冒険をしましょう
頭が揺れ、私は目を覚ましました。
「あ、起きたみたいだね」
すぐ近くからお父さんの声がしました。とうやら私は今お父さんにおんぶされているようです。
そうだ、アンナはどこでしょうか。周りをキョロキョロすると、お母さんのそばで歩いていました。
腰に縄を巻きつけられて。
「お母さん、なんでアンナは腰に縄を巻きつけられてるの?」
「それはね、アンナがまたどこか遠くへ行かないようにするためよ」
どうやらアンナは少し歩いただけでとても遠くに移動してしまう性質を持っているようで、拘束して縄の長さの範囲まで移動できないようにしているようです。縄がずっと向こうに続いていると思ったら、縄は家の柱に括られているらしいです。
「クレア様、屋敷に戻ったらこの縄はずして下さいね!」
「ふふ、ダメよ」
「え、でもこれだと色々と不自由に――」
「貴女は、ずっと、この縄を腰に巻きつけながら、ログベール家のメイドとして生活するのよ」
満面の笑みを浮かべ、お母さんはアンナの肩を強く掴んで言いました。アンナはお母さんに、ただ「はい」と返事することしかできませんでした。
しばらくして、私達はやっと屋敷に戻りました。ああ、懐かしき――それほど経っていませんが――我が家。私は帰ってきましたよ!
「マリアー、ここを開けてくれないかー?」
「いや」
そして私は、そんな愛しき我が家の自分の部屋に引きこもっていました。
扉に鍵をかけ、さらに家具でバリケードを作りました。扉の向こうではお父さんがここを開けるように言っていますが、絶対に開けません。
ドラゴンに襲われ、霧に襲われ、変な場所で蛇とかに襲われ、そしてメイドに連れ去られたかと思えばまた森にいて、これまでに大変な目に遭わされました。
そして私はとうとう気づいたんです。
おうちが一番。
この部屋に一人籠っていれば安全、絶対に危険に遭いません。
「私は一生ここで生活する!」
「そうなんですか?」
大きなベッドを引っ張ろうとしていると、横から声をかけられました。横にいたのはアンナでした。
「どこから入ったの?」
「えっと、普通に扉から入りましたよ」
「なんで縄が貫通してるの……」
アンナの腰に巻かれた縄はバリケードを貫通していました。アンナはとうとう壁抜けの術を覚えたようです。
「これを運べばいいんですか? 手伝いますよ?」
アンナは一緒にベッドを押してくれました。
「マリア様は、何故この部屋に閉じ籠ろうとしているのですか?」
「それは……」
それは単純に、外が怖くなったからだと思います。
「そうですよね~。まだ五歳の女の子があんな目に遭ってしまったら、外に出たくなくもなりますよね~」
「そうだよっ」
ふぅ、やっとベッドを運び終わりました。今度は窓です。
「ふふっ。でも、マリア様は楽しいですか?」
……楽しい?
「私は今まで様々な所に行っていました。この国にはいろんな土地があって、場所によっていろんな生き物がいて、マリア様の知らない世界がそこに広がっていました」
近くの椅子に腰掛け、アンナは続けました。
「マリア様、外は怖いですか? 怖いのは嫌ですか? 確かに外は危険がたくさんあります。間違えば命だって落とします」
命を落とすと聞いた瞬間、私は急いで窓にもバリケードを張り付ける準備をしました。
怖くない? そんなわけありません。外はとっても危険なんです。アンナみたいに狼の群れを一人で倒せるほど強くもありません。
「大丈夫です。マリア様ならすぐに私より強くなれます。ドラゴンだってワンパンですよ!」
シュッシュッとアンナは両手を交互にパンチします。ドラゴンなんてあんな大きなやつを私が倒せるわけないじゃないですか。
「……マリア様、確かにクレア様はお強いです。しかし、クレア様より、私よりもか弱いジルシュ様が生きているのは何故ですか?」
「なにかとても失礼なことを言われた気がする……」
扉の向こうでそんなことを呟くお父さんはおいといて、私はアンナの質問について考えました。
お父さんは確かに弱いです。少なくともお母さんやお爺様やアンナよりも。なのに何でお父さんは今も生きているのか……。
「生き汚いから」
「誰かにとても不愉快な評価をされた気がする……」
「そうです! ジルシュ様は生き汚いんです!」
「ちょっとぉ!? アンナ今ひどいこと言ったよね!? 僕一応これでも当主なんだけど!」
バンバンと扉を叩くお父さん。残念ながらバリケードによってどれだけ叩いてもその扉は開きません。
「とまあ、冗談はやめて……。結局私が言いたいことは、ジルシュ様が今まで生きていけたのですから、マリア様だって生きていけますよ!」
「……確かに」
あのお父さんが今もピンピンしているのに、私が命の危険に脅かされるなんてあるわけないです。いやありましたけど……。
