1. 背徳
「――お願い、一人にしないで」
その涙ぐんだ表情に縋るような声。私の裾を摘むその力はあまりにも脆弱で、少し力を込めれば簡単に振りほどけてしまう程で。
「……本当に、私なんかでいいの?」
私がこれ以上罪を犯さないように、何度も何度も確認する。それでも彼女――先輩の妹さんは決まって――。
「あなたがいい」
その言葉が幾度となく私の脳を焼いたことか、彼女は知らないだろう。
ダメなことだと頭の中では分かっているのに、彼女が肯定したという事実が、私を愚行へと走らせてしまう。
「……もう、戻れないかもよ?」
か弱くて、非力で、小さくて。私がその気になれば、あなたを壊してしまうことも容易いのに。
――どうしてあなたは、私を求めてくれるの?
「それでもいいから……」
その悲哀に満ちた瞳を私に向けながら、求めてくるその姿があまりにもズルくて。私に否定される恐怖で微かに身を震わせるその姿が、あまりにも愛おしくて。
「……分かった」
本能的に、手のひらが流れるように彼女の頬へ添えられる。
柔らかい感触、二人きりという状況、削がれていく理性、先輩に対する後ろめたさ。ありとあらゆるモノが、私の身を焼く要素となる。
「ん……」
そしていつしか、その小さくて可愛い顔をじっと眺めるように、顔を近づけていく。
それ以上はしてはいけないと、分かっていながら。
―――
私が先輩の家へ誘われたのは、つい数十分前のことだった。
いつも通り生徒会の仕事を片付けて帰路に着こうとした時、先輩から突然「よかったら私の家に来ない?」と誘われた。
嬉しかった。初めて先輩の家に行けるという喜びもあったけど、なにより先輩と放課後に二人きりになれるという事実に、どれほど気持ちが昂ったことか。
でも訳を聞いてみれば、先輩の妹さんに私を会わせたいとのこと。
私は先輩にとって、単なる後輩に過ぎない。そう現実を突きつけられて心が苦しかった。
「こんにちは」
「…………」
彼女――先輩の妹さんは枕を抱きしめながら顔を半分隠し、小さく頷く。
彼女は私に会いたかったらしいけど、今の様子ではとてもそう思えない。
「隣、座ってもいい?」
「…………」
コクッ、と無言で首を縦に振る。
私は彼女が座り込むふわふわなベッドに腰を掛ける。しかし依然として、彼女は私をジッと見つめて警戒している様子だった。
「…………」
初めて会った時から、薄々気づいていた。彼女は他人が怖いこと。他人に対して、恐ろしい程のトラウマを抱えている。
一体彼女は、どんな過去を歩んできたのだろうか。
「なにかあったら言ってね」
そうして流れる、長い沈黙の時間。
聞こえてくるのは、私たちの僅かな生活音と外からの自然の音だけ。
本を読んでは、スマホをいじるの繰り返し。対して彼女はベッドの隅で丸まって座っている。
「はぁ……」
ずっと同じ体勢で座り続けるのも苦痛で、身体をベッドに預ける。視界の端に彼女がビクっと震えるのが映った。
「あ、ごめん……びっくりしちゃったよね。少し横になるだけだから」
できるだけ彼女を不安と恐怖に晒させないように、ふんわりした表情と声色で。
「は、はい……大丈夫です……」
でも、彼女はまだ私のことを完全に信じきれていない様子だった。その瞳の奥には、まだ私に対する恐怖心や不信感がある。
「……っ」
彼女の方を見ても、視線を合わせてくれないどころか、逸らされる。彼女が先輩によく似ているからこそ、好意的な目を向けられないことに、心を抉られる。
「はぁ……」
瞳を閉じる。
何もしたくない。何も考えたくない。
今はただ、彼女のベッドに染み付いた匂いを微かに感じていたい。
彼女の匂いに包まれながら、このまま眠ってしまいたい。全てを忘れたい。先輩への想いさえも。
「…………」
もし私が女性じゃなかったら。
私がもっと『先輩の近しい人間』だったら。
先輩ともっと親密な関係になれたのだろうか。




