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Dungeon & Girl punk  作者: 井蛙阿声
9/25

屠龍事件/月曜集会 二

 


 集会はD棟の28階の小型会議室で行われていた。

 会議室には4つの長机が四角形を作るように置かれており、黒い革張りの立派な椅子が1つの机につき4つ、計16席備え付けられている。他には机に囲まれた中心に司会者が座る可動式の椅子が一席置かれていた。

 わたしたちが会議室に入ると、すでに全員が揃った様子で、ムシャの座る一つの空席以外の全てが埋まっている。司会席に座る男子学生がわたしの姿を認めると、驚いたような顔をしたのが見えた。


「ああ、すまない。彼女の分の椅子を……ああ、そのパイプ椅子を使ってくれ」


 近くにいる生徒が気を利かせてわたしの座る椅子をムシャの隣に用意してくれた。礼を言ってからわたしは着席する。

 中心にいる男子生徒が周囲を見渡し、全員が着席していることを確認した。


「ああ、これで全員集まったかな。それではこれから、月曜集会を始めたいと思う」


 照明が暗くなり、周囲の顔が見えずらくなる。

 暗がりに乗じて、ムシャが小声で耳打ちしてきた。いま司会をしている男子生徒は、沖田幸成という名前らしい。仕切りたがりで、わざわざ立候補して議長になったのだと余計な情報も伝えてくる。

 出来るだけ先入観を入れないように、わたしは司会をしている彼を見た。白い長袖のシャツに黒いズボンを履いている。こういう、学生らしい格好をしている人間はダエグには珍しい。


「ひとまず、この場にいる人間とチームメイトたちが、行方不明者リストに並ばなかったことを喜びたいと思う。そして先月に引き続き、皆からの情報提供を募りたい。ダンジョンの第二環境域において、なにかいつもとは違う、不審なことは見つからなかっただろうか」


 沖田幸成はそう発言して、ゆっくりと周囲を見渡した。誰からも発言はなく、挙手も見当たらない。


「何もないなら、自分のチームが行った調査結果を発表したいのだが」

「ーーあの、すみません。これはいったい、何の集まりですか?」


 会議の内容がわからないので、わたしは手を挙げて質問した。


「ああ、すまない。犀川くんは初参加だったな。前回の議題内容は、武井くんからは聞いていないのか?」

「失踪したチームの話をしている、とは聞いていますが」


 自分の名前が知られていることに驚きながら、わたしは発言する。


「まさにその件だ。ブロッサムチームの突然の失踪にはいくつかの不審な点が見受けられる。主に第二環境域を探索の中心にしている我々としては、そこで起こった問題を見過ごすことはできないということだ」

「問題、といっても全てはダンジョンで起こったことですよね? どんなイレギュラーなことが起きていたとしても、わたしたちダンジョンハッカーはそれに対処して生き延びなければならない。当たり前のことです。一つのチームの不幸に、わざわざ情報提供を募ったりして手間をかける必要はないと思うのですが」


 視界の隅でムシャがグッドサインをしているのが見える。よほど彼のことが気に食わなかったらしい。


「そうだそうだー」

「もういい加減、その話はいいっす……」

「つまんない話はもうやめよー」

「ちゃんミオにさんせーだー」


 賛同の声が四方から飛んだ。


「自分は、そうは思わない。彼女たちに降りかかった、そのイレギュラーな事態を究明することで、生存率を高めることができると思っている」


 四方からの野次に動じることなく、沖田幸成はまっすぐこちらを向いて反論した。さらに彼は言葉を続ける。


「たしかに犀川くんの発言にも一理あるだろう。数ある危険の中で、ことさら一つに気にかけるのは非効率だ。それでも、自分は彼女たちの失踪には、ことさら気にかけるだけの価値があると思っている」

