王都へ
そして一週間後、私は王都への出発の準備を終えました。あとはハッシュが来るのを待つだけです。まあ待っている間何もすることがないので迎えに行きますか。
ハッシュの村には思ったより早く着きました。ここに来たのはもう随分前です。その間に私も成長したということでしょう。
ハッシュの家に行くと、中から何か怒鳴り声が聞こえました。外から覗いてみると、ハッシュとその母親が喧嘩していました。
「なにバカなこと言ってんだいこのバカ!」
「うるせぇ! 前から決めてたことなんだ! 俺は王都に行く!」
「もうちょい頭冷やしてこい!」
母親がハッシュの顔面を殴りました。危険な感じの音と共にハッシュは後方の壁に飛ばされました。
「ハッシュ!」
流石にあれは危ないです。私はノックをするのも忘れハッシュの下に駆け寄りました。
「マリアか……」
「親に説明してなかったんですか?」
「嬢ちゃん、あんたハッシュの知り合いかい? ……てまさかハッシュ、あんたこいつと駆け落ちする気かい!?」
「ありません」「ねぇよ」
とにかく私はハッシュの両親に事情を説明しました。王都に行っている間生活はどうするのか、それ以前にその試験とやらに合格できるのか、向こうはそんな質問をしてきました。それに対しハッシュは、学園は寮生活で食住は整っている。働いて稼いだお金もあるから金銭は大丈夫だと言いました。試験については不安要素は確かにありますが、ハッシュならあまり問題にはならないでしょう。
再びハッシュと母親の殴り合いになりましたが、父親と私でなんとか止めました。父親の方は賛成のようで、子供はまだたくさんいるから安心して行けと言いました。
とにかくこの場は収まりましたが、ハッシュと母親が背中を向けながら部屋の対角の位置に座ってしまいました。
「いい家族だね」
「へん! どこがだよ! 俺のことをわかってくれてるのは親父だけだぜ!」
やはり賛成してくれない、わかってくれないのが嫌なんでしょうか。こんな空気で出発するのもどうかと思うので、なんとか二人を仲直りさせようと思います。
「お母さんの方も、ちゃんとハッシュのこと考えてる」
「……」
「賛成しているお父さんも反対しているお母さんも、ハッシュのために考えて答えを出したんだよ。お父さんはハッシュに外の世界を知ってほしいから。お母さんは危険な目に遭わせたくないから。どっちかというと、お母さんの方がハッシュのことを想ってくれてる。たとえ嫌われても、ハッシュが安全ならそれでいい。そう考えてるよ。きっと」
「……」
「それでも行きたいなら、お母さんを説得すること。こんな別れ方、したくないでしょ?」
しばらくの沈黙。お互いに譲れないものがあり、そして相手の考えもわかっているからこそ何も言えない。
最初に動いたのはハッシュでした。自分の膝を叩きお母さんの方へ向き直りました。
「母ちゃん。俺、昔から外に出たいって思ってたんだ。本当にたまに来る吟遊詩人の話を聞いて夢想して、俺もここから出て見てみたいって思ってた」
「けど、外は危ないよ。死んでしまう可能性だってあるんだよ?」
「そんなことにならないために頑張ってきた。これから危険に遭遇してしまう分だけ血ヘドを吐いてきた」
「……」
「母ちゃん。俺を信用してくれ。ハッシュは凄いんだ、とっても強いんだって、まだなってもいないのに、これからそうなるんだって、馬鹿みたいに胸張って、俺が絶対にそうなるって信じてくれ。そしたら、俺もそうなれるまで絶対死なねえからさ」
ハッシュが何を言っても母親は一向に振り向きません。時間だけがむなしく経過していきます。どれくらい経ったのか、とうとう母親が口を開きました。
「ハッシュ、私の近くに取手があるだろう。そこを開けてみな」
「お、おう。わかった」
