5. 初夜
振られると思った。断られると思った。
でもこうして先輩は私に身体を許してしまった。
「私も――好きだよ」
それが私を狂わせていくことを知りながら、先輩への想いと欲求に身を任せてしまう。
やっと先輩と両想いになれた。
やっと私を見てくれた。
「じゃ、じゃあ……!」
もうどうでもいい。世間体も、倫理も、あの子のことも、なにもかも。先輩といられるなら、一つになれるなら、他のなにがどうなろうと構わない。
「……うん、いいよ」
そうして、先輩はまた身体を差し出す。
華奢で、白くて、小さくて、魅惑的で。幾度となく私を魅了してきた身体が、そこにある。
「きて……」
もう戻れない。これ以上進んでしまえば、あの子を裏切ることになる。
それでも、私は先輩と一緒にいたい。
もっと先輩が欲しい。先輩に触れたい。先輩の全てを知りたい。もっともっと深い関係になりたい。
「……キス、していいですか?」
「…………」
その妖艶な瞳に私を映しながら、先輩は小さく首を縦に振る。無言で、ただ私だけを見つめながら。
まるで私を求めているようで。私を許しているようで。
このまま私たちは、初夜を添い遂げる。
「……っ?」
そう思ったのに。
先輩は私の唇をそっと指で抑える。
「――ごめん……。やっぱりキミとは付き合えない」
先輩は最後に私を突き放す。初めて私を拒んだ。その瞳に、もう私は映っていない。
「な、なんで……」
「私は、キミとは釣り合わないよ」
違う。私の方こそ先輩と釣り合っていない。
あの子を利用して先輩を忘れようとして、結局先輩に受け入れられたら、あの子を忘れてしまう最低な人間で。
「そ、そんなことっ……。先輩はいつも可愛くて真っ直ぐで素敵な人で……、私の憧れで……っ」
必死に否定する。
先輩と一緒にいたいから。先輩と恋人になりたいから。なにより、私の大好きな先輩を悪く言われたくないから。
それでも、先輩は決まって――。
「……ごめん」
そこで初めて理解する。
私は好きな人に振られた。私の初恋は、もう終わったんだ。
「……そう、ですか」
これでいいんだ。
これでやっと、先輩を諦められる。
「……ごめんなさいっ。少しだけ、こうさせてください……」
これは最初から望んでいたこと。それでも、割り切れる訳じゃない。
溢れ出る感情を必死に抑えて、でも抑えられくて、先輩の胸に顔を埋める。これ以上惨めな姿を先輩に見せたくない。
「うん」
でも先輩は優しく私を受け入れる。
まるで子供をあやすように、抱きしめてくれる。頭を撫でてくれる。
その優しさに、私は惚れたんだ。
「……先輩のバカっ! 先輩のことなんて好きにならなきゃ良かった……! 先輩なんて、大嫌いっ……」
感情が昂ろうと、思わぬことを口走ろうと、先輩の手は止まらない。どれだけ先輩を罵ろうと、どれだけ先輩を卑下しようと。
ずっとずっと、私を慰めてくれる。
「うぁぁ……っ、ばか、ばかぁ……!」
私は先輩とは違って、できた人間じゃない。
だから今だけは、許して欲しい。
これでもう、終わりにするから。
―――
このまま彼女と付き合えば楽になれた。
でも、もし私が彼女と恋人になってしまったら、お兄ちゃんはまた独りになる。お兄ちゃんにとって、彼女は唯一心を許せた人間だから。
「ーーごめん……。やっぱりキミとは付き合えない」
お兄ちゃんが幸せに生きてくれれば、私はそれでいいんだ。
「ーー迷惑かけて、すみません。あの子の部屋に戻りますね」
たとえ彼女とお兄ちゃんが恋人になったとしても、私は――。
「……うん、おやすみ」
「……おやすみなさい」
―――
隣で眠る彼女は小さくて可愛くて、守ってあげたくなるような存在で、同時に邪な気持ちさえも抱いてしまう。身体の関係になりたいと一瞬でも頭に過ぎってしまって。
「……んぅ?」
もうこれ以上、彼女と関わる必要はない。それが彼女の為だと思う。私が彼女を好きになったのは、先輩に似ているからであって、本物の好意じゃない。
私はどうしようもないクズで、最低な人間だから。
「……起こしちゃった? ごめんね」
「ううん、大丈夫……」
頭を撫でれば、彼女は満足そうに笑みを浮かべる。まるで私に気を許しているようで、身体を許しているようにさえ見えてしまう。
「……やめないで」
それが凄く申し訳なく感じて、手が止まる。
これ以上彼女に近づいたら、一緒にいてしまったら、きっといつか彼女を傷つけてしまう。
だからもう、彼女とは関わらない方がいい。
「……な、泣いてるの?」
そう考えたら、何故だか視界が歪んでいって。
その零れ落ちる小さな水滴を、彼女はその小さな手で拭う。白くて、細くて、すぐ折れてしまいそうなその指で。
「別に、泣いてなんかっ……」
先輩の前で散々泣いたはずなのに。
彼女の前では、何があっても泣かないって決めたのに。
「我慢しちゃダメです。たくさん泣いても、いいですから」
耳元で囁かれる彼女の優しい声。
そっと抱きしめられながら、私の冷たい心も、彼女の暖かい愛に少しずつ溶かされていく。
「ごめんっ、ごめんなさい……っ!」
震える声で必死に謝罪を繰り返す。
彼女と離れたくなくて。ずっと一緒にいたくて。彼女を本心から好きになりたくて。
でもそれは、しちゃいけないことで。
「私のこと嫌いになってよ……。私はキミに、相応しくないから……」
本当はこの子とずっと一緒にいたい。一つになりたい。これからも、この子の隣を歩いていたい。
キミが私を否定してくれないと、私はまた――。
「嫌です」
私の望まない言葉をはっきりと告げる。
「私は、あなたのことが好きですから」
もうやめて。
もうこれ以上苦しみたくない。キミを傷つけてしまうのも、キミを利用するようなこともしたくない。
「ずっと、一緒にいたいんです」
でも彼女の声に鼓膜を震わせる度に、脳が思考することを諦めてしまう。彼女から向けられる好意が快感として残ってしまう。
「――いいの? こんな私でも……」
身体が、脳が、無意識に彼女を求めてしまう。頭が漂白されていって、何も考えられなくなって。
「あなたじゃないと、嫌なんです」
……もう、いいや。
何も考えたくない。全てを投げ出したい。自分の中にある欲に従いたい。
彼女と一つになりたい。
「大好きです」
それはきっと彼女も同じ。
されるがままベッドに押し倒されて、その宝石のような瞳に心を奪われて、私を逃がさないように指を絡ませて、お互いの吐息を肌で感じて。
「んっ……」
「っ……」
そうして私たちは、関係を持ってしまった。
もう言葉はいらない。ただ彼女に身を委ねて、彼女の愛で満たされたい。彼女の愛に溶かされたい。
「大好きです」
何度も何度も、唇を交わしていく度に愛を囁かれて。あまりの快楽に、意識が飛びそうになって。
「わたし、も……」
私は彼女が好き。でもそれは、ただ私がこれ以上苦しまないように作り上げた、偽りの想いかもしれない。
「ずっと、一緒です」
それでもキミは、こんな最低な私を愛してくれるの……?