「それは、どういう理由で?」

「勘だな」沖田幸成はそこで笑った。「皆も同様に感じている違和感だと思ったから議題に載せていたが、どうやらそうではなかったようだな」


 沖田はヤジが飛んだ周囲を見渡しながら言った。


「しかし、いや、聞くより見るが易し、だ。自分たちの調査結果を発表しよう。結果から言うと、やはりこれは注目に値する事件だった。この写真を見てほしい」


 彼は司会席のパネルを操作した。

 一人一人の机の上に画面が浮かび上がる。その電子版には複数の写真が並んでいた。タッチ式になっているので触れるとその一枚が拡大されて画面に映るようになっている。

 ムシャがその一枚一枚触れた。

 何枚も角度を変えて撮られていたが、それは一つの物体を捉えた写真のようだった。

 全てを見るまでもない。

 わたしたち全員、それが何であるのか知っている。

 それは徹底的に破壊された、一機の撮影用ドローンだった。


「これは……」

「え、ドローンじゃん。え?」


 それを見た出席者たちにざわめきが起こる。


「第二環境域、血の森の十七層で発見したモノだ。土で汚れているのは、これが地面に埋められていたからだ。掘り返されたような跡を偶然見つけて、そこを掘ることで発見することができた」


 沖田が発見時の状況を説明する。


「型番は調べたの?」


 やけに聞き覚えのある声が、会議場の端の席から響いた。

 セツナのおかげで耳に馴染んでしまっている。顔が見えなくても、そこにいるのが遊佐であることがわかった。


 彼もこの会議に出席していたらしい。


「もちろんすぐに照会した。その結果、ブロッサムチームの随伴機だと判明した」


 会議場に動揺が広がる。


「なるほどね。つまりこれで、殺人事件だと確定したわけだね」


 遊佐の言葉が決定的だった。


「まじかよ……」

「誰がブロッサムチームを殺ったんだ!?」

「あいつら、バカだけど腕は悪くないよ」

「待った! まだ死んだって決まったわけじゃない!」

「あんたばか? 失踪から何日経ってると思ってるのよ? 死んだと考えるのが当然でしょうが」


 会議場が一気に騒がしくなる。隣に座るムシャは難しい顔をして黙り込んでいた。

 しばらくしてから沖田の声が響く。


「この撮影ドローンだが、鑑識にかけさせてもらった。しかし残念ながら、人為的に破壊されていることに以外に手がかりは得られなかった」

「そうだ、警察は?」常識的な意見がどこからか飛ぶ。


 しかし、それはあまりにも無知な発言だ。


「知らないの? ダンジョンで起こった事件に警察は介入しないわよ」


 そのだれかの言う通りだ。ダンジョンで起こった犯罪に警察組織は積極的に関与しない。

 ドローンなどで明確に犯罪行為が露見しているなら司法の取り締まりが行われるが、それが無い場合、ダンジョンに入って事件現場をわざわざ調査するようなことは、まず行われない。

 警察に代わるダンジョンハッカーたちの自治組織もあるにはあるが、彼らの活動もダンジョンハックという本業の合間に行われるものであって、さらには何の権限があるわけでもなく、本格的な調査とは言えないものだった。

 身を守る意味でも、撮影ドローンという機械は必要なものだ。こういうことがあるので、大抵のハッカーたちはドローンを付けてダンジョンに潜るようにしている。


「じゃあ、どうすりゃ良いんだよ……」

「どうって……」


 そこで話は終わりだ。

 正体のわからない殺人者に対して、わたしたちに出来ることはない。いや、同じことなのだ。ダンジョンに入れば身にかかる危険は全て自分たちで振り払わなければならない。結局はその結論に行き着く。


「第二環境域には殺人者が潜んでいるかもしれない。皆にはこれまで以上に注意して欲しい。敵は人間だ。罠を張ることもあれば、仲間のふりをして近づいてくることもあるだろう。ダンジョン内で見慣れない人間には近づくな。……1年生に言うような言葉になって申し訳ないが、改めてそれを注意喚起として受け取ってもらいたい」


