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Dungeon & Girl punk  作者: 井蛙阿声
8/25

屠龍事件/月曜集会 一

 


 いつもの夢。

 もうこの夢にも、慣れてしまった。

 わたしは衣装を着て、またナニカと対峙している。

 周囲は鬱蒼と木々が生い茂る森の中。

 普通の森ではない。

 それらは地上にはありえない植生で、ダンジョンらしい異世界な光景を作り上げていた。

 全てが赤色に染まっている。

 秋めいた枯葉の紅葉、などではなく、まるで血が通っているかのような瑞々しい真紅。内臓の色。脈動する生命を感じさせる血液の色。流れる小川も赤く染まり、肉体に走る血管のようだ。まさに血の森、という名が相応しい。

 その血色のフィールドで、ひとりの男が立っていた。

 彼は両手に鋭い杭のような凶器を手にしている。力を抜いたように肩を落とし、凶器を握る手も緩め、だらりと全身をリラックスさせていた。

 知っている。

 わたしは彼のことを知っている。

 右手に鉈を構えた。

 どうしてか分からない。

 けれど、やらなければならないことははっきりしている。

 鉈を握る手に力を込めた。殺気を向けられて、反応しなければ戦士ではないだろう。彼が何者か、などというのはどうでも良い。

 殺されるくらいなら殺さなければならない。わたしに課したその単純な掟は、夢の中でも有効なようだった。

 唐突に、ぼやけるように彼の姿が歪む。来る、と感じた頃には遅かった。

 見失う。

 視線を動かすよりも早く、右にステップ。目がようやく敵の姿を捉える。

 彼は極端な前傾姿勢、ほぼ床に接地しているかのような低姿勢で、あたしの足元に向かって飛んで来ていた。両手をクロスさせるように杭を構えている。宙に伸びきった足、両手は攻撃に移れるような形ではなく、一見無防備にも見える体勢。

 見てほしい。

 これだ。わたしが憧れた、獣のような疾走。

 右手の杭で、地面が勢いよく打突される。速度を殺さないまま、突進の向きが、ありえない角度で変わり、右に避けたわたしを追跡する。

 左手の杭が、わたしの心臓を狙っている。

 回避できない。そう判断したわたしは、鉈の幅広な面を向けて、防御の姿勢を取る。

 鋭い切っ先が閃いた。

 待ち構えていた刀身からはいっこうに衝撃が来ない。来ると思ったタイミングを一拍ずらされて、武器を持った手に衝撃が走る。思わず鉈から手を離し、武装を解かれたわたしは、バランスを崩して押し倒された。

 鉈を拾おうと手を伸ばす。

 その手が、串刺しにされた。

 地面に縫い付けにされる。深く突き刺さっており、抜くことができない。杭自体にもかえしが付いているのか、上にも下にもピクリともしなかった。

 立ち上がれないまま、地面を這いつくばる。

 いまのわたしの様子は、ピンセットで串刺しにされた虫の標本のようだった。

 もがいているうちに、影が差す。振り返ることも出来ないまま、背中に衝撃。全身が破裂したかのような振動と共に、自然と瞼が重くなった。

 血の色をした葉っぱが舞い落ちる中、わたしの色が広がっていく。

 それに従って意識もまた、薄く、線のようにか細くなり、わたしという存在は消えていった。


 ○


 僅かな驚きとともに目がさめる。

 さすがにこうも殺される夢が続けば、慣れもしてくる。

 わたしは自分の胸に手を置いて、その鼓動を確かめた。

 早いリズムを刻んでいた。

 今回は意外な相手だった。そのためか、冷静に振り返られる余裕があった。

 阿閉古谷。

 昨日、本人に会ったからだろう。

 夢というのは、記憶の整理中に起こる混線のようなものだと聞いたことがある。阿閉に出会って話をした記憶が、いったいどうすれば殺される夢に変換されるのか分からないが、そもそも夢というモノに、道理を求めても仕方がないだろう。

 試しに夢占いでもしてみようかな、なんて思いつつ、ベッドから降りる。体はルーチンを勝手にこなしてくれる。朝食とコーヒーを用意されていた。

 いつものテーブルの前で体育座りになって、ノートパソコンを開いた。起動すると、メールの着信音がポコポコと泡のような音を立てる。

 4通。うち3通は、意味のない業務連絡。

 また小慧先輩からメールが来ていた。


 ────────────────────


 小慧先輩じゃよ


 おい(`·ω·´)

