R-Eショッピングモール 二
家具用品をいくつか見て回ったあとのことだった。
アクセサリーショップの前で紅羽が足をとめる。そのまま、ショーケースの中に飾られている宝石に釘付けになって動かなくなった。
やはりドラゴンの血だろうか。彼らはこういった宝飾品に目がないと聞く。
「これ、なんていう石ですか?」
紅羽の視線の先を見ると、そこには拳大の黒い石が輝いていた。
「フログニスだな」ムシャが紅羽の手元を覗き込みながら答える。
黒い地色の中に、緑や赤など様々な色の線が輝いている宝石だった。まるで夜空に咲く花火のように見えることから、夜花石とも呼ばれている。
ダンジョンで稀に採掘される宝石だ。値札が書かれていなかった。わたしの目利きによると、この大きさで、インクリュージョンの美しさも申し分ないとなれば4、500万はするだろう。
「綺麗ですね……」紅羽は食い入るように宝石を見つめている。
「フログニスはけっこう人気があって、学園内外でも需要がある。なかなかドロップしないんだけどな」
「これって、ダンジョンの宝石なんですか?」
「ああ。これより価値の高いオウタムナってやつもある……ここには展示されてないみたいだな。まあ、その辺の宝飾店じゃ扱えない代物だ」
たしか、麗華社長がオウタムナのリングを指に嵌めていた気がする。
オウタムナは夜空に月が浮かんでいるように見える宝石だ。石としてはオウタムナもフログニスも同じ種類の石で、ノクテリアという真っ黒な地色が特徴の宝石だった。ノクテリア自体の価値はさほどでもないが、その内容物によってオウタムナ、フログニスという風に名前が変わり、モノによっては評価価値が100倍以上になることもある。
オウタムナの場合、白く発光するインクルージョンが入っている。その形が円に近く、月に見えれば見えるほど価値を上げていく。
「拾ったことはあるんですか?」宝石に視線を落としたまま紅羽は言った。
「ないな。まだ。二十八層以降じゃねぇと採れないんだよ、それ」
「二十八層……」
わたしたちにはまだ遠い話だろう。
「質が良いのは、もっと下の、三十層以降じゃねぇと採れない。これが採掘できれば、プロハッカーと名乗ってもいいだろう」
その後も、見慣れないものがある度に紅羽は質問した。
「コロアビットってなんですか?」
惣菜品エリアにあるコロアビットの新作! と書かれているのぼり旗を見て疑問に思ったらしい。エプロンをした店員が液体の入ったお猪口を配って通行人に感想を聞いていた。
紅羽は物欲しそうに眺めていたが、とうぜん、店員はわたしたちには勧めてこない。
「お酒だよ。コロアって知らない? じゃがいもに似てるやつ。コロアチップスとかコロアサラダとか」わたしは説明する。
「あ、食べたことあります」
「それで作ったお酒」
「なるほど……」
「コロアって、元はダンジョンで見つかった植物らしいな。それを地上に持ってきて、育てられるように品種改良したとか」物知りのムシャが補足するように説明する。
途中、自動販売機でジュースを買った時も、紅羽は目を輝かせて質問した。
今度はセツナが買ったジュースに興味が引かれたらしい。
「あれはレッドフェリッチっていう、かなり人を選ぶジュース。真っ赤な色だけど、染料は入ってない。クセがあるから飲まない方が良いよ」
つられて買ってしまいそうだったのでわたしは忠告しておく。
「この味は、お子ちゃまにはわからないかもねー」
セツナはふふん、と優越感を漂わせているが、飲めるからといってそれが大人びた要素として見られることはない。どちらかというと、奇異に見られる類のゲテモノだ。
「飲んでみたいです」
「後悔しても知らんぞ」同じようにレッドフェリッチ否定派のムシャもそう言った。
案の定、紅羽は口につけた途端に神妙な顔つきになった。
「なんでしょう……甘苦い、です。漢方みたいな、味」
紅羽は250mlのペットボトルを絶望した様子で見下ろす。
「ああ、わかるわかる。甘ったるい漢方薬みたいだよな、それ」
「それが美味しいのに」と美味しそうにゴクゴクとレッドフェリッチを飲むセツナ。
紅羽は自分の分も飲んで欲しそうな目つきでセツナを見ていた。
◯
寄り道を挟みながら二時間が経つ頃には、大方の買い物が終わっていた。
わたしと紅羽は何も購入していないので身軽のまま。ムシャは片手に大小の紙袋を二つ。セツナは両手に紙袋を五つ以上はぶら下げている。
セツナが端末を持てなくなったので、いまはわたしが遊佐の案内音声を聞いていた。
「だいたい、回ったか? あとはどこだっけ?」ムシャが振り返って尋ねる。