 沖田のその言葉で締めくくられる。

 会議が始まった頃とは違い、誰もが彼の言葉を重く受け止めていた。




 会議室を出ると、後ろから話しかけられた。


「犀川さん」


 遊佐の声だ。ほとんど面識のない相手のはずだが、散々聞いていた声だったのでつい親しみを感じてしまう。気安く返事をしそうになる自分を抑えながら答えた。


「……えーと、なんでしょうか」


 多少ぎこちなくなったかもしれない。


「なにかってほどじゃないんだけどね。声をかけるべきかなと思って」そう言いながら遊佐は周囲を気にしていた。「あ、武井さんもどうも」


 笑顔も添えて、愛想よく遊佐は挨拶をする。わたしにはなんとなく時間稼ぎをしているように見えた。


「あーそんな固くならなくて良いぜ。セツナから話はいろいろ聞くしな」


 頭の後ろで腕を組みながら、ぶっきらぼうにムシャは言った。

 会議室から出た集団がある程度離れるのを待って、遊佐は口を開く。


「二人とも、また会議室に来てもらえないかな。沖田さんが君たちのことを呼んでる。呼ばれたのは僕もだけど」




 再び会議室へ。

 今度は完全に照明が点いており、さきほどのように薄暗くはなかった。そこに座っている人たちの顔がよく見通せる。

 会議室の中央には先ほどと同じように沖田幸成が座っており、他の椅子にも2人、誰かが席についていた。


「遊佐、どうもありがとう」少しくたびれた様子で沖田が遊佐を労う。

「これくらいなんでも。それで、言われた通りの面子を集めたけど」


 会議室にはわたしとムシャ以外に、4人の姿がある。遊佐と沖田、そして席に着く残る2人は知っている顔だ。

 一人は海堂忍。化粧気のない清純な顔立ちの女子。後ろに髪をまとめており、キリッとした鋭い眼光をしている。スタンダードな刀使いではあるが、たしか珍しい流派を使っていたと記憶している。

 彼女は口を固く結び、正面を向いて座っていた。

 もう一人は髪を赤に染め、耳と鼻、そして口にもリングを通しているチャラい系の男子。頭に大きなゴーグルをつけている。名前はたしか、飛鳥井剛だ。色々と装備品が多い男だが、戦い方は拳ひとつで、ここではわりと珍しい拳法家だった。内功術がすごいとどこかで聞いたことがある。


「んで、なんだよ、話って。なんとなく察しは付くけどよぉ」


 飛鳥井がガムを噛みながらテーブルに足を乗せる。たいへん行儀が悪いが、彼の見た目からすれば、むしろ当たり前のことをしているように見えてしまう。


「……」


 海堂忍は瞑想をするかのように目を瞑っている。セツナのように居眠りをしているわけではなさそうだ。


「察しの通りだろう。正体の見えない殺人者に対して、討伐隊を結成したいと思っている。敵はブロッサムチームを全滅させるような手合いだ。ここに呼んだのは、私見で申し訳ないが、一定以上の実力があると判断したメンバーだ」

