しばしの別れ
カースは言っていた通り勇者試験から離脱した。別れの際は悲しい表情を見せていたが、その瞳に後悔を感じさせる色は見えなかった。
チヨメは合格ラインまで後2匹という非常に惜しい結果だったと言う事もあり、一度一次試験会場に戻り修行を積む事にするらしい。
これまで戦闘行動の全てを優秀な自分のスキルに依存しいていた事を反省し、心身共に鍛錬を積むようだ。
「拙者に構わず先に進んでほしい。必ずや追いつくでごじゃる」と言う言葉を残し、覚悟を決めた顔で一次試験会場へと戻った。
問題はロリィである。合格までは途方もない数の蝶が必要となる。カースと共に試験から離脱するかと思いきや、その答えは違った。
彼女曰く、自分自身を鍛える事をこれまで疎かにしていたのは事実だと受け止め、修行を積めばまだまだ蝶を集める潜在能力や伸びしろが1番あると言い聞かせ諦める事はなかった。
深紅のバレッタも探したいと言う事もあり、チヨメの後を追うように一次試験会場に引き返して行った。
「一気に3人も減ると寂しくなっちゃうね」
アルがどこか悲しげな表情で蝶の間から立ち去る仲間を見送る。
「仕方ねえよ。あいつらにやる気があるなら強くなってまた共に戦うだろうし、カースだってここから出たら何かしらの手助けだってしてくれるはずだ……仲間の心配よりこれから更に過酷になるであろう次の試験で死なないよう俺達自身が頑張らねえとな」
ルイドはフィルター近くまで燃えたタバコの火を靴の裏で消した。
「それにしても良かったねゼンタ! 言っちゃ悪いけど蝶が宿り木にしてくれそうな力が生命力しかないから心配してたんだよ!」
ゼンタはまだ緊張の糸が切れないようでいたが、なんとか二次試験を合格する事ができたのだ。
「だがその生命力だけで300匹も蝶を集めるなんて大したもんだ」
ルイドがゼンタの肩をポンポンと叩く。
「ただ持ってる無尽蔵な生命力だけでその数だ。もっと洗礼された生命力。命への執着や重みを持っていれば生命力だけでアルすらも超える蝶を集められただろうよ」
レイがゼンタの腕を噛みながらグチグチと吐露した。
「もう合格したんだからいいだろ」
ゼンタはやっと安心したように言葉を発した。それを見ていたアゲハが思わず声を上げた。
「レイさん! 人間の生命力をそんなにお食事になって大丈夫ですの? その方死んでしまいますわよ!」
「察しが悪いなお前。今のやりとり聞いてたら大体わかるだろう。こいつは不老不死。死なない体なんだよ」
それを聞きアゲハはギョッとした顔を浮かべたがその表情はまたたくまにうっとりとした顔つきに変わる。
「まあ……ゼンタ様とおっしゃいましたっけ? 素敵なお力ですこと……もしよろしければあたくしにもその……一口でもいいのであなたの生命力をご馳走になってもよろしいかしら?」
するとレイがバッとゼンタとアゲハの間に入った。
「良いわけねえだろ! バカ! 初対面でゼンタの事を人間ごときとか言ってたのに随分虫がいいじゃねえか。ゼンタの生命力は私専用だ!」
するとアゲハはムキーとハンカチを噛みレイの目の前に立った。
「あたくしはゼンタ様とお話ししているのですわ! ゼンタ様の生命力をいただくのにあなたの許可が必要でして?!」
「はん! じゃあ聞いてみろよ! 私が嫌だって言ってる事をゼンタが了承するわけねえからよ! な! ゼンタ! やだよな?!」
「ゼンタ様ぁ…お願いいたしますわ。あたくし何百年も人間の生命力をいただいてはおりませんの……勿論、いただけたあかつきにはたっぷりとお礼はさせていただきますわ」
2人の大精霊に詰め寄られゼンタはしどろもどろとなる。別にアゲハに生命力を食わせても減るもんではないがレイのヘソを曲げるのも面倒だ。
「騙されるなよゼンタ! お礼なんて言ってるがこいつは私みたいに精霊界の秘宝を持ってたりしないからな! お前の生命力を好きにだけ食って後は知らぬ存ぜぬで逃げるつもりだぞ!」
