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女領主の過去



「ルブニール様! このままでは我が領地はドラゴンによって滅ぼされます! 何か手をうたねば!」


 ルブニールの書斎に大きな声が鳴り響く。側近の男が机をバンと叩き目の前に座る自分の主人に物申す。


「わかっている! しかし国が援助要請に応じないのではどうする事もできないだろう!」


「ではどうする事もできないと、このまま領地が死んでいくのをただ待つだけなのですか?!」


 ルブニールの力を知っている国王はドラゴン討伐に国の兵をよこす事はなかった。仮にルブニールが太刀打ちできないとしても、国から離れた場所にドラゴンが居座っているので最悪ルブニールの領地が滅んだ後にドラゴン討伐を考えても十分脅威にはならないと踏んでいるのだ。

 ルブニールがスキルを2度と使わないと決めてから戦争でも全く成果をあげれず、この領地自体特に名産品があるわけでも満足な税を収めているわけでもなかったので、ドラゴン討伐へ向かわせる遠征費や被害を考えると素直に兵を送ってくれるわけがないと言うのもルブニール達はわかっていた。

 となれば個人で冒険者などに依頼するしかないのだが、先ほど言った理由から満足な報酬を出せる訳もなく、ドラゴンの群れを倒せる程の冒険者を雇う財力も待ち合わせていなかった。


「ルブニール様……どうか今一度スキルを使用し、この領地を守っていただけないでしょうか」


「バカを言うな! 吾輩はあの力を2度と使わないと言っただろう! それにもう吾輩を愛する者も、吾輩が愛する者もこの世にいやしやない!」


「あなたの気持ちはわかります! 生贄のように誰かの命を使って戦うのはさぞお辛い事でしょう! ただこのままでは1人と言わず、この領地の人間全てが死んでしまうのですよ!」


 何か手を打たねばこの男が言うようにただただドラゴンが我が領地を滅ぼすのを見ているだけと言うのはルブニールも理解していた。


「吾輩もそれはわかっている! 仮に家族がまだいたなら父上だろうが母上だろうが吾輩の為に命を犠牲にしてくれただろう! しかし、もういないのだ! スキルを使いたくても使用する条件を満たさないのだからどうしようもないだろう!」


 これは建前だった。確かに家族を失い、あの日から天涯孤独を誓い、友人も作らず、屋敷の人間にもキツく当たるようにしていたルブニールにスキルを使用する代償がいないのは本当のことであったが、いたところで素直に使える訳もなかった。


「では、作りましょう。あなたの婚約者を募ります」


「馬鹿な! 何を言っているかわかっているのか? そんな悪魔すらも恐れる暴挙を………誰かを死ぬ為に吾輩と結婚させようと言うのか?」


「ええ……このままでは仮にその婚約者は勿論、その家族や友人、この領地全てが滅ぶのですから。あなたはこの地の領主なんですよ。この地を、民を守る為に戦わねば。辛い思いをするのが嫌と言うあなたの考えでこの領地が滅んで、この街を愛して死んだ旦那様達に顔向けできるのですか?」


 それを言われルブニールは何も反論できなかった。この男が言ってる事は何一つ間違ってないからだ。

 自分の言っている事は裏を返せば、自分に領地を守るすべがあるのにそれを使わずに民達が死んでいもいいと言うわがままだと言われても仕方がないのだから。


「領主として覚悟を決めて下さい。お見合い相手を探します」





 その後、各所にお触れが出され、ルブニールは何人かの男とお見合いした。勿論、スキルの詳細は伏せた状態での顔合わせ。後にスキルの効果を知られ大きな争いにならないよう貴族や領地意外からの人間は除外した。


 平民が領主の婿むこになれるとあってある程度、結婚相手として声を上げた者はいたが、貧乏領主と言えど、どれもルブニールの地位や財産が目的だと言う事は透けて見えた。ルブニールの容姿を目当てにしている者もいたが、そのやらしい素振りから、そういった人々はその日の内に婚約者候補の中から消された。

 相思相愛でないとスキルが発動できないのだからそれも仕方ない。こんなきっかけで相思相愛になどなれるものかとルブニールも疑問に思っていたが、スキルの詳細を知らないのであれば万が一自分の事を愛してくれる人間はいるはずだと、お見合いを続けた。


 そんな時に1人の青年と出会う。彼は街の時計屋で職人をしているアーロンと言う男。

 ルブニールと顔を合わせると緊張のあまり呂律ろれつが回らないどころか体をガチガチに強張らせていた。

 ある程度緊張がほぐれた後も顔を赤らめる様はルブニールに間違いなく好意を持っている人間の仕草だった。


 ルブニールも自分の周りにはいないタイプの誠実で優しい彼の振る舞いに少し心を惹かれてしまっていた。


 そしてルブニールとアーロンは結婚した。

 結婚生活をおくる中でもアーロンはルブニールが領主だから結婚した訳でないというのが手に取るようにわかった。

 

