ハーフ&クオーター 二
エレベーターで3階まで降り、とりあえず部屋に戻ろうと通路を歩いていた。
話し合いはもう終わったというのに、まだ胃がズキズキと痛む。もしかしたらそれは、後ろにいる赤色の雨合羽を全身にまとった少女のせいなのかもしれない。
わたしが立ち止まると、彼女もまた立ち止まった。話しかけようにも話しかけられない攻防が続いている。
さきほどの会話を思い出す。
黎明麗華は、クオータードラゴンの紅羽について、簡単な経歴を語った。
「まず、クオータードラゴンの存在は、これまでに公にされたことはない」
そもそもクオータードラゴンという言葉に馴染みがない。それは黎明麗華も同じだった。最近になって、彼女の存在が父親の目に留まり、引き取られたのだという。
「今まではどこにいたんですか?」
「聞かないほうがいい。とある施設、とだけ言っておく」
13年もの間、施設のなかで過ごした彼女は、これからどう生きるのか、という父親の問いに、ダンジョンハッカーになりたいと言った。
狭い世界しか知らない彼女に、他の道があるといくら諭しても頑として態度を変えなかったらしい。
だから、私にお鉢が回ってきたんだ。そう言って半竜は肩をすくめてみせる。
「そもそも、純血の竜たちによって、半竜という、人間との混血が作られてからの二世紀。我々の数は増えもせず減りもせず、ずっと一定だった。
なぜかといえば、私たちに、私たちを作ることができなかったからだ。その技術を持った純血のドラゴンたちも、この星からいなくなったからね。
不可能と思われたその後も、ハーフドラゴンを生み出す研究は続いていたんだろう。そうして生まれたのが、彼女というわけ」
少女は自分の来歴を承知しているのか、平然としている。
「見ての通り、完全な半竜ではないようなんだが、前例もないし、便宜的にクオーターとして認めることにした」
わたしとしては、そんな事情、知りたくなかった。
「現状、多少頑丈なヒトと変わりないが、まだ幼生だから、今後どう成長するのかわからない。くれぐれも、よろしくね」
よろしくと言われても……。
わたしは現在に立ち返り、振り返った。
赤い雨合羽を羽織った少女が、こちらに合わせて立ち止まっている。
とにかく、接触を計ってみないことには何も始まらない。意を決して、逃げる間を与えずに近寄って声をかけてみた。
「ねえ、もっと近くに来てくれないと、話しかけ難いんだけど」
「ご、ごめんなさい」
頭を下げて項垂れる。同時に後ろの尻尾も垂れた。犬のように、感情と連結しているようだ。
「……それ、自由に動かせるの?」
「は、はい。物を持ち上げたりするくらいは……」
彼女は尻尾を手前まで伸ばしたり、床について自分の体を持ち上げたりと自在に動かす。
黎明麗華のような、ドラゴン特有の圧力を感じないので、わたしは警戒レベルを少し下げた。
「へぇ便利じゃん。それで殴ったりもできるの? ぶつけて痛くなったりしない?」
「殴ったりも、はい。鱗が硬いから、痛くもなりません」
「触っても良い?」
「……どうぞ」
手前に握手をするような形で、尻尾の先が差し出される。
「うわー、ほんとだー。かたーい」
握ってみると完全に爬虫類の質感だった。尻尾以外は人間に見えるのに、ここだけが明らかに人間ではない。不思議な感じだ。
「他のクオーターも、みんなこうなの?」
「色々、です。角が生えていたり、体の一部が変わっていたり。あ、これ、言って良かったんだっけ……」
「お母さんが人間なんだっけ?」
後半の言葉を無視してわたしは尋ねる。
「はい。父が半竜で、母はダンジョンハッカーでした」
話した感じ、尻尾があるところ以外は、特におかしな所のない普通の子だ。
「立ち話もなんだし、場所を変えよう」
ここには、レストランの他にも、喫茶店や酒場も併設されていた。この時間ならそれほど人の目に晒されないだろう。
紅羽を連れて喫茶店に向かう。途中、ソファの上でムシャが寝ていたような気がしたが、見ないふりをして通り過ぎた。まだ打ち明ける勇気はない。
喫茶店に入ると、耳ざわりの良い鈴の音が出迎えた。
ダークブラウンの床と柱に、オフホワイト塗りの壁。ジャズっぽいピアノが流れるスタンダードな喫茶店。思った通り、客は誰もいない。奥の方にあるテーブルを選び、席に座った。
