憎悪と華
翌日。今日も小鳥がちゅんちゅんと鳴く爽やかな朝ではなかった。鷹がうるさい。
「もうちっと寝かせて…」
誰に言っているのかわからないが、とにかくつぶやいていた。
「リンちゃん」
「え…キャルロット? もうちっと…あと五分」
「ダメですわ。皆様時間厳守ですの。今日も修行なさるのでしょう? なら急がないと」
「えぇ…」
「こちらを」
メイドがシチューを出す。丸い、ロールケーキみたいに丸まっている細長い何かがはいっていた。
「これ何?」
「語呂蚯蚓です。少々苦いですが美味ですよ」
「へぇ…蚯蚓…」
聞いたことがない。蛇の一種? なのかな。
そんなことを考えながら語呂蚯蚓を口に入れる。
「ゔっ」
確かに苦い。でもわずかに美味がある。
語呂蚯蚓のスープをさっさと食べ終えてガタルがいる部屋に向かう。
「遅い! 何やってんだバカ!」
「!」
「最初は見逃してやったが何日も経つとそうは行かねぇ。あいつらと同じペースで、同じ様に過ごしてもらう。勿論戦闘の場合も戦ってもらう」
「でも魔力のコントロールって難しいんじゃ…昨日のやつだってたまたまできただけかもしれないし…」
「俺がいるから大丈夫だ。俺はお前を強くさせることができる。俺を信じろ」
「…」
ガタルは座ってた椅子から降りると、部屋の隅にある箱に近づく。そしてその箱から剣を咥えて取り出した。
リンノの前まで来るとぺっと吐き出すように剣を放しリンノに寄らせる。
「この剣を持って振ってみろ」
「あ、うん…。って重っ」
「華鈴は普通に持てるぞ」
「とは言われても…!」
正直今のリンノには両手でもギリギリだ。もう少し重ければ少ししか持ち上げられなかったかもしれない。
「それを振り回せ。ただ無意味に振るだけじゃダメだな。あとハンマーみたいに上から叩っ斬るとか…まあいろんな斬り方試してみろ。この人形使って」
するとガタルは魔力で人形を創り出す。ただ骨組みだけのシンプルな人形だ。棒のように突っ立っている。
「じゃ、俺は調べ物あるから。じゃあな。慣れるまでやれよ、休憩すんじゃねえ」
「はいはい」
「はいは一回な!」
ガタルは尻尾を器用に使ってドアを閉めた。
リンノは早速剣を振ってみる。
「ッ…うわ!」
振れたはいいものの、勢い余って剣が手から離れてしまった。
「やっぱ重い…」
それに、既に腕が痛んできている。人形を見ると、できたはずの傷が消えて綺麗さっぱり無くなっていた。
壊れる心配はないってこと…。
「ッ…」
『殺せばいい』
華鈴の言葉を思い出す。そうだ。あの悪夢を見たのは私があいつらに恐れる必要がまだあるからだ。つまりあいつらさえ殺す事が出来たら私は恐れる必要はない、怯える必要なんてない!
リンノはその一心で剣を振るった。傷ができてもすぐ直る。最初はなかなか良いと思ってたが達成感が得られなく、だんだん苛立ってきた。死体が何度も蘇ってくるかのように人形はただ立っていた。自分が何回死んだのかわからず立っていた。一見無心に見えるだろう。だが、リンノにとってはそれは嘲笑してるかのように見えたのだ。
『お前の力はその程度か? 俺を殺せない塵当然の力で人を殺せると思うか? 愚かだ。お前は弱い。そんな奴は生きてる価値すらない。悔しいか? ハハハ、悔しいだろう!?』
「うるさいっっ!!!」
有りもしない声に応えて剣を振るった。だが傷は残らない。
魔力を手に集中させた。すると手の魔力が剣に纏わりつく。
剣が一回りも二回りも大きくなった気がする。これなら殺れる。
リンノは不敵な笑みを浮かべた。
バキッ
木が折れる音がした。違う。これじゃない。『斬れてない』。
シュパッ
そうだ。このスッキリした感じの音。『斬れている』。
真っ二つになった人形が自己修復を開始する。そんな事はさせない。
ただひたすらに叩っ斬る。もはや剣の使い方とはかけ離れている。斬っていない。壊しているだけだ。
「あっははは…ははっ、ははは…!」
するとドアを開ける音がする。だがリンノには聞こえてないのか、人形を壊す手は止まらない。
ドアを開けて入ってきたのはガタルだ。
「お、やってるね…その人形壊せるなんてすげーぞ。…?」
「ははは、あは、ははは!」
「! ヤベェ…リンノ!」
「!?」
リンノが視線を逸らした瞬間にリンノを尻尾で包み込む。
「封印魔術・南嶽蟷螂!」
尻尾が炎で包まれ、やがてリンノも包み込む。リンノは当然苦しんだ。彼女の声とは思えない奇声を上げる。
「あああああああああああああああああああああああああああああああ!」
「十瀑、九瀑、八瀑、七瀑…」
一秒ずつ刻んでいく。もう少しだ。
「ぐぅ…! がっ、あああああああああああああああああああああ!」
リンノは暴れ始める。
なんてこった。女とは思えない馬鹿力だ。
「四瀑、三瀑、二瀑…!」
「があああああああああああああああああ!」
「一瀑、零!」
眩い光がガタル達を包み込んだ。
光が消えて辺りは静まる。思い切りドアを開ける音がした。…ダンタリアンだ。
「何があった!?」
「リンノが『黒狐式』に乗っ取られかけた」
「そうか…。やはり白の化狐はこれだから難しい」
「でも、なんとかすることが出来たらかなりの戦力になる」
「そうだな…。…!」
ダンタリアンはボロボロになった人形を見つける。
「これは…余程のことがない限り壊れることはないのに…」
「だな、やっぱりコイツァすげーんだ」
「…期待ができるな」
「ああ」
「子桜様、こちらを」
「あら、蘇鐘。それ…何?」
「ただの菓子でございます。リラックスできればと、思ったのですが…」
「ありがとう。私とてもお腹が空いてたのよ」
「お役に立てて何よりです」
蘇鐘は菓子を乗せた皿をおぼんに乗せた。
「ところで、聖六道に新しい子が来たと聞いたけど…」
「えぇ、リンノ・クルットリアーと言うらしいです」
「そう…種族は?」
「白の化狐らしいです」
「あら、天狗の貴方にとっては天敵じゃない」
「そうですね…。ですがまだ来たばかり。早めに潰しておけば恐れる必要はございません」
「そうね。それに、聖六道は戦力不足だと聞くわ。僅かでもいいから欲しいはず。それに白の化狐は短時間で強くなる。こちらで強化しておけば彼女達を誘導するだけでなく殲滅もできるかも知れないわ…! 蘇鐘!」
「はい、子桜様」
「リンノを攫って来なさい」
「承知いたしました」
妖しい華の根は深くまで張り、やがてリンノという餌食に絡みつく。
そして、彼女を餌とし成長していく。