 彼は何をしていようが、自分が出かける度に「いってらっしゃいませ」と笑顔で送り出してくれた。

 帰宅すればまた、いつもの優しい微笑みで「お帰りなさいませ」と迎えてくれる。

 そんな毎日を過ごし、気づけばルブニールもアーロンに好意を持ってしまっていた。


 自分といる時の幸せそうなアーロンの表情を見るたびに胸の中がえぐられるような心の痛みに耐え、領主としての務めと、この領地を守ると言う覚悟でこの罪悪感を押し殺した。


 これ以上共にアーロンといれば駆け落ちしてでも、ドラゴン退治を避けかねない。そう思ったルブニールは側近に告げた。


「明日、ドラゴン共を討つ」


 ドラゴンの群れはすでに領地の6分の1も滅ぼしていた。これ以上奴らに好き勝手させるわけにはいかない。この地を守れるのは自分しかいない。

 と大義名分を言い訳にルブニールは剣を握った。



 次の日、屋敷の前に兵が募る。あまり手練れの兵はいないが、この隊の指揮を取るルブニールのスキルがあれば大丈夫だろうとその場の全員が安心しきっていた。

 その中には当然、何故これまで戦わなかったのかと疑問や怒りを持っている者もいる。


 ドラゴン討伐に向け、奴らが根城にしている山に向かおうと屋敷を出ようとした時だった。


「お待ちください!」


 聞きなれた優しい声がルブニールの耳に届く。罪悪感から逃げる為、アーロンとは顔を合わさず屋敷を出ようと思っていたが、いつものように彼はルブニールを送り出すようだ。


「間に合ってよかった……あのルブニール様……これを」


 そういうと彼は懐中時計を差し出した。


「お渡しするのが遅くなって申し訳ございません。領主様との結婚にただの町人である私は何を結納ゆいのうすればいいかと考えていたのですが……こんな物しかお渡しできずに申し訳ございません」


 小ぶりではあるが、ただの町人が用意したにしては高価な宝石や細かい部品があしらわれている。それを見ただけでアーロンがいかにそこら中を駆け回り、これを用意したのかがわかった。彼のこれまでの財産を全てはたいてやっと買えるか買えないかと言う宝石を見て、胸の中が締め付けられる。


 懐中時計を受けるとアーロンの手のひらはボロボロだった。


 町人であるアーロンにとって領主との結納には頭を抱えただろう。ルブニール本人はお見合いの時点で平民からの結納など頭にもなかったし、そんな話を切り出した事すら勿論なかった。

 平民であるアーロンに貴族たちのような大きな宝石や装飾品を渡す財産はない。色々考えた末、時計職人の彼はルブニールの為にあの日から一生懸命この懐中時計を作ったのであろう。

 精一杯の気持ちが込められた懐中時計を首に通すとルブニールは涙を堪えた。


「やはりもう少し豪華な物の方がルブニール様にはお似合いですね……ははは……気にいらなければ捨ててもらってもかまいませんので……」


 他の貴族の目もある為、一応は煌びやかな宝石や装飾品を持っていたルブニールが、それらを身につける姿を見ていたアーロンは、そのアクセサリーと比べるとあまりにも見窄みすぼらしい胸の懐中時計を見て、申し訳ないと言ったように呟いた。


 気がつけばルブニールはアーロンを抱きしめた。


「今まで身につけたどんな装飾品よりも間違いなく吾輩に似合っている! 世界中のどんな宝石よりも絶対に美しい! 何が合っても吾輩は一生この時計を大事にする!」


 アーロンの事を好きになってからもルブニールはアーロンに抱きつく事も愛を囁く事もこのような事を言う事も全くなかった。生贄として結婚した彼にそれを言ってしまうのはあまりにも卑怯だと思っていたからだ。

