R-Eショッピングモール 一
そもそも黎明館学園とは、ダンジョンという甘い汁に吸い寄せられた企業の寄せ集めのようなものだ。
その中枢は四大財閥が握っており、学園内にあるあらゆる企業は大元を辿ればその四財閥のいずれかに行き当たる。学園内にある四つの教育棟もその例に漏れない。
D校舎。A校舎。W校舎。N校舎。
まとめてDAWNと呼ばれる校舎棟群。学園の生徒はそのうちのいずれかに所属しなければならなかった。
「おれたちはダエグ。ダエグの特色は……なんかあるか?」
引き続き喫茶店の一角を三人で占領していた。
今は学校へ通ったことがない紅羽に、主要な四学校の説明をしている。
「一番古い。自由主義。私服OK。トップとダウンの差が激しい。ダエグ出身には、プロハッカーが多い」思いつくまま言ってみる。
「それと、校則はゆるい方だ。必須科目がなくて座学の単位が少なくて済む。ただ、潜行目標が厳し目だな」
「潜行目標って、なんですか?」初めて聞いた言葉らしく、紅羽は首をかしげた。
「平たく言えば、ノルマだよ。二種類あって、個人潜行目標と、基礎潜行目標ってのがある。個人潜行は、まあ、個人に課せられた努力目標みたいなもんで、達成できれば単位が貰える。基礎潜行目標っつうのは、学年別に設けられたボーダーラインだ。このラインを超えなければ進級できない」
「厳しいんですね」
メモ帳のページを何枚も使いながら、紅羽は真剣に聞いている。
「そうだな。潜目が厳しいせいで、ダエグの生徒は失踪する奴が多いって聞くし」
「それを言ったら、ニイドの方が多いよ」
「どっちもどっちだろ」
「他の校舎にはどんな特色があるんですか?」
「アンスールとウィンの二校はアーツ開発に力を入れている。アンスールは基礎研究が盛んで、ウィンでは応用研究が盛んだ。成績や研究成果によっては免除制度があるから、全くダンジョンに潜らない奴もいたりする」
アーツ能力に長けているか、もしくは勉強が好きな人間が、その二校に進む印象がある。
ムシャとセツナの二人も、実はそちらへ進むことを考えていたらしい。ムシャに至っては、アンスールの教授からオファーがあるらしく、特別に外部研究員として籍を置いていたりしている。
こう見えて、彼女は才媛なのだ。
「なるほど。それでは、ニイドっていうところはダエグと同じなんですか?」
「ウチより潜目高い、授業多い、校則厳しい。けど、教導が上手くて、プロとかセミプロがダンジョンに付き添って指導してくれたりする。だから能力の平均値が高い」
正直、プロから指導が得られるというのはかなり羨ましいと思っている。
「それと、ニイドでは副業が禁止されてる。アルバイトもできないから稼ぐ場所がダンジョンしかない。低層を攻略している間は学費も払えないから、入学するなら親が金持ってるとか、奨学金、学生ローンを使うしかない」
「なるほど」
紅羽はガリガリとメモ帳に書き込んでいく。
「紅羽って、アナログ主義なの?」気になったので尋ねてみた。
「え? あ、これですか?」
紅羽は手帳を掲げる。
「紅羽がいたところでは、デジタルデバイスが禁止されていたんです。授業もぜんぶ、紙の教科書とノートだったので、こっちの方が慣れていまして」
「デジタル禁止って、おまえ、今までどんなところにいたんだよ?」
「あーその話はやめておこう。それより、紅羽もどこかに所属するんでしょ? やっぱりダエグ?」
「え? 紅羽も通えるんですか?」紅羽は驚いたように目を丸くする。
「免許持ってない未成年者は、その四校のどこかに所属してないと潜れないぞ。知らんけど、その辺のきまりはクオーターのおまえでも変わんねぇだろ」
「ダエグじゃない? ウチの系列的に」
「紅羽がそんなところに通って、大丈夫でしょうか……」彼女の尻尾が不安げに丸くなる。
「そこで怖気付くなよ。いまさらだろ」
「そう、ですよね」
「言っておくけど、おれたちはまだ認めてねぇからな。おまえを仲間にするのかは、これから考える」
「はい。よろしくお願いします」
「どうやって決める?」
「なにか試験を考えるしかねぇだろ。セツナも一緒に、ってかアイツ、まだ寝てんのか?」
すでに十一時を回っていた。
「呼んでみっか」
セツナの端末に連絡を入れる。何コールか目にやっと繋がった。