 まだか? (`·ω·´)っ/凵⌒☆チンチン

  (_`·ω·´)_バン


 ────────────────────


 まても出来ないのか? と返信しておく。

 歌詞は、もうちょっと待ってほしかった。なんとなくイメージは掴めているので、あとはキーワードを当てはめていくだけだ。

 ニュースサイトを開くと、一面に同じ事件を扱っているものと思われる記事がびっしりと続いていた。


 《山城氏死亡=殺害事件と断定ーー警視庁》

 《根島都、出雲区にて殺竜事件発生》

 《都心部で銃殺事件発生、山城竜吾氏死亡》

 《世界初の殺竜事件が発生「あってはならないことが起きた」と首相発言》

 《殺竜犯、未だ足取り掴めずか》

 《アンチドラゴン派のテロか? ーー殺竜事件》


 普段のニュースサイトの様子とは一変していた。

 ためしに他のサイトに回ってみてもどこも同じ様子で、一つの事件の見出しが続いている。

 何事かと思いつつ、目に入った記事から目を通す。

 どうやら知らぬ間に、世間を揺るがす大事件が起きていたようだった。

 記事によると、昨日の深夜、山城竜吾という名のハーフドラゴンが銃撃によって殺されたのだという。これだけの記事があって、それしかわからなかった。

 山城といえば、うちの学園にも企業ビルが建っている山城財閥がまっさきに思い浮かぶ。この大学園を支える四大財閥のうちの一つだ。

 わたしが所属しているのは黎明派なので、直接の影響は少ないかもしれないが……。

 そもそも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 これは、誇張なく、前代未聞の事件だ。

 だいたい、殺竜事件という言葉に馴染みがない。初めて聞く言葉だった。

 ドラゴンとは基本的に不死の生き物とされている。初等教育で学ぶことだ。

 過去、ドラゴンがこの世界にやってきた時、その支配に反発した人間たちがあらゆる毒物や兵器を使って彼らの排除を目論んだ。

 しかし、誰一竜として害することはできなかったという。

 打つ手のない人類は、非暴力を訴えるドラゴンたちはそのまま穏やかに支配されていくことになる。

 彼らの不死性について、人類側はいまだによくわかっていない。わたしたちのような生物とは違い、存在の核となる部分がこの世にはない、と主張する学者がいたりするもが、いずれも憶測の域を出ず、彼らの存在は、未だ人類には解き明かせない謎だった。

 核弾頭でも殺せない存在を、いったいどうやって?

 ドラゴンがドラゴンを、なんらかの方法で殺したのではないか?

 それとも、本当は死んではおらず、死を偽装しているだけではないか?

 山城竜吾はハーフドラゴンではなく、もともと人間だったのだ、なんて面白い意見もネットに転がっていた。

 これはフェイクニュースである、という意見が大多数で、海外からも誤報ではないかと疑われているようだった。

 たしかに、誤報だった、と言われる方がまだしっくりくる。

 これ以上探しても同じ情報か曖昧な推測にしか行き当たらなかった。自分の調査能力の限界を感じ、パソコンを閉じた。

 今朝の夢を見たとき以上に、ドキドキしている。

 夢の内容よりも夢みたいだ。

 この事件は、わたしたちにも影響が及ぶものだという直感があった。

 ムシャに連絡する。ワンコールで繋がった。


「ニュース見た?」開口一番に尋ねた。

『昨夜のうちにな。ちょうど良かった。そろそろ電話しようと思ってたところだ』


 わたしが起きるのを待っていたらしい。寝れなくて徹夜で調べていた、とムシャは言う。


「それで、どうなの?」事情通らしいムシャに意見を伺う。

『たぶん、本当に起きたことだ。山城派の連中がかなり動揺してる。一部のドラゴンの口からも山城竜吾の死を認めるような発言があった』

「ドラゴンが、殺されたの? 本当に?」


 さんざん記事を読んで、話を聞いても、その事実がうまく飲み込めなかった。

 ハーフといえども、死んだのはあの麗華社長と同じドラゴンである。それだけ彼らは、絶対的な存在としてわたしたちに刷り込まれている。


『黎明麗華さまにも、お伺いを立てておかなきゃならねぇだろうな。おれたちの今後の活動』

「今後って、どういうこと?」

『だって、ウチには、クオーターがいただろ。そういえばアイツが、刺したら死ぬようなヤツなのか聞いてなかったけど』

「それは死ぬみたい」

『なら、なおさら黎明麗華さまとは話し合わなきゃならねぇよ』

「ならないの?」


 その話をしに行く役にはなりたくない、とわたしは思う。


『当然だろ。こんな事件が起こったんだ。アンチ派が活気づくに決まってる。クオーターといえどもドラゴンを連れて歩くのは危険だってことになるだろふつー。社長だって今まで以上に身辺には気を使うはずだ』

「なるほど……」

『ああ、それと』


 すでにアポを取ってある、とムシャは言った。


「さすが」

『いや、向こうから連絡が来た。今日の午前9時、最上階な。一回行ったから場所はわかるだろ。今から約2時間後だ。早めに用意しとけよ』


 まるでわたしが行くような声の響きだった。


「え?」

『先方は、犀川ミオをご指名だよ。やっぱり、おれの言った通りだ。目をつけられてるのはテメーだよ、アホのミオ』


 ○


 もう二度と踏み入れまい、と影で誓っていたラドの最上階にわたしはいた。

 そこは初めに通されたフロアではなく、こじんまりとした私室のようだった。ドラゴンらしく、値段が高そうな美術品がいくつも飾られている。中でも目に入るのは楕円形の豪華な額に入った日本画の連作で、部屋を一周するように整然と並んでいた。いずれも、薄くぼかしたような色彩で、花と鳥が描かれている。