注文を取りにきた店員は、椅子からはみ出した尻尾を見ても何も言わず、無愛想に対応してくれる。動揺の素振りさえない素晴らしい接客だった。
目の前に座った少女はというと、きょろきょろと挙動不審な様子で辺りを見渡している。
「こういうお店は初めて?」言ってから、なんて言い草だろうと思う。
「はい。その、普通の人たちがいるお店は、初めてです」
「普通じゃない人って?」
「紅羽みたいなクオーターでしたり、えと、他の配合種の人とか」
「他の配合種」
そのワードだけでもヤバイ想像しかできない。
「例えば」
「言わないでいいから。完全に藪蛇だった」
どこに爆弾があるのかわかったものではない。
少女はお行儀よく両手を膝に置いてこちらを見据えている。まず、何を聞けばいいのだろう。
「えーと、そうだな。今まで、隔離された場所にいたんだよね?」
「はい。“びょういん”ってみんなが呼んでましたけど……」
「なるほど。うん。それ以上のことは話さなくていいよ」
「でも、犀川さんになら、ある程度は話していいって、麗華お姉ちゃんが言ってました」
「さいですか……」
わたしは生きたまま、この会社を辞めることができるのだろうか。
「……あの、紅羽は、邪魔ですか?」そう言って、後ろの尻尾を縮こませる。
「それは……正直わからない。他のチームメイトがなんていうのかも。わたしたちの中に露骨なドラゴン嫌いはいないはずだけど、貴方がチームに入ることで、否応無く、環境は変わると思うから」
「ですよね……」
「でも、わたしは先へ進めるのなら歓迎したい。二十層よりもっと深い先。いまの深度より、もっと奥へ行けるなら」
そこで店員が、注文していたコーヒーを二つ持ってきた。わたしはまだ熱いそれに口をつける。今日初めてカフェインだったのでとても美味しい。
少女は口を付けず、微かに揺れるカップの中をじっと見つめていた。
「紅羽は、みなさんの動画をぜんぶ見ました」
「え、全部? すごいね」
配信活動は今年で二年目。全ての動画となると、かなりの時間になるだろう。
「他のダンジョンハッカーさんの動画もいくつも見ました。その上で、思いました。ミオさんは、他の人とどこか違います」
「え、どこが?」
そんなことを言われたことがなかった。頭がおかしい、とはよく書き込まれるけど。
「ダンジョンハックにかける意気込み……みたいなのが。その正体が、よくわからなくて」
「意気込みなら、みんなと変わらないと思うけど……まあ、才能ないから、他の人に比べれば余裕がないように見えるのかもしれない」
「そういう感じとも、ちょっと違います。あの、ミオさんは、どうして、ダンジョンハックをするんですか?」
子供のような純粋な瞳を向けられる。見た目の割にしっかりしているようだが、相応の幼さを感じた。
「するしかないから、だけど……自分の境遇を、恨んでるわけでもないしな」
「じゃあ、どうして?」
言われてみると、具体的な原動力が自分でもわからない。
「どうしてって言われても。当たり前のことをやってるだけだと思ってるから」
「死ぬのが怖くないんですか?」
「怖いよ」
「ミオさんは、誰よりも命懸けで戦ってるように見えます」
「それは違う。ダンジョンハッカーは、みんなが命を懸けている」
ふるふると少女は首を振った。
「そこまでして、何を求めているんですか?」
なんだと思われているのだろうか、わたしは。
「……逆に聞きたいんだけど」
「はい」
「死ぬことが怖くて、まともに生きていけるの?」
珍獣かなにかを見つけたみたいに、大きく見開いた目で見つめられる。
人ではない竜の瞳孔。
彼女の目は、少し苦手かもしれない、と思った。
「死なないために、生きるのでは?」
「恐れながら生きても、欲しいものは手に入らないよ」
「命をかけてまで、なにが欲しいんですか?」
どうやらその質問に拘りがあるらしい。
「わからない。けど、今進んでる方向が、わたしにとって正しいことだけはわかってるから」
そういうと、目の前の少女はなぜか嬉しそうに笑った。
「母も、似たようなことを言っていました」
「そうなんだ」
ダンジョンハッカーだったという紅羽の母親。彼女はその母親に強く影響を受けているのだろう。
