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和装の女


 日差しがジリジリと照り付け、焦げたような音を立てる。地面でピクピクと意識を失ったホゲールを眺め3人は、勇者試験の難易度について話していた。



「ちょっとこの先、骨が折れるかもね……まだ出発して間もないから、ホゲールみたいな新人と出くわしたんだろうけどこの先、とんでもない牢人生が現れるかも」


「アルから見てもこいつは強かったのか?」


「うん、恐ろしいスキルだよ。レイちゃんの魔力を無効化するだけでなく、あの使い勝手のいい攻撃手段。相手が剣なんかの武器を使うなら、それも溶かして無力化できるだろうし、虚をつけたからゼンタの攻撃は当たったけど、鉄を固めて防御する事もできる……そんなスキルを持つホゲールが9841牢だよ……舐めてかかっていたら下位の牢人生相手でもやられちゃうかも」


 戦闘の復習。勝った勝負であってもそれは時間をかけて振り返り、他の最善策はなかったかなどを模索するよう王国で訓練を受けていたときに、エリック騎士長に口酸っぱく言われた事だ。


「あの程度の水魔法ならな! 私が本気を出せば無力化などできるものか! 初手の攻撃も風魔法で簡単に回避できたしな!」


 レイはそれを行なう様子はなく、それほど活躍できなかった今の戦闘ですら自画自賛する有様である。


「初めて人影が目に入って浮かれてしまったぜ。確かにこいつより強い牢人生がウジャウジャいると考えたら肝が冷える」


 勇者試験初めての戦闘を終え、その勝利を喜ぶことより、かえって今後の不安が増す結果となった。


「うちが牢人生になったら2桁なんて言ってたけど、これじゃ3桁も厳しいかも」


 アルは気を失い砂に顔を埋めるホゲールの体を仰向けにすると気道を確保すると、腰や手に持ったひょうたんを全て割る。


「とにかく、次の相手の心配よりこの砂漠から抜ける事が先決だ。いつまでもここにいたんじゃ干からびちまう」


 また、先程の退屈な移動が待ち構えているのかと思うと嫌気がさしたが、だからこそ一刻も早くこの場からの脱出を目指す事にした。


拝眉はいび


 そう決めた矢先、聞き慣れない声が、唐突に聞こえるとゼンタ達はバッと後ろへ飛び散り、突如として目の前に現れた女から距離を取ると、またしても臨戦態勢に入った。



「待ってくれでごじゃる! 拙者は敵ではごじゃらん!」


 その女は両手を突き出し、手のひらを大きく振ると3人に敵意はないという事を弁明する。


 いくらそう言われても、見慣れない細い剣のような物を腰にさし、これまた見慣れない服装で目の前に現れた女を警戒せざるを得なかった。

 だが、黒い布で口元を隠し、目元しか見えない格好であっても、確かに敵意があるようには見えない。


「拙者もお主達と同じく先程ここに転移した勇者試験受験者でごじゃるよ!」


 ゼンタはレイとアルの方に顔を向けると何かを思い出したようにアルが人差し指を上に立てた。


「あ、確かにいた気がするよ! うちはゼンタ達が来るまで他の受験者の事も観察してたから。確かに見慣れない格好だったから覚えてる。何だっけ……えっと……着物! そうそう!着物だよねその服!」


「いかにも! これは忍者の忍装束しのびしょうぞくと侍のかみしもを掛け合わせた拙者の里の正装でごじゃる! そしてこの腰にさしたものは刀と呼ばれる武器でごじゃる」


 胸を張って説明をする彼女にゼンタは、そんな事より先に聞いておかない事があると質問した。


「俺たちをつけていたな……何が目的だ……しかもこんな隠れる場所がない砂漠で何時間もどうやって」


「目的を話すのは簡単でごじゃるが、ついて来れた説明をするのは難儀でごじゃるな……これは拙者の奥義による物ゆえ……」


「奥義?」


 ゼンタの耳が聞き慣れない言葉に、違和感を覚える。


「ああ、すまぬ! こちらでは奥義ではなくスペックというのじゃったな! 拙者の生まれ育った里とは勝手が違うゆえ、説明もままならぬ」


 その女は申し訳なさそうに片手を頭の後ろに持ってくると軽く頭を下げ謝罪する。


「えっと……透明化するスペックってことかな?」


 アルが女にそう聞くと言葉に詰まった様子を見せ少し困った表情を浮かべる。

 するとレイが間に割って入り、目の前に球体のような物体を出した。


「翻訳機だ……私達の言語と、こいつの言語では何か勝手が違うんだろう。魔獣や人間語が話せない精霊とも会話できるブレインの発明品だ。人間同士の言語ならお前達にもわかるよう容易く翻訳してくれるだろう」


「おお! 精霊殿! これは助かる! 拙者の奥義は著しく故郷の里の言葉で形造かたちづくられてる為、こちらの言葉で説明するのは厄介極まりなかったのでごじゃる!」


 歓喜し、レイの手を握ると頭を何度も下げ、礼をした。そのあと女は片膝を地面につけると、片手で拳を作りそれも続けて地面につけた。


「拙者の名はチヨメ。ヒイズルの里で育った、侍と忍のハイブリッドでごじゃる」


 翻訳機を通して会話をしたのは初めてであったが、チヨメとなる女が、侍や忍びなどの聞いた事のない単語を発したと同時に脳内では、それが何なのかと言う細かな詳細がゼンタ達の脳内に流れ込んでくる。


「拙者の生まれた里では、ここいらとは違う漢字と平仮名と言う2つの文字を使うのが一般的なのでごじゃる。拙者の奥義『口は災いの元』はそれを巧みに駆使した自慢の技でごじゃる」


 その漢字や平仮名と言う文字も今まで目にした事がなかったが、文体や成り立ち、常用的な使い方の情報が瞬く間にインプットされる。


「その漢字や平仮名を使って戦うってのか?」


「拙者の里の文字を理解してくれたなら話は早い! 例えば、火炎や地震や蘇生など平仮名3文字、漢字2文字の熟語のみに限り、発言するとその事象や物体が発現するというものでごじゃる。ただ威力や効果は術者の力に依存するゆえ、効かない相手や出て来る物がごく僅かなんて事もしばしば……自慢と言っておきながら、欠陥や不便な部分も多くありはするが……」



 そのスキルの効果は、翻訳機のおかげで理解できたが、それを使うチヨメの実力がどれほどの物かまるで想像がつかない。


「まあそれはわかった……で俺たちをつけていた理由はなんだ?」


 するとチヨメは両手をつき、顔だけを砂の中にめりこませると、砂に埋もれ聞こえづらい大声をあげた。


「拙者! 強い者を探していたのでごじゃる! ゼンタ殿! 貴殿の仲間にはしてはもらえぬか!」


 砂に埋もれたチヨメはゼンタの返事が聞こえて来るまで顔を埋めたままだった。

 ゼンタはレイとアルを見て、一体どうすればいいんだと言う表情で思いふけていた。


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