穫でした。


 今回お話した「治水」という視点で眺めると、古代史の景色が一変することになるのですが……そのお話はもう少し後で触れることにしましょう。


 次回は四国で大活躍した百襲姫のその後の足取りを辿ってみようと思います。どうぞお楽しみに。

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