迷うメイドと被害者私
「ここはどこ?」
アンナに引っ張られながら連れて行かれた場所は、深い森の中でした。
また森の中です。もう森はうんざりです。唯一の救いは今まで見た森よりも明るいというところでしょうか。
「さあ? でもきっとログベール領の近くですよ!」
ログベール領の近くなんですか。
「でも、マリア様と魔法の特訓をするには場所が悪いですね。少し移動しましょう!」
「待って」
一歩踏み出す前に私はアンナの服の袖を掴んで止めました。歩くとまたとんでもない所に行ってしまいそうな気がします。
「ルシファー」
「あいよ」
名前を呼ぶと、ルシファーは私の真上でふよふよ浮きながら現れました。
「わぁ、これがマリア様の神様なのですね」
「ルシファー、ここがどこかわかる?」
「さあな。さっぱりだ」
そうですか。まあ確かにルシファーはこの世界に来たばかりですから、私がわからないのにルシファーがわかるわけないですよね。
そう私が思っていると、ルシファーは「だが」と言って続けました。
「ここがどこかじゃなく、ログベール邸はどこにあるかくらいなら、多分わかる」
「ほんと!?」
「保障はできないがな」
そう言うと、ルシファーは上、太陽を見ました。じっと太陽を眺め、しばらくするとルシファーは――空中で――あぐらをかいて目を閉じ、ブツブツ何か言い始めました。
その間暇だったので、ルシファーの真下でゴロゴロ転がっていると、しばらくしてルシファーが目を開けました。
「……わかったぞ」
「えっ」
ルシファーは指を北の方向へ指しました。
「よかったな。結構近くだぞ」
「す、すごいです! いったいどうしてわかったんですか!?」
「まぁ、何度かマリアが地図を読んでるのを覗いてたからな。ログベール領辺りの地理は覚えている。あとはログベール邸とこの森に場所を移動してから今までの時間を差し引いて太陽がどれくらい移動したか計算した。太陽は場所によって位置が変わるからな。人間なら全くわからないだろうが、やっぱり少し誤差があった。そこから大体の移動範囲を割り出し、ログベール領周辺の地図から照らし合わせわけだ」
「そうなんだ~」
ちょっと悔しい。
「そうなんですか! 凄いですねぇ。ではマリア様、そうとわかればこうしてはいられません。早速行きましょう!」
「待ってってば」
だから移動したらまた変な所に来てしまうでしょうが。ここはルシファーに頼んでお母さん達に助けを呼びに行ってもらいましょう。
「ルシファー、お願い」
「はいはい」
ルシファーはやれやれといった感じで後ろ髪を掻きながら空を飛んでいきました。
「ひま」
「暇ですね~」
ルシファーがお母さん達を連れて来る間、私とアンナは何もすることがなく、ただじっと待っていました。
「そうだ。アンナ、アンナはお母さん達の昔のこと知ってるの?」
前々から聞きたかったことをアンナに質問しました。お母さんとお父さんがどうやって知り合ったか、お爺様とシュトールさんは何で仲が悪いのか、ずっとお母さん達と一緒にいるらしいアンナなら知っているかもしれないと思い聞きました。
「はい、私は小さい時からクレア様のメイドをしていましたので。小さい頃からクレア様のことを知っています。ジルシュ様はもう少し後になってからですけど」
「それじゃあお母さんのこと教えて!」
「嫌です」
にこやかに拒否されました。
「え~、なんで?」
「なんでもですよ~。話したくないんです~」
そんなこと言われると、余計気になってきました。今度お母さんに聞いてみましょう。
「でも、ジルシュ様のことなら教えてあげてもいいですよ?」
「ほんと!?」
「ええ、どんなことが聞きたいですか?」
「じゃあ、アンナから見てお父さんはどんな人?」
そう質問した途端、アンナは目を輝かせ顔を近づけて言いました。
「そりゃもう! 素敵な人ですよ!」
「そ、そうなの?」
いつも見ているお父さんから考えると、そんな感じがしないんですけど……。
「ええ! だってクレア様の夫なんですから!」
「それだけ?」
「それだけです」
「それだけなんだ……」
お母さんの夫。だから素敵な人。ということは、お母さんと結婚してなかったらお父さんは素敵な人ではなくなるのでしょうか。とアンナに聞きました。
「まあ、そうですね」
「そうなんだ」
「ふふ、でも、良い人でもあります。ジルシュ様はその昔、孤独だったクレア様を救って下さいましたから」
「お母さんを?」
「ええ、ジルシュ様と会う前のクレア様は私も含め、まったく人に心を開いてくれませんでした。でもジルシュ様のおかげでクレア様は少しずつ心を許してくれたんです」
「へ~」
「そして二人は愛し合い、そして結婚することになったんです」