「紅羽は、それが何なのか知りたいんです」
「だからダンジョンハッカーに?」
「はい。それと、ミーハーって言われるかもしれませんが」
彼女は体を揺すりながら、顔を赤くさせる。赤面症なのか、すぐに赤くなるようだ。
「みなさんの、ファンになりました。一緒に、ダンジョンハックがしたいんです」
そういえば、動画をぜんぶ見たと言っていたことを思い出す。
「……一番の推しは?」
セツナかムシャだろうと思って尋ねる。ネットの反応的には、だいたいセツナが一番人気で、わたしは一番人気がない。見ててヒヤヒヤするから目が離せない、と言ってくれるファンはいるけれど。
「えと、その……ミオさんです。あの、社交辞令とかではなく」
「あ、うん。それは、どうも」
聞かなければよかったかもしれない。わたしまで恥ずかしくなってきた。
「麗華お姉ちゃんは、ムシャさんが推しらしいです」
「それはそれは」
わたしでなかったことに心底安堵した。
「じゃあ改めて、自己紹介とかいらないね。動画で出してること以外に補足するようなこともないし。質問があれば受け付けるけど」
「あの、それじゃあ、聞きたいことがあるんですけど」
紅羽はメモ帳とペンを取り出した。
「どうぞ」ずいぶん古風な道具を使ってるな、と思いつつ、質問を促す。
「一番尊敬してるプロハッカーはだれですか?」
「阿閉古谷さんっていう人。あんまり有名じゃないんだけど」
「あつじふるやさん……。配信者の中で、仲がいいのは誰ですか?」
「チーム以外でなら、小慧先輩かな。作曲して歌ってる人なんだけど」
「しょうけい……せんぱい。セツナさんと、同棲してるって噂は本当なんですか?」
「いや、してないけど……」
なんだか視聴者からの質問に答えているような気分になってきた。
「セツナさんとデキてるって、本当ですか?」
「待って。そんな風に見られてるの? わけないじゃん」
「ああ、やっぱりそうなんですね」
なんでちょっと残念そうなんだ。
コーヒーカップが空になった頃に、ようやく質問が止んだ。
「えっとさ、そろそろ他のメンバーにも、紅羽のこと紹介しなきゃなんだけど……」
釈明に追われそうで、今から頭が痛い。なんとか穏便な方法はないものだろうか。
「はい」
「どうしようかな……」
「なにが、どうしようかな、なんだ?」
横合いから計ったようなタイミングで、武井沙那が顔を出してきた。
「うわ」
「お、おつかれさまです」
わたしが息を止めている傍、紅羽は頭を下げて挨拶する。
「ああ、おつかれ……で、どういうこと? さっきまで社長に呼び出されてたんだよな?」
椅子の下で、もぞもぞ動く尻尾をしっかりと補足しながらムシャはいう。
「えーと」
まず何から話をすれば良いのだろうか。
「その……世の中には、不可抗力、というものがありまして」
下手な枕詞を使いながら、弁明の糸口を探る。
「この世に避けられないトラブルはないぞ。頭を低くしておけばな。いいから早くゲロしろよ」
「……おえっ」ストレスからか、思わずえずいてしまう。
「ほんとにゲロすんな」
事のあらましを全て話す。永遠とも思えるような地獄の面談だったが、経緯を話すだけなら10分とかからない。
「なるほど」
無言のまま聞き終えたムシャは、無表情のまま頷いた。
「まずだけど、追加メンバーの候補が生まれたのは良いことだ」
ムシャの顔が、若干青い気がするのは、低血圧だからだと思いたい。
「はい」
「半竜に呼ばれて、その依頼を断れなかったのは、まあしょうがない。断れるやつなんていないだろうしな……それはいい」
「はい」
嵐の前の静けさを感じた。
ムシャの両手が、テーブルに叩きつけられる。
「問題は! どうしてお前が! 目をつけられたのかって! ことなんだよ! なにをやらかしてくれたんだ?!」
何度もテーブルが叩かれ、コーヒーカップが振動する。
「覚えがないです。本当に」
「あるだろ、なんか……いや、もういい。なんとなくわかったから」
「わかったの? なに? なんでこんなことになってんの?」
思わずムシャに詰め寄る。平凡以下でしかないわたしがドラゴンに目をつけられる理由がわからない。それが一番知りたいことだった。
「うるせぇ。死ななきゃ治らねぇよ」
「死ななきゃってさ……」