「あー、はいはい。良いぜ。俺たちはそいつに参加する」


 早々に飛鳥井が、討伐隊の参加を表明した。


「具体的なことはまだ何も話してないが?」

「あいつら、殺されたんだろう? じゃあ、んなことしたヤツ、許せるわけないじゃん。天誅だよ天誅」


 チャラい見た目に反し、飛鳥井は正義漢らしいことを言う。


「私も、参加。以上」


 今度は海堂忍が怒ったような顔をして参加の意思を告げた。今回の事件に思うことがあるのかもしれない。


「あー、次は僕が言う流れなのかなぁ……参ったな。弥生はこういうの、絶対参加しないって言うんだよな」


 弥生というのは彼の相方の名前で、その相方も遊佐に並ぶ実力者だと言われている。

 彼らはタッグチームだった。どのチームよりも少人数でありながら、そのたった二人で、同期の中で誰よりも抜きん出た成績を叩き出している。


「遊佐くん。いま二十五層にいるって本当?」


 セツナの言葉を疑うわけではないが、確認してみる。


「え? あ、うん。たぶんそのくらいかな」

「ハァ!? テメェ、ふざけんなよ?! ちくしょう! ……なあ、二十層以降っていうのは、どんなもんなんだ? それまでとどう違う?」


 キレたと思ったらすぐに冷静な調子に戻って、飛鳥井は質問する。


「難しい、かな、たぶん」

「なんだそれ。もっと他に言うことはねぇのかよ……」

「いやぁ、僕たち、第ニでも第三でも、やってることはずっと同じことだから、どう違うとかわからないんだよね」

「……」


 わりと心が折れそうになる一言だった。他の人間も無言になり、この場にいる人間は彼の無自覚な悪辣さを共有する。

 わたしとしては、今更な感覚だったが……。


「弥生のやつはおそらく無理か。……せめて、遊佐には参加してもらいたいのだが」

「いいよ。いつも弥生と一緒なのも飽きるし、たまには他の誰かと組んでみたいって思ってたところ」

「ありがたい。遊佐がいてくれるだけでかなり安心できる。……それで、君たちは?」


 ムシャと顔を見合わせた。

 わたしたちのチームは、月並みな表現だが、いまが大切な時期と言える。

 紅羽の件だ。彼女の露出はかなりデリケートに扱わなければならない。その紅羽もまだ仮メンバーでしかないし、彼女に課すテストというのも考えなければならない。チームとして動くには色々と不安定な状況だった。

 どうにも、わたしでは判断できそうになかったので、ムシャにアイコンタクトを送って判断を任せる。


「あのさ、この流れで断れると思ってるのか?」


 アイコンタクトでは我慢できなかったのか、ムシャが声に出して言った。


「いや、これは自分の勝手なお願いだ。報酬を出せるわけでもない。気兼ねなく断ってくれて構わない」


 沖田が逃げ道を用意してくれる。逆に塞がれたような気がしないでもないが。


「おいおい、ムシャたんよー。まさか断るのかぁー?」飛鳥井が煽りを挟んでくる。

「テメェ、コイツ……! こっちにも事情があるんだよ! 外野がうるせえぞ!」

「事情があるなら無理強いはしたくない。むしろ断ってくれ」

「あー、武井ってやつは薄情な女だよなぁ。セツナちゃんなら絶対やるって言うぜ。天使だから」

「うるせぇって言ってんだろ! 飛鳥井! 参加しねぇなんて一言も言ってねぇだろうが!」

「じゃあ参加するんだ」


 と、それまで面白そうに傍観していた遊佐が言う。


「……二言はねぇよ」


 ムシャが恨みがましい視線を向けてくる。わたしは視線を逸らした。


「武者だけにってか? ははは!」飛鳥井が心底愉快げに笑う。

「おまえ、覚えておけよ……」

「では、この場にいる全員参加ということで、いいな? それなら今のうちに今後の作戦も立てておきたいのだが、時間は大丈夫だろうか?」

「会議は延長だな。ま、身のある話し合いなら歓迎だ。正直、テメェのことは見直したぜ、沖田さんよ。良くもまあ、あんな決定的な証拠を見つけたもんだ」


 関心したように飛鳥井は言う。もしかしたら彼は、沖田に野次を飛ばしていた側にいたのかもしれない。


「……皆、時間に余裕があるという前提で話を進めよう。実は、あの写真の他に、公開していなかった写真があるんだ」


 これまでとは違って、どこか歯切れが悪い。


「ああん? ……見せてみろよ」


 飛鳥井が不穏な気配を察したように促す。

 沖田はのろのろと司会席のパネルを操作した。再びテーブルの上に電子版が現れる。

 そこには先ほど表示されたものとは違う、3枚の写真が表示されていた。


「なんだよ、これ……」


 それは、骨が見えるほど腐敗し、切断された右手の写真だった。手首から先がなく、手の形から、なんとなく女性らしさが感じられる。

 3枚とも損傷の箇所が異なっていた。それぞれ別の右手を写しているようだった。


「壊されたドローンと一緒に埋められていた。鑑識の結果、ブロッサムチーム3人の右手首だと判明している」




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