神族の力
黒い刃の鎧でも身に纏ったかのように変形したルイドの姿を見て味方であるにもかかわらずゼンタの身の毛がよだつ。
シロとクロもルイドの変貌ぶりに恐れ慄き、何か仕掛けてくる気配はない。ルイドも体がまだその姿に馴染めずにいるのか、手を閉じたり開いたりなどの小さい行動を繰り返すだけで攻撃を仕掛ける様子もなく互いに膠着状態が続く。
「何だあの姿……人間どころか魔人や獣人とも違う」
一同がルイドの変貌に夢中になる中、アルが口を開いた。
「昔盗んだ絵画の中に似た絵があった。確かタイトルは『神の群青』。もしかしたらあれは神族の姿なのかも」
それを聞きエリックが納得の表情を浮かべる。
「ありえるな。祈り以外で神族に干渉する事は禁忌中の禁忌。ルイドが言う通りあれが禁忌魔法であるならルイドは今、神の姿に肉体を変えたのだろう」
「神族にッスか?! そんな事したら神がこの世界に制裁を与えるやもしれないじゃないッスか!」
ゼンタは神と言う概念こそ知ってはいるがそれは実在するものではなく、象徴のような物だと言う解釈をしていた。
「神族って……精霊族や魔人族みたいにどこかに存在するのか? 今まで見た事すらないが」
「当たり前じゃん。神族は世界や魔界とも違う天界にしかいないもん。魔界と違ってこっちから向こうに行く手段はないし、仮に誰か1人でも行ったりしたら全人類滅んじゃうよ。ゼンタって本とか本当に読まないんだね」
「ゼンタに座学や常識を教育せず、戦闘訓練ばかりしていた俺の責任だな。ゼンタには俺から説明してやろう」
シロとクロはルイドを警戒するのに精一杯でこちらの事などまるで見えていないように一点に集中している。
「神というのがどう言ったものかは大体わかるだろう。彼らは実在し全ての頂点に君臨している。これをおとぎ話と言う者もいるが遥か昔、ある神がこの世を滅ぼそうとしたらしい。しかし1人の人間が神と対話し、この世の破滅をやめるよう説得する事に成功したんだ。その男の名はカモフラサーズ。一度終わるはずだった世界を神と対談する事で救ったその男は世界の英雄と呼ばれている。その時、交わした契約の中に魔人族や精霊族を含む全ての種族が神に干渉する事を禁ずるとしてから、神は崇めるだけの対象となったんだ」
「それが事実ならそのカモフラサーズがやった事はラブ以上の功績じゃないか……もしルイドの姿が神族なら相当ヤバい事をしているんじゃないんですか?」
「その通りだ。しかし、もうなってしまったものは仕方ない……何事もない事を祈りながら、あの牢人生2人を倒してくれる事を願うしかない」
説明を聞き、ゼンタはルイドの身の心配をした。
体が朽ちていくように変形した肉体は変身後果たして無事なのだろうか。
心配の眼差しを向けルイドの背中を見守っていた時、とうとうルイドは歩みを前に進めた。
それを見て、クロが一歩後退りをするとシロがクロの腕を掴んだ。
「しくしく……何を逃げようとしてるんだ。逃げ場なんてどこにもないぞ」
シロがクロの腕から手を離すとクロは何か覚悟を決めた表情を作る。
その瞬間2人は強く反発するように引き離されシロの方がとてつもない勢いでルイドに突進し、背後を取った。
その後に続きクロが引き寄せられるようにルイドに突進する。しかしギリギリのところでまた反発する様に離れる。
地面や己自身、互いに触れる動作を高速で繰り返しルイドの周りを見えないほどのスピードで右へ左へ前へ後ろへビュンビュンと飛び回る。
シロとクロが自分の周りを超高速で飛び回るもルイドは微動だにしなかった。
しばらく飛ぶ2人はまるでルイドの隙を探しているようだった。
あまりにも動かないルイドを見て、先程のようにまだ体が馴染まず動きが取れないのかとゼンタが心配した時だった。
