悪夢と願い
黒瑠と華鈴はレーニャ達の送り迎えをしていた。
「ちょっとごたごたしてたけど…来てくれて嬉しいわ。また暇があったら来てちょうだい」
「ええ、また機会があれば」
レーニャと黒瑠は握手して別れを告げる。
そこにレーニャの執事のバイコーンが口を挟む。彼は獣人で、馬の獣人だ。
見た目の優美さとは裏腹にとても低い声だ。
「レーニャ・セルス様、妹様達がお待ちです。申し訳ありませんが、お早めに…」
「はあ…わかったわ。いきましょ。じゃあ黒瑠、また今度」
「ええ、また今度」
レーニャはバイコーンと共にその場を去った。
「華鈴」
「はい」
「リンノのところに行きなさい」
「! な、何故です?」
「ラリスに何をされたか、詳しく聞いてくれる? 私は少し用事があるから」
「はい…。わかりました」
華鈴は黒瑠に一礼し、背を向け歩いて行った。
黒瑠は顔を下げる。とても沈んだ表情だ。
あの子は…あれじゃいけない。もっと、頼れる人を増やさないと…。もっと、信頼できる人を…。
「はあーあ…」
リンノは自分の身体をベッドに放り投げた。
今日は嫌なことばかりだ。レーニャという恐怖に出会うし…。それに、ラリスの件もある。
「お悩みのようですね」
いつからいたのか、クロウディウスが話しかける。
「うん…」
「まあ、アンゴラに会ったのだから当たり前ですねえ…」
「知ってるの?」
「ええ、アンゴラは華鈴様の中にいるドラゴンです。ディスピットという一族で、ディスピットはとても品性のある一族で礼儀正しいのですが…彼はどういうわけか真逆なのです」
「高貴な一族だからってその名前をもつ奴が全員礼儀正しいとは限らないんじゃ?」
「ドラゴンも私たちと同じ先住民なのです。生まれたときから厳しく育てるのです。ですから悪い方向には決してならないはずです」
「へぇ…。ずっと気になってたんだけど、先住民と化け物ってどうやって区別してくの?」
「先住民は私のように『人の形を持たない』つまり、『完全な獣』の姿を持っているのです。似たような類に獣人と人狼がいるのですが彼らは先住民ではありません。例外として、ソロモン72柱の数人は人の形は持ってませんが先住民ではありません。化け物は人の形を持ってるものです。化け物は皆元人間だったものです」
「そうなんだ…。…ここは、地獄?」
「と言いますと?」
「私は苦しいあまりに他に世界があるならそこに逃げたいって言った。そして私は死んだ。妹をおいて。だから、罰が当たってこんな世界に来たんだって思って…」
「ああ…。確かにある意味地獄といえますねえ…」
クロウディウスは声を低くして言った。
「え?」
「貴方が実体を持ててるのは世界が貴方を気に入ったから。世界は貴方にここで生きる権利を与えたのです。世界に気に入られなかった魂はここで生きる権利を与えられずここ…つまり地上より下の世界、『地底神殿』…簡単に言えば地獄か、『華墨』…天国に強制的に移動させられます。まあ…地獄でもあり天国でもあるのですよ、この世界は」
「話がぶっ飛んでるんだけど…。だって、世界に気に入られたってなに?」
「そのままの意味です。世界にも私たちと同じく意識があるのです。もっと詳しく言えば意識を持っているのは世界ではなく『世界龍』です」
「世界龍って?」
「世界龍は世界の命でもあり、世界の思考でもあります。世界龍がこのような世界にしたいと思えば世界は自然とそうなります。今の世界龍は『ミコトリュウ』というドラゴンです。…」
「……」
「少し寝ましょう。寝たら情報が整理されます」
「うん…」
リンノは布団の中に入りうずくまる。
クロウディウスが口ずさんだ。
「please sleep. before the nightmare to find you.you are my enjel.so it does not disappear from the front of me.I like you cheerfui」