『……あい』寝起きの声だ。デジャブを感じつつ、わたしは支度をして喫茶店に来るように伝えた。
しばらくして。
寝癖をつけたままのセツナが喫茶店に現れる。そして紅羽のことを見るなり、目を丸くして絶句したように動きを止めた。
「あー、こちら、追加メンバー候補の、紅羽さん」
「よろしくお願いします」
わたしの紹介に紅羽が頭を下げる。
「え、え、え、なにこの子。めっちゃくちゃ可愛いんですけど。こんなところでどうしたの? 迷子?」セツナは両手を広げて、背後から紅羽を捕獲する。
「そいつ、クオータードラゴン」ムシャが説明しようとする。
「わっ! なんだコレ! すげぇ! 尻尾生えてるっ! すべすべしてる!」
紅羽の尻尾を股で挟みながら、セツナが叫んだ。
「ラドの支配者に、くれぐれもよろしくって……」
「うん! アンタ! 今日からあたしの妹分ねっ。けってー」そう言いながらセツナは紅羽を羽交い締めにする。
抱きつかれた紅羽は固まっていた。
「聞いちゃいねぇぞ、こいつ」
R-Eショッピングモール
次の日、わたし、ムシャ、セツナ、紅羽の4人は、ショッピングモールにやってきていた。
R棟とE棟を繋ぐこの通路は、R-Eショッピングモールと言って、学園内有数の商店通りだった。さまざまな店舗が軒を連ねている。黎明財閥の経済圏にもかかわらず、普段目にしない、緑龍財閥系の店舗もちらほらと出店していた。
「休日だから、やっぱ混んでんな」
ホットパンツにカジュアルなTシャツを着たムシャが言う。
「あたし、シーツと家具が見たいな」
お嬢様風のガーリッシュな装いのセツナは、今日も遊佐の声がする端末を手にして、案内役を買って出ていた。
わたしはこれまでの経緯を思い出す。
あれから、紅羽の仮加入を認めたとR-Like社長に伝えたところ、ラド本部から直接メールが送られてきた。そこには会社契約に関する変更内容が書かれており、会社内にある宿泊施設を提供する、と書かれていた。専用の宿泊施設が与えられるのは、企業専属のプロハッカー並みの待遇だ。学生相手にはまずありえない。
まだ正式な辞令ではないので、紅羽の加入が流れれば無くなる話だったが、それを知ったセツナは大喜びで、早くも家具のカタログや壁紙のサンプルを取り寄せて浮かれていた。学生寮に移り住んだばかりのムシャは、どうしようかまだ悩んでいるようだ。ちなみにわたしは、転居できるなら転居したい。
今回のショッピングは、テンションの上がったセツナが発案し計画したものだ。彼女によれば、紅羽との交流会も兼ねているらしい。
「ちゃんとルート作ってから行こうよ。無駄に歩き回りたくない」
できるだけ早く済ませたいわたしはそう言う。普段はネットでしか買い物をしない主義だ。
「ちょい待ち」
セツナが端末に行き先を入力するのを待つ。
紅羽の姿が見当たらない。気がついてショッピングモールの入り口を見渡すと、彼女は植木鉢の影に小さくなって隠れていた。
相変わらず、彼女は赤いレインコートを羽織っている。屋内のファッションにしては奇抜すぎるので、影に隠れていても通行人の注目を集めていた。
「大丈夫? それ、暑くない?」
「大丈夫です」
緊張しているのか、動きがぎこちない。
「ねぇ、なにを見に行くんだっけ。入力するから言って」
「シーツにカーテン、家具用品、あと秋の新作」ムシャが行き先を羅列していく。
「はいはいはいっと。あとは?」
「紅羽が書店に行きたいって。紙の本が売ってるところ」
それどころではない紅羽に代わってわたしが言う。
「んーと、あ。一店舗あったわ。とりあえずこれで全部?」
「おまえは?」唯一どこも提案していないわたしに、ムシャが尋ねた。
「特になし」
「移動所要時間30分だってさ」
「おい、行くぞ、紅羽」
「じゃあ、しゅっぱーつ!」
セツナのかけ声と遊佐の声に導かれて、ショッピングモールを進んでいく。
「あそこ見にいこうぜ」歩き始めてすぐにムシャが脱線する。
「あー、コレかわいくない?」
予定にない店で、二人は衣服を物色し始めた。
その後も、セツナとムシャが3つの店舗通り過ぎるごとに脇道にそれるので、なかなか思うように進んでいかない。この道中に辟易しているわたしとは対照的に、紅羽は何もかもが珍しいといった感じで、興味深そうに辺りを見渡していた。
「欲しいものは見つからない?」
