最初の夢 三
すでにカメラは回っている。
ミーティングはメイク室から始まっていた。
R-Like社員のメイクさんたちが、メンバーの顔や髪を仕立てている中、わたしたちは鏡に顔を向けながら、視線を交えずに話し合う。
「おい、セツナ。おまえ夜更かししてただろ」
「うっ」痛いところを突かれたのか、セツナがうめく。
「潜る直前はやめろって言ったよな? おい」
男性的な口調でセツナを問い詰めるのは、武井沙那だ。
探索チームの三人目。背が小さい。年下が柄の悪い口調で背伸びをしているように見える。声が幼なげので、いくら凄んでも迫力を感じなかった。
チーム内では、本名ではなく、ムシャ、とあだ名で呼ばれている。
「えっと、ごめんなさい。やめ時が見つけられなくて……」
「自己管理も仕事のうちだ。セツナからしたらゲーム配信も仕事なんだろうけど、本業を疎かにされるのは困る。おい、ミオ。お前、ちゃんとこいつのこと叱ったのか?」
話がこちらに飛び火してきたので、わたしは端末から視線を外した。
「別に。そういうのはムシャの仕事でしょ」
「おれだけに押し付けるなっての。おまえが甘いから、いつまでもガキっぽいんだぞ、こいつ」
「じゃあわたしの意見を言わせてもらうけど、別に寝坊したわけじゃないし良いじゃん。睡眠のリズムって、人によって色々あるんだし」
「あん? 甘すぎないか、それ。体調管理に失敗してんのは事実だろ。それでパフォーマンスが落ちました、なんて言い訳になると思ってんのか?」
「現に問題ないわけだし、そこまで怒るようなこと?」
「はあ? 問題しかないんだが。おまえもセツナも、気が緩んでるんじゃねぇのか?」
「必要な緩みもあるでしょ。一斉に責め立てて、良いことある? 怒るのはムシャの勝手だけど、わたしにまで強要しないでほしいな」
「そうやってお前が放任主義だから、こっちが怒る役回りになるんだが。おれだって怒りたくて怒ってるんじゃない」
「ううう」間に挟まれたセツナは居た堪れなさそうにうめいた。
ギスギスした雰囲気だが、本気で喧嘩をしているわけではない。
ここまでは打ち合わせ通りだ。先んじて注意しておけば、見てる側から余計なことを言われないだろう、というムシャの提案だ。ちなみにセツナはこのことを知らない。
「じゃあどうすればいいの?」
「体調管理ができないなら、仕方ねぇよな。しばらくゲームは禁止な」
「え、むり」セツナが即答する。
この流れでそれを言える度胸はすごい。
「……」案の定、ムシャの方から本物の怒気を感じた。
「ひえ……な、何時までなら良いですか!」
「すんなって話をしてたんだが」
「1日1時間?」妥協案のつもりで提案する。
「いつの時代の話!? むり!」
「じゃあ30分な」
「減ってる! むり! おとうさんがいじめる!」
メイクの終わったセツナが縋り付いてくる。
「おとーさん。虐待はどうかと思うわよ」
「虐待じゃねぇし、おとうさんでもねぇわ。つーか、アホなこと言ってないで、ちゃんとミーティングするぞ。本番まであと何分だ?」
「セツナのゲーム時間くらい」
「おかあさん!?」
メイク室の一角に、そのセットはあった。
アンティーク調の椅子が三脚。チェスの盤面のようなモザイク模様の丸テーブル。床にはなぜか、人型の白いテープがデザインとして貼られている。
わたしたちは、正面にあるスチルカメラの方を向きながら、それぞれの椅子に座った。
「それじゃあ直前ミーティングを始めましょうか」セツナがお淑やかに宣言する。
「じゃあ、わたしから」軽く挙手をして、注目を集めた。
「現況報告。このところ、黒字が続いてる。探索も十九層まではだいぶスムーズになった」端末で収支計算書を見ながらわたしは発言した。
「まあ、これだけやって黒字になんなかったら、どうすんのって話だよな」
「スムーズにはなってきたけど、ヒヤリがないわけではないよ。先月は危いシーンが三つもあった。どれも十七層以降で。あそこ特有の幻覚作用が関係してるのかもしれないけど、純粋に人員不足も原因だろうね」