「おまえさ、わかってんのか? 想像以上に厄介ごとだぞ? わかってんのか?」
わかってんのか、と連呼される。さすがのムシャも冷静ではいられないようだった。
「マズイかな」
いざドラゴンがチームに入ったとして、その後の周囲の反応が想像できなかった。ただ、大ごとになりそうなことだけはわかる。
「おまえ、いつか目をつけられると思ってたんだよ」
「目をつけられるって誰に」
「この場合は黎明麗華さまだろ。わかれよ」
「麗華社長に目をつけられてるのは、ムシャだよ。このチームで一番の推しだってさ」
「マジかよ……いやいや、おれのはずがねぇ。本命はおまえだってぜったい。直々に呼び出されたのがいい証拠だろうが」
冗談じゃない。ドラゴンに目をつけられた人間に待ち受けているのは、その悉くが破滅の道だ。
「あーあ。逃げ遅れたなぁ」ムシャは頭の後ろで腕を組んで乾いた笑いをもらす。
「……わたし、本当になにかした?」
いくら振り返ってみても、目をつけられるようなことをした覚えがなかった。
「存在自体が挑発的なんだよ」
「それ、ただの言いがかりじゃん」
「うるせぇ、ばか」
「おまえがうるせぇ」我慢できずに言い返す。
「んだと?」
「やるかぁ?」
「……おい、何がおかしい」
他人事のようにニコニコしながら見ている紅羽を見て、ムシャが不機嫌な声を出した。
「え、あ。ご、ごめんなさい! その、漫才が面白くて」
「漫才じゃねぇーよ! なんだこいつ、いい性格してんなっ! クオーターだかなんだか知らんが吊るすぞ!」
威勢は良いが、見た目が小動物なので、怒鳴り散らしてもいまいち迫力がない。
「ごめんなさい! ごめんなさい!」それでも紅羽には十分だったのか、尻尾が丸まって小さくなった。
「いじめんな」
「いじめてねーよ。困ってるのはおれたちだろうが」
「困ってない。これで4人になった。人員不足が解消して、進むのになんの問題もなくなった。でしょ?」
「でしょ? じゃねぇよ。問題は、ハック以外のところにあるんだっつうの……」
ムシャは頭を抱えてしまった。
「じゃあ、その問題をリスト化してみよう。それで解決できるかもしれないし」
「意識高い系の仕切りかよ、うぜぇ。そんなの列挙するまでもない。問題は一つだ。各方面に対して、爆薬にしかならないこいつの処遇を、どうするのかってこと」
コツコツとムシャはテーブルをノックする。
「紅羽の、何が問題?」
「目立つ。目立つのは良いことだが、これは悪目立ちの類だ。ドラゴンが嫌いで嫌いで仕方がない連中が騒ぎ出すに決まってる」
「ラドからの協力は得られるんじゃない? 待遇を見直してくれるらしいけど」
「出る杭は打たれるもんだよ。今までは好意的なファンを相手にするだけでも良かったけど、そいつを受け入れた場合、それ以外の相手もしなくちゃならなくなる。面倒だぞ。初めから悪意をもって近づくヤツは。やっていける自信、あるのか?」
ない。
「配信、やめれば?」
「おまえ、わかってないな」
大きなため息を吐かれる。わたしは少しムッとした。
「なにがわかってないのさ」
「こいつをチームに入れたが最後、おれたちは広告塔に使われるんだよ。ドラゴンがダンジョンハックをするんだ。その様子が広まれば、ずっと半竜たちに権力を握られて、面白くない連中の一部は、認識を改めるだろう。命がけで社会奉仕をするドラゴンもいるんだってな」
「……」
ムシャの言う通り、そういう動きをする世間の様子が想像できた。
「……たしかにそうなるのかもしれないけど」
「ただ、拒否権を取り付けてきたのはファインプレーだ。まあ、進むも地獄、戻るも地獄だろうけどな。で、どっちの地獄にするんだよ?」
「ムシャが決めていいよ」
「ゴメンだね。ってことは、おまえ次第だ、4分の1」
話を振られた紅羽は目を丸くする。
「その尻尾、切って人間のフリでもするか?」
「え……」
紅羽はさっと青ざめる。
「切ってもまた生えてくるんじゃない?」
「トカゲの尻尾みたいに? そりゃおれたちのことじゃないのか?」
「ははは」
「あはは」
二人でカラ笑いをする。
「あ、あはは……」
紅羽も場に合わせてぎこちなく笑みを作ると、急にムシャが真顔に戻った。
「なにがおかしい」
「ひ」
「いじめんな」