「七宝だよ。なかなか美しいだろう?」


 湯気が立ち昇る華奢なカップを二つ携えて、黎明麗華が現れる。黄金色の水面が揺るぐことなくわたしの目の前に置かれた。


「あの、ムシャから話は聞いていると思いますが」


 話を切り出すと、黎明麗華はそれを手で制した。


「ああ、面白い事件が起きたものだね」


 穏やかな口調で彼女は言う。


「死んだ山城何某とは面識があってね。コレクターとしてはなかなか趣味が合うヤツだった。あれを自慢できなくなったのは残念だ」黎明麗華は紅茶を手に、後ろにある絵を眺めていた。

「……本当なんですか? その、ハーフドラゴンが死んだというのは」


 そのハーフドラゴンを目の前に、思わず声を潜めて言った。


「これが盛大なドッキリだったとしたら、私はヤツのユーモアセンスを見直さなければならないだろう」

「だれが? どうやって?」


 そう質問すると、黎明麗華はカップを手に取りながら足を組み直す。


「まさに、それが最大の疑問だ。いったい、どうやったのだろう? わからない。おまけに7時間が経過した今となっても犯人の行方が掴めていないそうだ」


 黎明麗華は、降参、というように両手を挙げる。


「もうジョークだよ──けっして愉快な笑いではないがね。敵ながらよくやったと褒めざるを得ない」

「やったのはドラゴンですか? それとも、人?」

「さあね。反体制派に手を貸す同族もいるし。ともあれ、同じことだ。ただ一つわかるのは、ルールが変わったということ。ドラゴンを殺す手段があると、これで証明された。もっとも、我が祖先たちは昔からその手段を知っていたに違いないだろうけどね」


 彼女いう祖先。それは純血のドラゴンたちのことだ。

 彼女の竜の瞳が、わたしを捉える。その細長い瞳孔は、どんな宝石よりも煌めいて、ぞっとするほど美しい。


「それで、どういったご用件で、わたしはまた呼ばれたんですか?」

「……まあ、紅茶でも飲んで一息ついてくれ。君がコーヒー党なのは知ってるけれど、紅茶もたまには良いものさ」

「……いただきます」


 コーヒー党だなんていつ言っただろうか、と疑問に思いつつカップを手に取る。

 薔薇のような香りが過ぎる。つかまえた、と思ったら逃げられて、再び捉えようと思ったらだんだんと正体がぼやけていく。


「美味しいです」


 これは香りを楽しむためのものなのだな、と理解した。


「ありがとう。新しい淹れ方を思いついてね。披露したかったんだ」


 黎明麗華は片目を瞑って愛嬌のあるえくぼを見せる。


「それじゃあ、紅羽のことだけど」気軽い調子で本題に入った。


「はい」

「気にすることはないよ。彼女を売り出す路線に変更はない。むしろ、良いアピールになると思うけどね。君たちが懸念しているアンチ派閥に関しても、脅威に感じることはない。この学園は我々が直接管理する領地だ。身内が手引きしない限り、反対勢力が入り込む余地はゼロに等しい」

「それを聞いて安心しました。チームメイトにもそう伝えておきます……それと、一応報告しますが、紅羽の加入試験は今週の水曜日、ダンジョンに潜ってすることになりました。繰り返しの確認になりますが、加入の是非はわたしたちが決めてよろしいんですね?」


 そこまで言い切ることができて、なかなか口が回っているではないか、と自画自賛したくなった。


「うん。君たちが不適格だと思ったらこの話はなかったことにしてくれて良いよ」

「ありがとうございます」

「ああ、ただし一つ注文をつけよう。撮影ドローンを随伴させてくれ。もちろん放送をするわけではない」

「……別に良いですけど、面白い映像にはならないと思いますよ」


 試験をするだけなのでそこまで深く潜るつもりはなかった。


「まあ、お守りみたいなものだと思ってくれれば良い。じゃ、話はこれでお終い。私も忙しくてね。ほら、こんな事件があったことだし」

「はい。失礼します」

「ぜひ、また一緒にお茶を」


 わたしは笑顔で手を振る黎明麗華に見送られてエレベーターに入った。

 中に乗り込むと、そこにはムシャが乗っていた。


「え、わたしのために来てくれたの?」


 心配して来てくれたのだろうか、と嬉しくなる。


「ちげぇよ。これから集会だ。急がないと遅刻しちまう。さっさといくぞ」


 ムシャはそう言いながらエレベーターのボタンを押す。


「ええぇ……ちょっとは休ませてよ」



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