ハッシュは床の上を滑るように指を移動させ取手の場所を見つけました。両手を使って引っ張り扉を開けました。
「……母ちゃん。これ……」
ハッシュが中から取り出したものは、糸で所々縫い付けられた跡のある茶色いマント、新品のブーツに短剣でした。マントはともかく、それ以外は村では買うことが難しいくらいの価値になる物でした。ハッシュは震える声で母親にそれらを見せました。
「母親はあんたの考えてることくらいわかるんだよ。覚えときな」
「でも……なんでっ」
「本気なんだろ? 血ヘド吐くくらい努力したんだろ? だったらそれに見合う物がなけりゃいけないだろ?」
一向に母親はハッシュと顔を合わせません。ハッシュは泣きそうになりながらそれらを身につけました。
「マントはボロっちいな」
「うるさい。元はかなり上等な物だったんだよ。それ以外のやつも、貯めた金で買ったものさ。ハッシュ、あんたアタシが胸張れるくらい大きくなるんだろ?」
「じゃあ、母ちゃん!」
「さっさと行け! 嬢ちゃんが困るだろうが!」
母親は近くにあったお皿を投げました。それはハッシュの頭に当たり軽快な音を鳴らしました。母親がまた物を投げようとしていたのでハッシュは一目散に扉の方へと逃げました。
「母ちゃん、ありがとう。俺、頑張るから」
ハッシュは扉を開けて家から出ていきました。
「いいんですか?」
「ハッ! たった十年だ。別れを惜しむくらい長い時間は過ごしてないね!」
……とか言いつつ、まったくこちらに顔を見せてくれません。
「そう。たった十年。十年だよ……」
天井を眺めながら母親は呟きました。母親は目を閉じ、虚空をゆっくりと、優しく撫でました。そしてとうとう涙を流し、唇を強く噛みました。
「短い時間のことなのに、なんでこんなたくさんのことを思い出しちまうんだろうねぇ……」
外に出ると王都に行くために用意した馬車がありました。私がここにいるのを知って来てくれたのでしょう。荷物は馬車にもう積めてあるので、いつでも出発できます。今回シュトールさんとお爺様が御者、兼護衛になって同行してくれるようです。
「おまえは執事だろう。普通は儂ではなくおまえが手綱を引く方だろう」
「ハッハッハッ、普通でない貴方様が普通を語られましても……説得力ないですよ?」
「ぐぬぬ、きっさまぁ!」
「馬の手綱は貴方様が引いて下さい。私は道案内するので」
事故とかはともかく、はたして試験までに間に合うのか心配になってきました。気分を落ち着けるために外の景色でも見ていましょう。
「行くからには、合格ですよ」
「おう」
「少なくとも五年、帰る家はありません」
「わかってる」
私もハッシュも、やれるだけのことはやりました。お母さんからも合格できるだろうとお墨付きを貰いました。
「ええい進めい!」
「強く打ち過ぎです。それでは馬がびっくりしますよ。なんなら今度馬の気持ちにでもなってみますか~?」
魔法学園のある王都に向けて、馬車が走り出しました。
†††††
「行ったようだね」
「ええ」
「魔法学園にいれば比較的安全だと思うけれど……」
「ここよりは安全な場所よ。前のこともあるし。念のためにマリアにも言い聞かせたし」
「学園内では『マリア・ルー・ロベール』と名乗るように。ていうやつ?」
「そうよ。ログベールを名乗るのは危険だから」
「貴族にはウケが良くないだろうね、いろいろと。まあハッシュ君にルシファー君もいるから大丈夫だろう」
「五年でマリアがどれほど成長するのか。それで未来が決まるわ」
「そうだね。さて、僕達もできるだけ足掻いてみようか」
次回、とうとう試験の始まりです。魔法学園で一体どんな波乱が起きるのでしょうか。
※マリアは危険察知ができるので波乱が起きた時にはもうどこかへ行っています。