「あとは本屋さんじゃない? あたし、本屋さんなんて久しぶりかも」セツナが振り返って尋ねる。「ちなみに、何のマンガ買うの?」
マンガしか選択肢がない所がセツナらしい。ムシャも同じ気持ちのようで、呆れた目を向けていた。
「教科書です。聞いてみたら、やっぱりダエグに編入するようなので揃えておきたいんです」
書店に行きたいと初めからリクエストしていた紅羽が答える。
「え、教科書? タブレットで電子データ見ればよくない?」セツナが目を丸くして言った。
「紅羽は紙の本が好きなので……」
「うわっ信じらんない。しかも教科書だなんて、見ただけであたま痛くなりそう」セツナは額を手で抑える。
書店に到着すると、紅羽の様子が目に見えて浮き足立った。
棚に並ぶ本を見て、サングラスの上からでも目を輝かせているのがわかる。宝石店に続いて二度目のことだった。
ふらふらと目の前の本棚に吸い寄せられて、立ち読みを始めてしまう。
「あの娘の趣味は読書ね」誰でもわかるようなことをセツナは得意げに言う。
「時間がかかりそうだし、二人は他を回ってきなよ。あとはわたしが面倒みるから」
歩き疲れていたので、これ幸いと提案した。
「え、いいの?」
「代わりと言ってはなんだけど、お昼の場所はわたしが選んでいいかな? 実は行きたいところがあってさ」
それを楽しみに、このショッピングに参加したと言っても過言ではない。
「え……ちなみに、どういうお店?」顔を引きつらせながらセツナが聞いてくる。
「ラーメン屋」
「しってた。じゃあ、任せたぞ」ムシャがセツナの手を引っ張っていく。
「お洒落なレストラン……近くにいっぱいあるのに……」そう呟きながら引きずられていく。
「……さて」
紅羽は本棚の前で、根っこが生えたように立ち読みを続けている。わたしも、たまには紙をめくってみるか、と書店に足を踏み入れた。
その瞬間に気づいた。
まず、それに気がつけたのはわたしだけだろう。
人が少ない店内で、本を吟味している一人の男性がいる。後ろ姿を見ただけでわかった。本物だ。主張のないカジュアルな服を着ている。実物で見ると、思ったより背が高い。
写真に収めたくなるが、そんなことをすれば絶対に気づかれる。せめて記憶に焼き付けようと目をこらした。
痩せ型の体型だが、立ち振る舞いからかなり鍛えられているのが見て取れる。足運びも無駄がなく、驚くほど重心にブレがない。
本物だ。
本物の阿閉古谷だ。
自分が誰に一番影響を受けているか、と問われれば、迷いなく阿閉古谷と答えるし、憧れているのが誰かと問われれば、当たり前のように阿閉古谷と答える。
ダンジョンハッカーとしての彼を尊敬している。
彼を見た瞬間から足が止まっていた。
どうしよう。話しかけたい。聞きいてみたいことがたくさんだ。
普段はどういう鍛錬をしているのか。食事は気を使っているか。いま活動している階層はどこなのか。ニイドだけではなく、ダエグにも教えに来て欲しい……それは願望だけど。
彼に教えを請いたいがために、ニイドに行くことを考えていた時期があった。ちょうどムシャとセツナに知り合った時期と重なり、急激に忙しくなってからは、その想いは封印していた。教導を受けたいという気持ちは依然として変わりない。
完全にオフの様子なので話しかけるのは失礼だろう。見ているだけに止めよう、と心の中で決めた途端、阿閉古谷が振り返った。
予備動作のない唐突さで、視線を切る間もない。
はっきりと彼の目が、わたしの視線を捉えている。
慌てて会釈をするように頭を下げた。
これでは、あなたを見ていました、と言っているようなものだが、取り繕いようがない。無視されるか、怪訝な顔をされるだろうと思って顔を上げると、阿閉古谷が目の前に来ていた。
「え」
頭が真っ白になってしまう。呆然としながら、彼を見上げた。
「たしか……犀川ミオだったな?」
阿閉古谷が、明らかにこちらを認識しながら、わたしの名前を言った。
両足の力が抜けそうになる。声を出したら確実に上擦ると思ったので、頷いて返答する。
「……同僚に、動画を見せられた。お前に動きが似てる後輩がいる、と言われて」ぼそぼそと低い声で彼は言った。
喋っているのを初めて見たし聞いた。それだけで感動的だ。想像以上に、彼らしい声だった。
それに気を取られて、彼がなにを言ったのか、まったくわからない。
「えと、あの」
こちらの動揺もおかまいなしに、阿閉古谷は続けて、今度は鋭い口調で言った。
「俺の真似をしているな?」
確信的な目をしていた。