聞き心地のいい歌だ。リンノはそう思いながら眠りについた。
リンノは目が覚めると暗闇にいた。
「ここは? どこ…?」
すると声が聞こえてくる。
「おい、鈴乃! どこにいる!?」
「!?」
父の声だ。もう聞かない…はずなのに…。
「鈴乃!」
「は…はい…」
目の前に扉が見えてそれを恐る恐る開く。すると地獄の光景が目に見えた。…我が家だ。
貴方には我が家はいい場所として見れるだろう。だが、彼女にとっては地獄なのだ。
鈴乃は足が震えてどうしようもなかった。殴られる。蹴られる。髪をつかまれる。
それを頭の中でつぶやきながら父のいる部屋に行く。
「おせーよ! テメエ何やってやがんだ!」
「! す、すみません…」
「チッ、ちゃんと目ェ合わせて言えよこのクソガキ!」
「!」
髪をつかまれ無理やり顔をあげられる。父は憤怒の表情を浮かべていた。
急に手を放しリンノは思い切り体を床に打ち付ける。痛い。そして腹を蹴られる。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。助けて。助けて。助けて。助けて。
「助けて! もうこんなの嫌だ! 誰か! 助けて!」
断末魔に近い叫びが部屋に響き渡る。すると部屋は再び暗闇になり、目の前に大きな白い物体が見える。夢から覚めたのか? でも痛みはまだ残っている。まだ、夢の中なのだろうか。早く悪夢から覚めたい…!
白い物体はだんだん形を整え、ドラゴンのようになった。胸にはめられた赤い宝石がギラリと光っている。
「よぉ、藤崎鈴乃」
「!!」
「おっと、この名前は嫌いだったかな? じゃあ、リンノ・クルットリアー」
「…ッ」
「俺はアンゴラだ。知ってるだろ?」
「!」
リンノは顔を上げる。これが…アンゴラ。コイツが、アンゴラ。これが…ドラゴン。
とても大きかった。目は宝石と同じように赤かった。オーラはとても恐ろしかったが白い体躯は恐ろしいオーラと反比例してとても美しかった。
「この悪夢から逃げたいのか?」
「逃げたい…! 殴られるのも、蹴られるのも、髪を引っ張られるのも、暴言を吐かれるのも…もう嫌だ……! もう嫌だよぉ……」
リンノは子供のように泣きじゃくる。
アンゴラは不気味な笑みを浮かべる。
「そうか。逃げたいのか」
リンノは無言でうなずく。
「妹を置いて逃げたいのか?」
「!」
「そうだろぉ? 逃げたいんだろぉ? 違うのか? ああ、そうか。殴られたいんだな!? 蹴られたいんだな!? 髪を引っ張られたいんだなあ! そうかそうか! じゃあ俺はここでお暇させてもらうか」
「違う!」
「?」
「あんなのはもう…いやだ…」
「なら…妹を捨てろ。人間を捨てろ。人間界を捨てろ。自分の欲に正直になれ…。俺は自分の欲に正直な奴だけ助ける」
「……」
「まだ躊躇ってんのか?…仕方がない、助けてやる。この悪夢から助けてやるよ」
「!…本当?」
「ああ、俺は嘘は吐かない。ただ一つだけ頼みがある」
「?」
「俺を華鈴の中から出してくれ」
「え、でも…」
「いいから」
すると、暗闇に光が差し込む。声が聞こえた。
『…ンノ…。リンノ…?』
「! ったく、なんなんだよ…くそが」
「リンノ、リンノ!」
「!」
リンノは勢いよく起き上がる。横を見ると華鈴がいた。困った表情だ。
「大丈夫か? 汗びっしょりだぞ」
「あ…あ…」
夢だ…。よかった…。夢だ…。
「ッ……!」
「お、おい!?」
リンノは涙を流す。横で華鈴が焦る。
「うっ……うう……」
「どうしたんだ?」
「……嫌な夢を見た。……アンゴラも出てきた」
「!?」
「悪夢から出す代わりに…華鈴の中から出してくれって…」
「…。教えてくれてありがとう。嫌な夢を見て精神的に疲れ切ってるところ悪いが聞きたいことがある」
「?」
「ラリスに何をされた?」
「ラリス? あの小さい?」