「手が足りないのはおれも感じてる。このまま上に挑戦するのは、やっぱり難しいだろうな」
ここで言うべきだろう、と判断する。
「その二十層に、挑戦してみたいって、考えてるんだけど」
「え? なんでだよ?」ムシャは意外そうに眉を潜める。
セツナにはすでに伝えてあるので反応はない。
「その前に追加メンバーを募るって話だっただろ? 上の挑戦はそれからって、前回ミオも言ってたじゃねぇか」
「追加できれば話ね。人材募集の件だけど、どうにも目処が立たない。はっきり言って、難航してる」
何週間かやってみた上での感触だった。やり方が間違っているのか、それとも都合のいい相手がいないのか。後者ではないかとわたしは思っている。
「有望そうなソロは? 一人いただろ。そいつは?」
「セツナ経由でアドレスは手に入れた。メールも出してみたけど、まだ返事がない。時間経過的に期待できないかな」
他にも知り合いの伝手などを当たっているが、どうにも難しそうだった。ほとんどの人間がすでにチームに入っているか、他の企業に勤めていたりで条件が合わない。
「かといって今のままじゃ、二十層は厳しいんじゃねぇのか? どっちみち、この先はスリーマンセルのままだと手が足りなくなる、って分析だったじゃねぇか」
「うん。だけど、人員追加も簡単じゃないってこと。もちろん継続して募集はかけるけど、一朝一夕にはいかない。しばらく時間がかかると思う」
「そうか。あんま時間がかかるのもな。最悪、三人のままで二十層に挑戦しなくちゃならないってことか」
ムシャは難しい顔をして考え込んだ。
「わたしたちにだって伸び代はあると思うよ。各々が頑張れば、第三環境域くらいはなんとかならないかな?」
「あんまし楽観すんのは良くねぇと思うが……おい、セツナ。ちゃんと聞いてんのか?」
先程からずっと上の空に見えるセツナに、ムシャが話を向けた。
「え? 聞いてたよ。うん」
「戦力拡充の案、なんかないか?」
「えーっとさ、そのことなんだけど……良いアイディア思い付いちゃったんだよね! やっぱ天才なんだよなぁ、あたしって」セツナは頷きながら、ひとり悦に入る。
彼女がもったいぶっている間に、わたしの中に思い付くものがあった。
「有名で強い人に、コラボ依頼でも出してみる?」
「あっ! それ! あたしのアイディア! それ! あたしが思ってたやつ! 思考盗聴厳禁!」
「……コラボ? 臨時メンバーってことか……? なるほど、悪くない。それで、例えば誰にコラボ依頼をだすんだ?」
「遊佐くん!」セツナが元気よく提案する。
「遊佐? あー……どうなんだ? ウチはガールズチームだぞ」
「性別が問題? じゃあ女装してもらう? 遊佐くんなら似合うかも」
「似合うかもだけど、それは向こうがNGでしょ。っていうか、いきなり他社コラボは難しいと思うよ。まずR-Like所属のダンジョンハッカーにしない?」遊佐は難しいと思い、現実的な提案を出す。
「そうだな。えーっと、同性に限定するなら、百衛、弓月、凪火……」
「あ、凪火ちゃんなら呼べば来てくれると思うよ。友達だし」
「凪火にしよう。あいつならおれも気楽だ」
「わたし、その人と絡みないんだけど」
動画配信者なのは知っている。たしか大食い系の動画を出していたと思う。
「あれ、ないのか? 意外。ミオとはけっこう気が合うと思うけど」
「まあ、コラボの件は後にしようよ」
相手の都合を考えずに、名前を出すのはよくないだろう。
「話を戻すけど、今回のダンジョンハックでは二十層を目指したいと思ってる。大変かもしれないけど、威力偵察も必要なんじゃないかな。実力不足なら、そこで課題が見えてくるだろうし」
「まずは行ってみないことにはわかんねぇしな。おーけー。その方針で」
「いぎなーし」セツナが間延びした調子で続く。
「他に話はあったか?」
「特にないかな」
「会議は終わりっ! いきましょー!」
◯
仕事が終わり、シャワーを浴びて着替えると、わたしは個室のベッドに倒れ込む。