動揺するな。そう自分に言い聞かせる。
これは千載一遇の機会だ。
一呼吸分だけ視線を切って、頭を切り替えた。
「はい。申し訳ありませんでした」そう言って頭を深く下げる。
わたしは阿閉古谷の戦い方を真似している。
一年生の頃、阿閉古谷の動画を誤って偶然開いたことがきっかけだった。
教導の様子を、生徒が手持ちの端末で撮影した1分12秒。それは華々しい戦いではなかった。むしろ地味で、単調な立会いだろう。
相手は第二環境域にいる赤イノシシ。わたしたちが今相手にしているような手合い。特別なモンスターではなく、立ち向かっているのも無名のプロともなれば、注目されるような動画ではない。再生数も、その時は300にも満たなかったと思う。
彼が疾走し、お手本のような致命打ちでイノシシが倒れ伏すという内容。
格上が一振りで雑魚を仕留める、ただの流れ作業だ。プロハッカーが低層のモンスターを相手にすれば、当然こうなりますといった予定調和で凡庸な動画。
場に居合わせた生徒が、手に持った端末でたまたま撮影したようなシロモノで、手ブレもしているし映像の質も悪かった。
その動画の、どこに魅せられてしまったのか。
幾度となく見返した。自分でも何度見たかわからない。いつでも見れるように端末に保存して、その動きを再現できるように、練習を繰り返した。
「謝らなくていい。真似から入るのは合理的だ。声をかけたのは、もし会うことがあれば、その技の名前くらいは教えておこうと考えたまでのこと。他意はない」
「え」
彼はわたしに声をかけた理由を話す。
「それは“煙霄歩”という走法だ。……字は、白楽天の詩を読めばわかるだろう。師は自嘲して犬走りと言ったりもするが」
話は終わった、というように踵を返そうとするので、慌てて呼び止める。
「ちょっと待ってください! ……あの、あなたには師がいるんですか?」
彼のファンを自称しているわたしにも初耳のことだった。煙霄歩などという技も聞いたことがない。かなり奇抜な戦い方なので、彼のオリジナルだと思っていた。
「俺に、一人で武技を拓くような才はない。流派の名を広めていないのは、師が吹聴できるような人間ではないからだ。過去に数件、犯罪を犯している」
「犯罪?」
新たな事実が枚挙のごとく押し寄せ、頭が追いついていかない。
「善悪で分類するなら、紛れもなく悪人だろう」
「その人の名は、なんというのですか?」
あとで調べてみるつもりだった。
「奇走と名乗られているが、実名は知らない」
ここで言うしかないとわたしは決断した。
「……すでに模倣をしておきながら、厚かましいお願いなのですが、以前から貴方に師事したいと思っていました。対価として出せるものがあれば出します。煙霄歩について、いえ、それ以外にも、ご教授してもらえないでしょうか」
深く頭を下げる。
阿閉は考え込んでいるようだった。
しばらくして、頭上から声をかけられる。
「……生徒に教員として指導することはあるが……そういうことではないのだろう?」
「はい」
顔を上げると、彼は首を横に振っていた。
「その申し出は嬉しく思う。ただ、まだ皆伝を得ていない身だ。勝手に子弟を作るわけにはいかない」
「……そう、ですか。勝手なお願いをして申し訳ありません」
再び頭を下げる。残念だが仕方ない。そもそも道場を開いていないプロを相手に、流派を教えてくれというのは非常識なことだった。
「ただ……いや、これからもそれを使い続けるつもりなら、奇走と名乗る老人には気をつけなさい。先ほども言ったが、まぎれもなく悪人だ。君が煙霄歩を使うのを見て近づいてくるかもしれない。真っ当な学生のままでいたいのなら、関わらない方がいい」
そう最後に忠告して、彼はその場から立ち去っていった。
◯
「ふー、ふー……まあ、良かったじゃん。憧れの阿閉さんに会えてさ」
セツナはすくい上げた麺にしきりに息を吹くだけで、なかなか食べようとしない。
本屋での奇跡的な出会いのあと、わたしたちは合流して、ラーメン屋に来ていた。壁際のテーブル席に座り、紅羽の尻尾が目立たないように彼女の周りを取り囲むように座っている。
「ミオが使ってるマイナーな武術の名前も、これでやっとわかったんでしょ?」
「うん。技だけだけどね。それは収穫かな」
山盛りのチャーシューを避けながら、埋もれている麺を引っ張り出して啜る。
県外にある有名店の暖簾分けという触れ込みだった。見た目はあっさりとした塩ラーメンだが、口にすれば独特な煮干しの風味が力強く、さらに後押しをするようにハマグリのだしが効いていて、一口ごとに飽きることのない旨味が口に広がる。