「マリア様はこれからですよ。これからそういう生き汚さを学んでいくんです。まだ小さい子どもがそんな事か考えなくてもいいんですよ」
「うん……」
確かに私はまだ子どもです。これからです。でも心の中には、やはりあの時あの時の恐怖が残っています。
それを感じ取ったのか、アンナは優しく私の頭を撫でました。
「マリア様、冒険をしましょう」
撫でながら、アンナは言いました。
「確かにマリア様の中には怖い気持ちがあるでしょう。しかし、思い出してみて下さい。その時、マリア様は怖いの他にも何か感情があったはずです」
アンナの言葉を聞いて、私は今までのことを思い出してみました。
変な魔物に襲われたり、いろんな場所を転々と移動していったり、蛇や竜に追いかけられたり、怖いという思いはありましたが、そんな大変な時に私はこう思っていました。
『楽しい』と。
「それを冒険と言うんです。危険な場所に自ら飛び込み、恐怖の中で『楽しい』を見つけるんです」
「恐怖の中で、『楽しい』を……」
「そうです。それができればマリア様は一人前です。いいですかマリア様……
――目の前の恐怖より、その先の『楽しい』を――
ですからマリア様、冒険をしましょう。冒険をして、たくさんの『楽しい』を見つけましょう」
「うん!」
その後、私とアンナはバリケードを外して元の場所に戻しました。アンナはお父さんにどこかへ連れて行かれました。
「マリアよ」
「お爺様」
お爺様がいつになく真剣な表情で現れました。一体どうしたのだろうと私は身構えました。
「お主に、剣術を教える」
「へ?」
「剣術だけでない。魔法、馬術、座学などを儂やクレア、シュトールにアンナ達がとことん厳しく教える。これもすべてマリアのためじゃ。許してくれ」
剣術などは基本的に七歳になってからなのですが、私はそれより二年早くすることになったようです。
「うん、わかった。頑張る」
「そうか……そうかマリア! 儂は嬉しいぞ! お礼に久しぶりにジョリジョリしてやる!」
ジョリジョリって、髭がないじゃないですか……。
「ぬあにぃ!? しまった、昨日髭を剃ったのを忘れておった! 一生の不覚!」
そのままずっと不覚でいてほしいのですが、今はそれよりも……。
「お爺様」
「ん、なんじゃマリアよ」
「私、冒険するよ。冒険して、楽しいことをたくさん見つけるの」
「そうか、それはいいことだ」
「うん!」
実はあそこは少し息苦しいと思ってたんです。
あんな狭いところよりも、外の方がもっと解放感があるでしょうね。
それからの私は、お母さんやお爺様達にいろんなことを覚えさせられました。
お爺様が修得した様々な剣術、お母さんやシュトールさんの魔法の練習、アンナには女性のたしなみとやらを練習されられました。たまにお父さんが代わりに座学の勉強を教えてくれたりしました。
そして――
††††††††††
どこかの森。
「はぁ、はっ」
その森の中で、一人の少女が走っていた。
彼女はチラチラと後ろを振り向きつつ、足の痛みに我慢しながら懸命に足を動かす。
しかし背後から飛んで来た矢が少女の足に命中し、少女はとうとう足を止めてしまった。
「キヒヒヒ、これで最後だな?」
「ああ、コイツを守っていた侍女や傭兵達を全部殺したから、引き算したら最後はコイツだけだ」
「ひっ、ぃ」
奥から数人の男達が現れた。彼らは下卑た笑みを浮かべながら少女を眺めていた。少女は自分のおかれている状況に絶望していた。
「さぁて、それでは早速いただいちゃいましょうかねぇ!」
「待てよ! 最初は俺が――」
途中で声が止まり、その男の首が地面に転げ落ちた。男達は突然の出来事に呆然とした。
「はぁ……、トラウマ的なものを解消しようと森の中を散歩していたら、まさか盗賊に出くわすなんて。私ってツイてないですよねぇ」
いつの間にか、少女の隣に、盗賊とは別の人間がいた。少女と同い年くらいの、血のついたショートソードを持つ金髪金眼の女の子だった。
「な、なんだテメェは!?」
「私? 私の名前は……」
「マリア。マリア・ルー・ログベール」
名前を聞いた途端、盗賊達の目が変わった。ログベールは有名な貴族の名前。ここで捕らえれば大金を稼げると考えたのだ。
盗賊は一歩踏み出した。するとマリアから一番近くにいた盗賊の首が飛んだ。そのこ光景を見て盗賊達は数歩後ずさった。
「お、お前、お前は一体誰なんだよぉ!」
「だからマリアって言ってるじゃないですか」
マリアは剣を構え、盗賊達に向き直った。
「みなさん、冒険してますか?」
マリア・ルー・ログベール。今年十歳。
はい、これで幼少期編は終了しました。次は閑話を入れて、新しいストーリーが始まります。成長したマリアの姿をとくとご覧あれ!