「そうなんだ。でもアンナ、お母さんのこと話しちゃったよ」
「あっ」
ふふふ、語るに落ちましたね。
「ふふっ、言ってしまいましたね。このことはクレア様に内緒にしておいて下さい」
そう言ってアンナは私の頭を優しく撫でました。言いたくなかったことを言ってしまったのに、アンナにはまだ余裕がありました。悔しいです。
「それでは、少し魔法のお勉強でもしましょうか」
「ここでしないんじゃなかったの?」
「皆さんが来るのにまだ時間がかかると思いますし、それに……」
森の奥から草の揺れる音がしました。そっちを見ると、狼が数匹草の中から現れました。
「魔法を教えるいい機会にもなりますし♪」
††††††††††
その日のログベール邸は大騒動になっていた。
ログベール公爵家の一人娘であるマリアが行方不明になってしまったのだ。
その原因となったのが、クレアの昔からの知り合いでもあるメイドのアンナだ。彼女は昔から、少し歩くだけでとんでもなく遠いところに移動してしまっているという不思議能力の持ち主なのだ。
そしてログベール邸の人達――ジルシュ、クレア、バン、そしてシュトールを含めた執事とメイドが数人――は、マリアとアンナを探すべく作戦会議を始めていた。
「あ、アンナがそんな問題を抱えていたなんて……」
「最悪よ。領地に戻って一段落した後に旅に出て、やっとの思いで彼女を見つけたのに……」
「彼女が今どこにいるのかわかれば、見つける手立てもあるかもしれないのに」
「少なくとも国外には出てないはずよ。あんなおかしな能力を持っていても、それだけはないわ」
「ダメだ。それでも範囲が広すぎる」
今の状況に、一同は溜め息を吐いた。
「昔はまだマシだったのよ。少し歩いたら町の反対側に移動していたくらいで」
「それが数年前から悪化したというわけですな」
「ふむぅ、どうしようかの」
皆、探しに行く準備はできているが、十数人という数で探しに行けるわけもなく、ただじっとしているしかなかった。
「でもクレアはよく見つけられたよね」
「前から彼女の噂が流れていたから、どこにいるのかは見当はついてたのよ。彼女もそこから移動せず一ヶ所に留まってくれたこともあって早めに見つけられたわ」
「じゃが今度は人目につかん場所におるやもしれん。果たして見つけられるか」
「二人の場所なら知ってるぞ」
「そうか、知っているんだ……えぇ!?」
唐突に聞こえた第三者の声に一同――ジルシュ以外――は警戒体制をとった。
「いやいやそう構えるなっての。俺はお前らを助けようとだな……」
「貴方は……」
「話はマリア達のとこへ行ってる間でいいだろ」
彼らの前に現れたのは、ルシファーだった。
ジルシュとクレアの二人はルシファーに連れられてマリア達のもとへ向かっていた。バン達は二人に止められたので行かなかった。
「そういえば、まだ貴方の名前を聞いてなかったわ」
「あぁ、そうだったな」
「実は僕達はまだ君が本当にマリアと契約した神なのかとを疑っているんだ。どれだえ探しても君の容姿と合致する神がいなかったからね」
「まあ、そりゃ調べてもいないわな」
「? どういうことだい?」
「俺の名前はルシファー。神ではなく天使だ」
「ナニィ! ルシファーじゃと!?」
クレアの中から突然飛び出してきたのは、クレアと契約した神であるルドラだった。そして後からジルシュの中からサラマンダーが出てきた。
「オレはソイツのこと知らねぇんだが、反応を見るにオマエは知ってるのか?」
「知ってるも何も、コヤツは天界に反旗を翻した反逆者じゃぞ!」
「ルドラ落ち着いて。それよりも」
「天使、だって……?」
『神と契約する』というのには少し語弊がある。正確には、『天界に住む者達と契約する』が正しい。
天界に住んでいるのは神だけでなく、巨人もいれば動物もいる。人間達はそれらを一まとめに『神』と呼んでいるのだ。
しかし、『天使』だけは『神』という分類には入らなかった。天使とは天の使い。つまり神の使いであって、決して神という存在ではない。天使は決して天以外に使えてはならないのだ。
話は戻り、マリアと契約したのが天使だと聞いてジルシュとクレアは動揺した。前代未聞どころか絶対にあってはならないことが起きてしまったからだ。これが世間に漏れれば、マリアの未来はどうなってしまうのか。二人は最悪をパターンを想像した。
「とにかく! 今ここで貴様を引っ捕らえる!」
「だから落ち着いてルドラ! 今マリアの居場所を知っているのはこの天使だけなの。だから今は我慢して!」
ルシファーを捕まえようとするルドラを、クレアが止める。ルドラは必死にクレアから逃れようとするが、最後には諦めて抵抗をやめた。