「まあ! 失礼な! 別に物を譲るだけがお礼ではなくてよ! 人間の殿方は女性の奉仕を求めるもの! そう言ったお礼の仕方はお子ちゃまのあなたにはできないでしょうけど!」
「はあ?! できるし! ゼンタ! こんな高飛車な女にそんな事させても後々面倒になるだけだぞ! 別にそんな事私が代わりに……」
と言ったところで言葉を詰まらせ、とんでもない事を言おうとした事に気づいたレイは顔を赤らめた。
「アゲハさん……あんたにも主人がいるんだろう? その人にも悪いしレイもこう言ってるからさ今回はちょっと遠慮してくれないか?」
「そうですか……それは残念ですわ……しばらくいただいてはいませんがあたくしのご主人様は魔人ですのでそれに比べると人間の生命力は実に美味なものなのでつい……」
少ししょげた様子のアゲハにこれでもかと言うほど勝利の表情を浮かべるレイ。
「まあいいですわ。それでは三次試験会場にご案内致しますわ」
するとアゲハはゼンタ達を蝶の間の中心に立つように指示した。
先程同様大量の蝶がゼンタ、アル、ルイドの背中や肩にとまり大きな翼を作る。
「上をご覧になって」
アゲハが言うと3人は頭上を見上げる。
蝶達の輝きで気づかなかったが天井には大きな穴が空いておりその先に白い光が見える。
「この上に三次試験の待ち合い室がありますわ。この蝶達が翼となりあなた達を上へ運んでくれますの」
その時、レイが口を開いた。
「私もそこに立てば蝶がつくのか?」
そう言ってゼンタ達の近くに行こうとしたレイの腕をアゲハが掴んだ。
「あなたはここでお留守番ですわ。その腕輪をつけて人並み以下となったあなたがゼンタ様達のお役に立てると思って?」
さっきの仕返しのように嫌味を多分に含んだ表情でレイを見つめる。どうやら魔封じの腕輪の事をアゲハはお見通しのようだった。
「お前! きったねえ! こんな方法で仕返しするなんて!」
2人はああだこうだと口論を続けていたがゼンタが口を開いた。
「レイ……すまないがここで待っていてくれないか……」
「は?! おい! ゼンタ何言ってやがんだ! アゲハの味方につくなんて!」
「そうじゃない。ダイナマイトジョーの時の事を思い出したんだ。今の俺じゃお前を守れない。魔法も使えないお前を庇いながら戦えない」
悲しげに説明したゼンタの言葉を聞くとレイは少し黙り込んだ後、落ち着いた様子で口を開いた。
「……そうか……まあお前の事だ……戦えなくなった私をお払い箱にしたい訳でもねえだろ」
「勿論だ、必ずお前を守れる力を身につける。そしてお前の腕輪の鍵も絶対手に入れる」
アルとルイドは2人のやりとりを優しい眼差しでただ眺める。
「わかったよ……死んだら許さねえからな」
「死なねえけどな」
ゼンタとレイは2人してニヤリと笑う。
「任せてよ! うち達もいるんだから! 次に会う時にはみんなレイちゃんより強くなってるかもよ?」
「はん! 言ってろ! 全員まとめてかかってきてもぶっ倒してやるよ!」
「魔法も使えねえくせに随分偉そうだな」
ルイドがレイを茶化す。
「まあいい! もう行け! 私はチヨメやロリィの面倒を見ててやるよ! 必ず三次試験突破してこい!」
「おう!」
ゼンタ達の背中の蝶が羽ばくとその動きに合わせてみるみる上昇していく。
そこから言葉を交わすことはなかったが、お互いだけが何かをわかり合ったような表情でゼンタとレイは見つめ合った。
視界からお互いが見えなくなるまで見つめ合う2人の瞳には気のせいか涙を貯めているようにすら見えた。そしてレイの姿が完全に消えたゼンタの視界は天井の長いトンネルに変わり、更にその先へ上昇していった。
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