「煙霄歩っていったか? まあ、わからんでもないが、そんな上品な名前の技だったんだな」
ムシャは、ちまちまとレンゲの上にミニラーメンを作ってから食べていた。横にいた紅羽もそれを見て真似をしている。
「これで他の技もわかるんじゃねぇの?」
「そう、思ったんだけどさ。煙霄歩とか、開祖っぽい奇走って人の名前で検索しても、ぜんぜんヒットしないんだよね」
ネットではどちらの記述も見つけられなかった。
「口伝しかないってことか? いつの時代だよ。それじゃあ、阿閉か、その奇走ってやつに直接教えてもらうしかねぇじゃん」
「阿閉プロには断られたし、奇走って人には関わるなって念を押されたんだけど」
「んじゃ、諦めるんだな」あっさりとムシャは言った。
「まあ、そうするしかないんだけどさ」諦めるしかないことをしぶしぶ認める。
見様見真似では、限界を感じていた。独自の内功があるだろうし、さすがにそれは外部から見ただけでは真似しようがない。
「あの、他の皆さんも、何かしら習われていたりするんですか? なんとか流、みたいな」
紅羽が疑問に思ったらしく、おずおずと質問を挟んだ。
「いや。そういうのは武器を振り回す前衛が学ぶやつだ。例えばおれは、コマンダーポジションでアーツ専門だから、流派っていうよりは学派だな。マインスクール、スペースアグレッサー。管制機雷使いってのがおれの役割」
「マイン? あ、あぐれ?」紅羽はハテナマークを頭の上に出す。
メモ帳を取り出していたが、書きとれなかったようだ。
「あー、後ろで指示出したり、爆弾置いたりするのが仕事ってこと」
「なるほど……セツナさんは?」
「あたし? あたしは草陰流よっ」胸を張ってセツナは答えた。
「くさかげ流……そういえば、たまに技の名前を叫ばれてましたね。さんさん、えーと、なんとかって」
「草陰流、燦々灯籠斬りね」すらすらとセツナは答えた。
「嘘言うなっての、このアニメオタク。誰でも元ネタ知ってると思うなよ」ムシャが手に持った箸を向けて注意する。
「へーん、嘘じゃないもーん。あたしだって見稽古したんだからそう名乗っても良いでしょ」
ちなみに、草陰流というのは、セツナが好きなアニメに出てくる架空の流派だ。主人公の烏野が使う剣術で、技名を口にすることで威力が上がる、という設定がある。
遠舟獄門記という原作小説を元にしたアニメ。来月くらいに二期目が放送予定。
……余談ではあるが、次の話で、主人公である烏野はライバルに敗れ、右手の腱を切られた上に顔の半分を火で潰され、罪をなすりつけられ、そして許婚を寝取られるという地獄のような展開が待ち受けている。
「くれくれはなにかある?」
さっそくおかしなあだ名をつけられている紅羽は首を振った。
「紅羽はそういうものを習っていなくて……すみません」
「必要ないんじゃねぇの? 尻尾がある分、我流で動いた方がやれることに幅ができると思うが」
尻尾だけで体を持ち上げられるところを見るに、尻尾自体にかなりの力がありそうだった。三つ目の腕があると考えたら、戦いにおいてはかなり有利に働く。
「そ、そうですかね」気を取り直したのか、紅羽は笑顔になる。
次の言葉で、その表情が固まった。
「……ところで、新人の加入試験はいつにするんだ?」
「明日は集会だし、明後日とか?」
早い方が良いだろう。
「あたし、明後日はダメだ。その日、配信者同士で集まってゲーム配信する予定があってさ」
「じゃあ、明々後日の、水曜日か? その日は空けられるか?」ムシャも端末で自分の予定を見ながら確認する。
「んー、何もなかった気がする」
セツナが了承する。わたしもその日でいいと頷いた。
「じゃあ、今週の水曜日で決まりな。おい、新人。おれたちが使えないって判断したら、今回の加入の話はなかったことにするから、覚悟しとけよ」
「は、はいっ」
力が入った様子で紅羽が手を握ると、その拍子に手に持っていた箸がへし折れてしまった。
「あ……」
無言で新しい箸を渡す。
「あれ……? あたし、気づいちゃったんだけど……もしかして、くれくれが加入しなかったら、社宅の件は……?」
口を開けて呆然した表情のセツナがいう。
「ナシになるだろうな、当然」今更何言ってんだ、というような目をセツナに向けた。
「えっ!? どうしよう! もう家具とか買っちゃったじゃん!」
バンッ、とテーブルを叩きながら立ち上がる。いつも通り、店内の注目がセツナに集まる。
「だから、今日は下見だけにしとけって言っただろ、バカセツナ」




