これがいわゆるインフレと言うやつですね
蝶の間の中でも一際蝶が飛び交う空間。ゼンタ達が二次試験で数値を測定した場所に辿り着いた。
「はい、俺の勝ちー。22万2222匹ーって事は俺より20934匹も少ねえー。はい、格付け完了ー」
蝶の間には既に3人の人間がいた。その内の2人はひどく楽しそうに騒いでいる。
「もう一回! もう一回計らせて!」
1人はサングラスをかけ、皮のジャケットを来たリーゼント頭の男。こいつの事はゼンタも知っていた。ヴィンセント・パンク。勇者試験を受けた同期であり、それを最速でクリアした男。
もう1人の男は囚人服を着た髪の長い男。ヴィンセントに駄々をこねる姿はまるで子供のようである。
「見かけによらず随分と暗算が早いのですね。ヴィンセントさんは」
2人から少しだけ離れた所に座るスーツ姿の女はレイやアルにも引けを取らない美しさであるがギョロリと鋭く大きな目を見ると目力だけで睨み殺されるのではないかと言う迫力を感じる。
それよりも今聞こえた会話は真実なのかどうかを確かめなければいけない。蝶の間で聞こえたのだから十中八九自分達が集めた蝶の数を言ったのだろう。
22万と言う数が聞こえたのは空耳だろうか。当時のゼンタが集めた数は300匹。自分と一緒に合格したアルやルイドですら626匹と399匹。何が起こればそのような数の蝶が集まるのかわからない。驚きのあまりゼンタはその真意を確かめるどころか愕然とし立ち尽くすしかなかった。
「嘘だ! 嘘ついてるんだ!」
「ばか! 俺はちゃんと勇者試験受けてたんだぞ! ここに来るのも2回目だっつーの!」
「ヴィンセントも計って!」
2人は痴話喧嘩をするようにガミガミ言い合いを繰り広げ、それを無関心とも呆れたようにも取れる表情でスーツ姿の女は聞いていた。
「お待たせ……後1人を除いて全員集まったようだね」
アルはその喧嘩を止めるように声をかけるとその場にいた全員がこちらに顔を向けた。
それを見て魔王が口を開く。
「おいおい、なんだいこれ。僕が愛してやまない連中が揃いも揃ってるじゃないか。ヴィンセント、途中で試験から離脱するなんてひどいよ」
魔王は性的刺激を感じているとすら思える面持ちで目の前の3人をキョロキョロと見比べた。少しそう言った仕草をした後にハッとした表情に戻ると慌ててゼンタの方に顔を向ける。
「いや、ゼンタが1番だよ! 勘違いしないでねほんと! ほんの少しだけ嬉しくなっただけなんだ……嫌いにならないでくれよ?」
嫉妬心なんてまるで芽生えていなかったが必死に言い訳する魔王を見てどこか滑稽に思えた。魔王の弁明なんかよりも気になって仕方のない事がある、思わずゼンタはアルにぶつけた。
「挨拶は後で言い。一体俺達を集めて何をしようって言うんだよ」
魔王やヴィンセントがいると言う事はこの場にいる全員が計り知れない強さを持つ者だと言うのは容易に想像できた。そんな強者達を集めてアルは何を企んでいると言うのだろう。
「倒して欲しい敵がいるの。今から3年後奴らはこの世界を終わらせる」
未来から来たと言うアルのその言葉には説得力があった。予測や占いの類ではない。アル自身がその身で経験したのだろう。
「英雄の神殿に埋葬されてる亡骸の中に7つの邪悪な魂が入った。奴らはこれより神殿を抜け出し世界を崩壊へ導く」
英雄の神殿。どこかで聞いた事がある。詳細な事や人物までは知らないがこれまでの歴史の中で、伝説的偉業やあまりにも優れた功績を残した人物達はとある神殿の棺にいれらると。
「奴らの名はデドゥリシンセブンナンバー……最強の体に最悪の魂を持つ七人の大罪人。これから1年後にあいつの魂は神殿に集結し出てくる。そうなると止める手段はもうありはしない」
「はっ、舐めてもらっちゃ困るぜアルセーヌ。どんな凄い奴が相手でも百戦錬磨のヴィンセント様が負ける訳ねえだろ」
「負けるよ。あなたは今から2年後に奴らによって殺される。次郎もその後すぐに、チェオは4年後にね」
それを聞き3人はピクリと体を反応させる。何か聞きたげな様子を見せるがそれよりも先に魔王が声をあげた。
「僕は?! 僕は?! 僕は殺されるのかい?」
「ええ。7年後にね」
それを聞き魔王はビクビクと体を痙攣させると恍惚とした表情で天を眺めた。まるで絶頂を迎えたように体を捻らせ涎を垂らす。
「魔界のみんなを守る為に色々お頑張ってたけどね。それでも未来のあなたはゼンタとも出会っていないし彼らと戦う事に魅力は感じてたんだと思う」
「あのさ、俺は? 俺はどうなってるの?」
「未来のゼンタは神のつまさきが崩壊した直後、レイちゃんが死んだ事で絶対し廃人化するんだよ……勇者試験を切りあげ、村に帰るの。その後しばらくしてデドゥリシンセブンナンバーと戦うんだ」
「でも俺は死なない体なんだ。一生戦ってたらいつかはそいつらにも勝てるだろ」
「弱すぎたんだよ。戦って強くなる前にゼンタはなす術なく体を拘束されて海に沈められた。今も世界のどこかの海底に沈んでる」
あまりにも悲惨な自分の結末にゼンタは言葉を失う。永遠に溺死し続ける苦しさを味わい暗く孤独な海の底にいつづる自分を想像すると恐怖で足がすくんだ。
「ずっとゼンタの事は探してたんだけどね。みんなしてさ。でもそれよりも過去に来てあいつらが英雄達の体に馴染む前に……更にはあなた達のような強者全員で挑んで未来を変える方が最適解だって事になったの」
「なるほど……軽い説明は聞いていましたがこれで色々と不可解だった謎が解けましたよ」
スーツ姿の女。アルがチェオと呼んでいた人物が納得した様子で声を出した。
「俺達は強い奴らと戦えるなら文句ねえーよな? 自分を殺した奴らとやれるなんて最高だぜ!」
「ねーー!」
ヴィンセントと次郎と呼ばれていた男は2人共、今の身も心も震えるような話を聞いてご満悦のようだ。たった今聞いたあまりにも恐ろしい話を聞いて物怖じしている者はゼンタを除きいない。冷静に爛々と嬉々としている。自分の感覚がおかしいのかと周りの連中を不思議に眺めいら時だった。
「久しぶりだな。ゼンタ」
背後から聞き慣れた声がした。その声が耳に飛び込んで来た時、ゼンタは嬉しさのあまりに涙が流れそうになった。すぐさま後ろを振り向くとそこには案の定レイがいた。
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