「いいか、今はクレアに免じてやめてやったが、一段落ついたら覚悟するんじゃの」
「へいへい」
そしてルドラはクレアの中に入っていった。
「なんだ。つまんねぇの」
それに続いてサラマンダーもジルシュの中に入った。
「……ふぅ。それじゃあマリアのもとまで行こうか」
「ええ」
「じゃあ俺について来い」
††††††††††
吠える狼、笑うメイド。
震える私に、揺れる木々。
空は真っ青だけれども、地面は血で赤く染まってる。
今、アンナは私を背負いながら狼の群れと戦っていました。狼の数は十五匹。背後にも声が聞こえるので、おそらく二十は超えるかもしれません。
そしてアンナはそれほどの数を相手にしながらも、魔法を使って善戦していました。
「マリア様は魔法についてどの程度知識がおありですか?」
戦闘の最中アンナがそう質問してきました。
「え、えっと……。魔法の階級に魔道と魔術の区別、属性、詠唱、あとは魔力のコントロールとか」
「なるほど、基本的なことは大体知っているようですね。では、もう少し魔法について私がお教え致しましょう」
アンナが飛び出してきた一匹の狼に手を向けます。
「アイスボール」
アンナがそう言うと、アンナの手から拳四個分ほどの氷が現れ、狼の顔目掛けて飛んでいきました。狼の顔にぶつかると、は小さく悲鳴をあげて私達から離れました。
「魔法を詠唱した時、魔法は発動者の手や足から発動します。何故かわかりますか?」
「えっと、そこは魔法が出やすくなってるから?」
「惜しいです。正確には魔法ではなく魔力です。手や足には魔力を吸収、放出するところがあるのです。魔法の発動に必要な魔力を手に放出することで炎を出したり、風を操ったりできます」
それじゃあ手や足がなくなったら魔法が使えなくなるのかと聞くと、肩と腿当たりがなくなってしまえばそうなってしまうようです。
「そして魔法の属性ですが、先程私が使った魔法は氷属性です。辺りを氷にして相手にぶつけたりする魔法ですね。実は私は氷以外の属性も使えます。火や風、水も使えます。人間は全ての属性の魔法を使うことができるのです。ですが属性にも得意不得意というものがあるようで、風が使えて火がうまく使えない、氷が使えて水がうまく使えない、ということが多々あります。私は氷属性の魔法が得意なんですが、それ以外は上手くありません」
例えば、魔法の専門家のような人達を魔法使い――その中にさらに階級が存在する――と呼びますが、そんな方達でさえピンからキリまで、一つだけしか属性が使えない魔法使いもいれば、全ての属性を使える魔法使いもいるようです。
「魔法を覚える時は、自分がどの属性の魔法が得意なのか知ってから覚えましょうね。もし複数の属性だった場合、それらの属性をまんべんなく覚えましょう」
アンナは私に魔法について教えながら、手で足で魔法で、赤ん坊の手を捻るかのように楽々と狼達を倒していきました。
しかし向こうも負けじと仲間をどんどん連れてきます。このままだと数におされていつかやられてしまうかもしれません。
「そして最後に神様との契約についてです。端的に言うと、神様と契約することで特定の属性の魔法が上手になったり、身体機能が上がります」
それは知っています。お母さんはルドラと契約して風属性の魔法が上手くて、お父さんはサラマンダーと契約して火属性が上手くなりました。お爺様は魔力ではなく体力を使って魔法を使う能力を持っています。契約した神様によって特定の能力が著しく向上するらしいです。
「そして私が契約したのは雪の女神『ポリアフ』お恩智は氷属性の魔法の消費魔力の軽減、そして威力の上昇です。それにより、地面を氷漬けにするだけの魔法が、私が本気を出せば……」
アンナは膝をついて両手を地面に向けました。狼達はこれを逃さず一斉に襲いかかってきました。
「『エリア・フリーズン』!」
瞬間、アンナの周りが氷漬けになりました。氷は生きているかのように狼達に向かって行き、狼達を覆いつくして動けなくしていました。
「このように、地面だけでなく動物も氷漬けにできるんですよ!」
「……へー」
正直、何も言えません。アグレッシブに動くアンナに全力で掴まり、かつ襲い来る狼達に怯え、やっと腕の疲労と恐怖を自覚できるようになったんですから。アンナに返事をする余力も残っていませんでした。
「ああ! でもああやって氷漬けにするのはほとんど不可能ですからね! 今回は向こうが完全に油断してくれましたが、普通ならレジスト、つまり無効化されてましたからね! 何故かというと――」
と、隣で私に話かけるアンナのよそに、私は眠りにつきました。
あと一、二話で幼少期編が終わると思います。