商品などを眺めてはいるものの、手に取るには至らない紅羽の様子を見て、声をかける。
「色んなものがあって、欲しいというより、目が回りそうで」
「こういうところも、やっぱり初めてなんだ?」
「はい。こんなに大勢の人を見るのは初めてです」
会話をしているわたしたちを尻目に、セツナは鏡の前でスカートを当て、その横ではムシャが頬に手をあてて、その衣類を寸評している。
まだまだ時間がかかりそうだった。
「ちょっと、そこの椅子に座らない?」ちょうど腰を掛けられるベンチがあったので紅羽を誘う。
誰も座っていないそこにわたしが座ると、紅羽はなぜか正面に立って、座ろうとしなかった。
「え、座らないの?」
「座ると、はみ出てしまうので……」
「あ、そっか」
尻尾があることを忘れていた。そうか、座るとはみ出るのか。そういえば電車の中でも彼女は立ったままだった。
「ごめん、忘れてた」ひとりで座っていられないので立ち上がる。
「気にしないでください」
「いや、そういうわけにはいかないよ。えーと、あそこにしよう」
壁を背にできる所に場所を移した。
「どう? 疲れてない?」
ずっと立ちっぱなしで慣れない場所は大変だろうと思い、尋ねる。
「いえ、大丈夫です」
紅羽は薄い色のサングラスをかけているので、その言葉が本当なのかイマイチわからなかった。
「尻尾があるって、思ったより大変なんだね。不便なこと、他にもたくさんあるんじゃない?」
「いくつかありますが、予習してきたので問題ありません。隅の方だったら座ることもできますし」
「ごめんね。なにも考えずに誘っちゃって。考えなしだったかも」
尻尾がある人を想定して世の中が作られていない。改めて考えてみると、この社会では生き難い特徴だ。
「あの二人に早く済ませるように言ってくる」
買い物に熱中している二人に一言いってやろうと足を踏み出すと、紅羽がさりげなく進行方向に進んできてそれを止めた。
「本当に気にしないでください。初めてなので、見てるだけでも面白いんです」
「それならいいけど」
たしかに、道端にあるただの宣伝広告のひとつとっても紅羽は興味津々に見つめていた。いったい、その育毛剤広告のどこにそれだけの注意を向ける要素があるのか不思議だ。
「紅羽は、まだダンジョンには潜ったことはないんだよね」
「はい。潜ったことは一度もありません。訓練と、ステータステストを最近になってやったくらいで」
「それはしたんだ。体力はどうだった?」
その華奢な体で、果たしてやっていけるのかどうか甚だ疑問だ。
「A+でした」
「え……? それは、すごい」
フィジカル面で唯一チームトップのわたしが、体力ではC+判定だった。自分の強みは瞬発性と身軽さにあると自認してはいるものの、年下に負けるのは悔しい。
「軽功は? わたしはB」
「D−です。それはちょっと苦手です」
内心ほっと胸を撫でおろす。丁度良い機会なのでもっと聞いてみることにした。
「使う武器はなに?」
「5000グラムのハルバート。重火器もいちおう使えます」
「攻撃力がありそう」
チームとして課題だった殲滅力を補う戦力になりそうだった。そもそもステータステストで、A+の結果が出せる時点でかなりの有望株といえる。
「アーツはなにか使えたりする?」
「アーツの適性はありませんでした」
セツナは一つ。ムシャはいくつもアーツを扱える。生まれ持った才能の世界なので、適性がなければいくら勉強しても扱えるようにはならない。少しだけ勉強して、わたしはそちらの道をすぐに諦めた。
「実戦経験も全くありません」
そう言うわりに、不安がなさそうだった。ダンジョンでやっていける、ある程度の根拠があるのだろう。その自信家な部分は少しドラゴンらしいと思ってしまう。
「テストに関しては、ムシャのやつが」
「おれが、なんだって?」
また都合の悪いタイミングでムシャが現れた。その間の悪さに、逆に怒りたくなる。
「ムシャは関係ないでしょ。話に入ってこないで」わざとそっぽを向きながらわたしは言った。
「除け者にすんな、泣くぞ」
「よし、泣いてみろ。見ててやるから」
「おい? 調子に乗ってんじゃねぇぞ」
「いくら凄んでも怖くないぞ。しゃーなちゃん」
顔を近づけあって威嚇する。
「ほら、こんなとこで喧嘩してないで、次いこ次」
セツナがやれやれと、腰に手を置きながら言った。