「ああ」
「特に何も。ただ頭の中に直接話しかけてきて…出してくれって」
「……そうか」
「…」
リンノは華鈴のリボンを見ていた。彼女はリボンで髪を束ねていた。だが格好と似あわず明るい緑色のリボンだ。
「…。それ」
「!」
「何?」
「普通の…髪を結ぶための…」
「違う」
「!?」
「それ、華鈴の匂いがしない」
「…狐の嗅覚というわけか」
「そういうものかな」
リンノは鼻を動かしながら言った。
「それも他の誰かのなのか? 助けられなかった誰かの」
「! さっきから、なんなんだお前…!」
「怒らせたなら悪い。けれど、一人だけで抱えるのもあれだと思う」
「お前なんかに何がわかる!? まだここに来たばかりのお前が!」
「何も知らない。けれど…」
「けれどなんだ!? 本当にどいつもこいつも綺麗事ばかり言いやがって! ったく………!? ガハッ! ゲホッ!」
華鈴が急に咳き込み、その場に倒れこむ。
「……血が、ないんだ」
「な、何故それを…ゲホッ!」
「ムレイから」
「なっ…!?」
「誰とも合わないんだって…? 私の血は合うのか?」
「それは…まだ…わからな…ゲホッ!」
「なら試そう」
「だが…私はさっき…」
「いいから」
リンノは跪き華鈴に寄り添う。華鈴は少し動揺する。
「早く」
華鈴は我慢の限界なのか、思い切りリンノの首筋にとびかかる。
「痛ッ!」
体の中の血がどんどんなくなっていくのがわかる。余程我慢をしてたんだろう。
そして吸い終わった後、リンノはつい倒れてしまった。力が、入らない。
「はあ…っは」
「ああ…意識が…」
「! ク、クロウディウス!?」
華鈴がクロウディウスを呼ぶ。
「どうされました?…!」
「は、早く…中庭に…!」
「わかりました、乗ってください!」
クロウディウスは華鈴とリンノを乗せ、急いで中庭に行く。
中庭。そこには冥々と怱々がいた。
冥々が叫ぶ。
「どうしたの!?」
「早く『ローズマリア』を呼び起こしてください!」
「え、ええ…! 怱々!」
「わ、私ィ~? わかった!」
怱々は赤い薔薇の木に向かった。
クロウディウスが二人を降ろす。
「か、華鈴! 貴方リンノに何したの!」
「…血を吸った」
「はあ!? 貴方馬鹿? 血ならあたし達のストックがあるじゃない! なんでわざわざリンノの…」
「冥々…」
「!」
「あまり…華鈴を……」
「……ふん!」
怱々が奥から戻ってきた。
「起こしてきたよ~」
怱々の後ろにもう一人女性がいた。驚くほどに髪が真っ赤だ。
「この子誰?」
「そんなことどうでもいい話です~。早くやってください~」
「まったく…」
髪が赤い女性はリンノに口付けする。
「『紅薔薇姫の接吻』…ですか。久々に見ますね」
「てか、これ何の意味があるの?」
「血を多くするのです。自分の魔力を相手に渡すことで血を倍増させることができるそうですよ」
「へえ…」
リンノの目はくすんでいたが、だんだん光を取り戻してきた。
「!」
それにいち早く反応したのは華鈴。赤い髪の女性は口を放した。
「ん……」
ガバッ
「……え」
「「「「え?」」」」
リンノだけでなく、怱々、冥々、赤髪の女性、そしてクロウディウスまでもが声を漏らした。
当たり前だ。普段は人とは接しないはずの華鈴がリンノに抱きついた。
「え? え? ちょっ、え?」
「ちょっ……か、…」
おそらく冥々が一番動揺しているだろう。
「羨ましいのですか?」
「ち、違うにきまってるでしょ! ば、ばばっば、そんなことが…」
図星なのかさらに動揺する。
その横でリンノがいう。
「華鈴、苦しいから…止め…」
「……」
華鈴は言うとおりにした。無表情だったが、前よりかは明るくなったような気がした。
華鈴はリンノを助けようとした。
なぜなら、リンノのすべてが『彼女』と同じだったからだ。
リンノは…失わなかった。もう、失いたくない。
それが華鈴の願い。




