2. 葛藤
外の世界が怖い。人が怖い。
それは彼女――妹の後輩も例外ではなかった。でも彼女と過ごしたあの時間が、どうしても頭から離れなかった。
「すぅ、すぅ……」
目の前で静かに眠る彼女の姿に、目を奪われる。
私が初めて、妹以外で心を許せた人。
「…………」
一目惚れに近かったと思う。
彼女は、私に危害を加えない。
この人なら私はトラウマを克服できる。この人なら私を受け入れてくれる。
この人になら、たとえ身体を委ねてもいい。
「……っ」
えいっ、と寝ている彼女に身を預ける。
ほのかに感じる甘い匂い。心臓の音。優しい温もり。その全てがまるで妹みたいで。
「……安心する」
それは私が彼女に心を許し始めている証拠。
私は彼女に特別な感情を抱いてしまっていた。妹がいるのにも関わらず。
「……んぅ」
彼女に寄り添う時間が心地よくて、つられて睡魔に襲われる。もう目を開けているのもしんどいぐらいで、彼女に密着したまま眠ってしまいたい。
以前の私なら有り得ないことだ。
それほどまでに、私は彼女のことを。
「すぅ、すぅ……」
――好きになってしまった。
―――
私は先輩が好き。でも、先輩の一番にはなれない。
分かっていた。同性への想いが叶わないことくらい。どれだけ手を伸ばしても、先輩は振り向かない。たとえ振り向いてくれたとしても、性別という壁があった。
なにより辛かったのは、先輩の視線が最初から私に向いていなかったこと。
だから頑張って忘れようとした。諦めようとした。
「……すぅ、すぅ」
そして、彼女と出会ってしまった。
先輩と瓜二つの子。あの日彼女が私に縋る姿が、あの脆弱な姿が、どうしても忘れられなかった。
今も私の隣で気持ち良さそうに眠る彼女の姿が、どうしても愛おしく思えてしまった。
「よしよし」
だから私は、彼女を利用しようとした。
先輩と瓜二つの彼女と時間を共にすれば、先輩に対する想いを忘れられる。彼女が『先輩の代わり』になれば、私はこの想いを諦められる。そう思った。
でも本当に、それでいいのだろうか。それで傷つくのは間違いなく彼女。彼女はまだ私よりも年下で、繊細な人間。
――そんな彼女を傷つけるのは……。
――それでも私は……。
頭の中で、二つの思いが葛藤する。
「んぅ……」
「起こしちゃった?」
眠そうに目を擦りながら、彼女と私の目が合った。
「あっ……ご、ごめんなさいっ……!」
彼女は、すぐに私と距離を取る。
また何かに怯えていた。何かを恐れていた。
「ねぇ、ちょっといい?」
スッと、彼女の方に手を伸ばす。
「ひっ……!」
何かを刺激してしまったのか、彼女は小さく震えだし、目をギュッと瞑る。
些細な刺激でも、壊れてしまいそうで。
「大丈夫」
そんな彼女を溶かすように、両腕で抱擁する。彼女の全てを肯定するように。私は味方だよって分からせるように。
「ぃ、や……っ!」
それでも彼女は、反射的に手足をジタバタさせて私を拒もうとする。
「落ち着いて、大丈夫だから」
「はな、してっ……!」
「ごめんね。怖いよね、苦しいよね」
それでも強く、けれども優しく抱きしめる。彼女がこれ以上、苦しまないように。
「私はあなたの味方だよ。それだけは分かってほしい」
震える身体。こんな小さな子が過去の苦痛に縛られ、悶え苦しんでいる。
「私はずっと、あなたの傍にいるから」
この子を守りたい。この子を幸せにしてあげたい。この子を、助けてあげたい。それで彼女と時間を共有していけば、私は先輩への想いを忘れられるから。
だから私は。
「もしよかったら、これからも仲良くしてほしいな」
――この子を、好きになりたい。
「……うんっ」
それが例え、先輩への気持ちを忘れさせる為の、偽りの気持ちだとしても。