同じ事を思ったのか先手必勝と言わんばかりにルイドの背後目掛け、足を伸ばしたシロが、まるで槍のように突撃する。
「しくしく……見かけ倒しだったかな? でもその甲斐あって時間稼ぎは十分できたんじゃないかい?」
シロがルイドにぶつかると同時にとんでもない音が反響する。
しかしその音は何かがぶつかった様な音ではなく、鋭く、グロテスクなものだった。
その有り様を恐る恐る凝視するとルイドの足元にシロの下半身と上半身が見事に一刀両断され、胴と脚は別々の所に転がっていた。
脚はピクピクと痙攣し、マスクからはみ出す口はパクパクと何かを訴えている。
クロは大量の汗をマスクの隙間から流しルイドから大きく距離を取る。
それと同時にルイドは苦しそうにうずくまると身に纏うように変形していた黒い刃が消えていく。
それを見てクロは先程までの態度から豹変したように高らかに笑った。
「くすくすくすくすくすくすくすくすくすくす。超人的力を手にしていたみたいだけど終わったみたいだね」
形勢逆転。4牢のシロがいなくなったとは言え、相手はまだ遥か格上、おまけにルイドはもう戦えないように見える。
「ルイドを救え!」
エリックが叫ぶ頃には全員がルイドの元に走っていた。
まだクロとルイドの間には距離がある。
無防備なルイドにとどめをさされる前に必ず救出しなくてはならない。
しかし、クロの方もルイド目掛けて走り初めていた。
それを見てムサシは立ち止まると例の如く両の指を親指につける。それと同時にクロは立ち止まったが、瞬きをする間も無くまたクロは走り出した。
エリックが大きく膝を曲がるのを見てジックがエリックの足元に小さな爆破を起こす。跳躍と爆破の勢いを利用したエリックはロケットのように前に進む。速さを見るにクロより早くルイドの所に辿り着けるとゼンタは確信したがその予想とは相反し、エリックはルイドを飛び越えクロの方に直進した。
「ルイドを頼む!」
エリックの声を聞き合点がいく。いくらルイドの所に早く駆けつけたからと言っても瞬く間にクロもたどり着くだろう。そうなれば救出などできない。ましてやルイドを抱えての移動なら尚更である。
その意図を読み取りゼンタが一心不乱に走っている頃にはアルはすでにルイドの元にたどり着き、肩を貸していた。
アルがルイドの肩に腕を回した頃にゼンタも到着し片方の肩に腕を回す。顔を覗き込むとルイドの目元にあったひび割れのような痣は以前より大きくなっており、顔の半分ほどを覆っていた。
「すまねえな……まあ1人やったんだから……大目に見てくれ……」
「無茶してんじゃねえよ! 何だよあの魔法!」
ゼンタは怒鳴らずにはいられなかった。
「言ったろ。俺は禁忌魔法をずっと研究してたってよ……」
「ダメだよ。禁忌魔法なんて使っちゃ」
アルが悲しそうな表情を浮かべる。
「ゼンタだって使いまくってんだろ?」
話しながらも3人がなるべくクロから離れるように後退しているとその横をムサシとジックがビュンと通り過ぎる。
「小生達でいとま時間を稼ぐでござる! なるべく離れたら加勢に来てくれでござる!」
ルイドをなるべく遠くに運ぼうと向こうの壁まで歩き続ける。
その間もエリックの剣から鳴る金属音。ジックの爆破魔法の音が背後でこだましている。
いよいよ壁にたどり着こうという時、耳に違和感を感じる。
先程までうるさいほど聞こえていたエリック達の戦闘音がしなくなったのだ。
不思議に思い後ろを振り返るとゼンタは自分の目を疑った。
そこには両腕を切断され身体中の関節があり得ない方向に曲がったムサシ。
折れた杖を握る首から上がなくなったジック。
そしてまるで池の中心にいるように、大量に血を流すエリックの死体が倒れていた。
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