 しかし、溜まっていたものが爆発するように強く抱きしめ、涙が溢れる。


「アーロン……吾輩はお前が好きだ」


「ええ……勿論僕も大好きですよ」


 そう言ってアーロンは抱きつくルブニールの頭を撫でると両の肩に手を置き自分の体から離した。


「ドラゴン退治。どんな手を使ってでも成功させて下さいね」


 そう優しく微笑んだアーロンの笑顔は涙でよく見えなかった。


「いってらっしゃいませ」


 最後に聞いたアーロンの言葉は自分を送り出すものだった。



 ◇



 兵を率いて半日ほど歩くとようやくドラゴンが巣にしている山が見えた。


 もう2度とアーロンに会えないのかと考えるとこのままずっと歩いている時間が続けばいいと思った。

 その時、側近がルブニールに近づき話しかけてきた。


「あんな別れ方をしては、スキルの使用を躊躇ちゅうちょしてしまうかもしれませんが何卒お願いしますよ」


「ああ、わかっている。もうとっくに覚悟は決まっている」


「それならよかったです」


「ただ、アーロンは吾輩を恨むだろうな。何やらわからぬ内に死ぬだけでなく自分の恋心を利用されるのだから」


 遠い空を見ながらルブニールがそういうと何か言おうか言わまいか迷った様子の側近を見て問いただす。


「おい、お前この後に及んで何か隠しているのではないだろうな?」


「いや……はあ……まあ、あなたのスキルは愛が強いほどパワーアップすると言う傾向があるとおっしゃっていましたよね?」


「恐らくだがな……吾輩が1番尊敬し吾輩を1番溺愛していた父上を代償にした時の力はその後の物と比べても大きなものだった」


「では、これを聞き更にあなたの愛が強くなる事を願います」


 側近がもったいぶる何かについてルブニールは全く想像がつかなかった。


「あの男、アーロンはルブニール様のスキルにより自分が死ぬ事を知っていました」


 側近の言葉は聞き取れた。何を言っているのかその意味もわかった。しかしこの男が何を言っているのか全くわからなかった。


「な、何を言っているんだ? アーロンは死ぬ事を知っていた?」


「ええ、こんな事を最初に提案してしまった手前、愛し合っているあなた達を見て、私はどうしてもやるせない気持ちになってしまったのです。覚悟を決めたルブニール様には申し訳ありませんが、ドラゴン退治はあるはずもない何か別の手段を考え、あなた達2人で生きていくべきではないかと……そこで私はアーロン様に全てを話したのです」


 そんな事言えば、2人で生きていくも何もすぐさま自分の元をさるに決まっている。愛し合うどころか一瞬で嫌われるに決まっているじゃないかとルブニールはこの側近を心底憎んだ。


「ところが、彼はそれを拒否しました。これは言わない約束なのですが、幼き頃、戦争の渦中で死を覚悟した時に家族共々あなたに救われた日から彼にとってあなたは憧れの存在だったようです。一緒に暮らす中でその憧れは恋心に変わり彼にとってあなたといる時間はまるで夢のような時間だったと……」


 初めてスキルを使用した時のことだろう。アーロンを救ったと言う記憶はないが、幼き頃の戦争中と言うのならその時で間違いはない。


「相手は領主、こんなにも幸せをたくさんもらって自分は何も返せるものがない。領主の家に嫁いだならばこの領地の為に死ぬ事は当たり前の事。彼女の糧となりこの地と彼女の為に喜んで死ぬ。ルブニールが愛する者を殺すと決めた覚悟を自分は無駄にしないとおっしゃっていました」


 そこからドラゴンの巣までの道中の記憶はない。

 側近がスキルを使用してアーロンが死ねば、騙していたわけではなく相思相愛の証明になるだとか、それなら彼も幸せな気持ちで死ねるはずだとかそんな事を言っていた気がする。


 ドラゴンの前に立つと剣を抜いた。剣を構え飛び上がるとルブニールはスキルを使用した。


「どうして……」


 ルブニールは問いかけるようにドラゴンに斬りかかる。

 その様はまるで鬼神のようで、一振りでドラゴンの体は一刀両断される。


「知っておきながら……何故………」


 1匹目のドラゴンが死んだ事で周りのドラゴンが荒れ狂う。バサバサと翼を振るう者、大きな雄叫びを上げる者。

 しかしそんな事に一歳怯む様子はない。


「どうしてあんな優しい笑顔を吾輩に向けられる……どうして吾輩をああも愛してくれる……」


 ルブニールは次々にドラゴンに攻撃を繰り広げる、まさにその様は一方的である。1匹相手するだけでもA級冒険者数名が必要とされるドラゴンを次々と切り裂いていく。


「死ぬだぞ………」


 その形相から出ているとは思えない悲しみの涙をボロボロと流し、ルブニールはその場にいたドラゴンを剣と魔法で亡き者にしていく。


「アーロン……アーロン……」


 ただ後ろで見ていただけの兵達が全てのドラゴンを狩り尽くしたと思ったその瞬間、奥の方から明らかにこれまで殺したドラゴンとは格が違う、大きなドラゴンが現れた。


「何を言っても許されないだろう……ただ吾輩もお前を愛していた」


 恐らくこの群れの長であろうドラゴンが大きく息を吸うとこれまた大きく雄叫びを上げた。その声に兵達は腰抜かす者や吹き飛ばされる者もいた。しかし、ルブニールだけはただ呆然と立ち尽くし懐中時計をギュっと握った。


「貴様らさえ我が領地にこなければ!」


 見ただけで睨み殺されそうな目つきをドラゴンに向けると、そのままその目線の先目掛け走り出したと同時に剣を大きく振る。剣が地面を叩いた頃には、その大きなドラゴンの頭は瞬く間に首から離れ地面に落ちた。その衝撃で土埃が上がると兵達はみな抱き合って喜んだ。

 土埃のもやが晴れるとそこには地面に膝をつけ両手で顔を覆うリブニールの姿があった。



ここまでお読みいただき誠にありがとうございます。これからも頑張って書いていきますので星5評価、ブックマークよろしくお願いいたします。

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