体の骨がすべて鉛に置き換わったみたいだ。寝返りを打つのもつらい。全身の筋肉が、ズキズキと痛みを訴えてくる。本当は湿布でも貼っておいた方がいいのだけど、もう一歩も動きたくなかった。
虚脱感に任せて、目を瞑る。
体は疲れ果てていたが、頭の中では興奮気味にわたしが言葉を並べていた。
うるさくて眠れる気がしないので仕方なく耳を傾ける。
ご静聴どうも。
まず初めに、今回のハックは失敗だった。その認識を共有しよう。
失敗、といえば失敗なのだろうか。
目的にしていた二十層にたどり着くことができなかった。目的が達成できなかった、という意味では、たしかに失敗だろう。けれど、探索の内容は悪くなかったと思っている。順調にリソースを稼げていたし、怪我につながるような場面もなく、堅実に進むことができていた。
手応えとしては、今までで一番良かったかもしれない。連携のキレ、状況判断、声かけによる情報の共有、全てが上手くいって、チームは完璧に回っていた。このまま二十層も攻略できるのではないか、と軽口を言えるくらいチーム内の雰囲気もよかった。
振り返ってみると、冷静ではなかったのだろう。
十九層についた時には、全員が息を切らしていた。二十層の挑戦は難しい、とそこで全員が判断して、撤退することになった。
何に失敗したのか、というなら、それは体力管理だ。休憩を間に、もう二回は挟んでおくべきだった。
反省はこれくらいでいいだろうか。
疲れた。
いいよ、眠っても……。
わたしはわたしの許しを得て、意識を手放す。
すぐに眠りに落ちた。
夢の中でもわたしは鉈を振っている。十全な体ではない。今日のわたしも、右腕を失っていた。
二つの頭を持つ犬の怪物に、食いちぎられたのだ。
肘までは無事だったが、そこから先がなくなっている。痛みは感じない。けれど、体全体が熱っぽくて動きが鈍い。反応がワンテンポ遅れたようなラグを感じる。まるで水の中にいるかのようだった。
それに対して、目の前にいる犬の怪物はすばしっこく、まるで勝負にならなかった。こちらが振るう鉈の軌跡は、のろのろと空を切るばかり。相手は弄ぶかのように、それを軽やかにかわしていく。
勝負は既についていた。
あたしは負傷しており、出血してどんどん動きが鈍くなっていく。反対に、二頭犬の怪物はほぼ無傷で、相手からすれば、攻撃をかわしているだけで目の前の獲物は弱っていくばかり。回避さえしていれば、勝ちは揺るがない。
当たらない、当たらない、当たらない。
焦りは諦観へと代わる。殺したいほど憎らしい。けれど敵わない。どうやっても、追いつけない。
無様に転がりながら、わずかな逆転の目をかけて、鉈を振り回す。血と体力を失い、わたしの動きは目に見えて精彩を欠いてきた。
負けだ。これは、どうやっても覆らない。
前回の夢では、あんなに軽やかに動くことができたのに。今回はまるで思い通りにならない。
歯がゆさに身を焼かれる。
絶望を振り払うかのように、わたしは渾身の力を込めて鉈を振るった。
遅い。0.2倍速をかけたみたいに。
鋭さも何もあったものではない。これでは何も切り裂けないだろう。
二頭犬は獲物を甚振るのにも飽きたのか、腕を振り切ってガラ空きになったわたしの首元に、食らいついてきた。それを防御しようと反射的に右腕が動くが、丈の足りない腕では防ぎようがない。
鋭い牙が生え揃う、大きな口が、柔らかな喉元に食らいついてくる。
もうお仕舞い。
がぶがぶと、何かが乱暴に引きちぎられた。全身の力が抜ける。されるがまま生臭い息を吐きかけられ、血を啜られる。皮膚を破かれ、肉を千切られ、骨を齧られる。
生きながら食われるって、こんな感じなんだ。
これが今回の死に様らしい。想像できる惨さだったことに、せめて安堵しよう。
毎日、ダンジョンではだれかが死んでいく。今日は、わたしの番だったというだけ。何度も潜っていれば当然やってくる、日常のような悲劇だ。
地上へ帰りたい。
もう一度、陽の光をあびたい。
自分の部屋にあるベッドの柔らかさを思い出す。
もうあそこで眠れないなんて、信じられなかった。
プロローグ終わり




