智の巨人
『貴様ラヲ今ココデ殺ス!』
背後から突然現れた黒い竜は、そう言って私達を追いかけて来ました。
竜の全長はおよそ四十メートル程。かなり長いです。
「ひぃぃぃぃぃ!」
体は大きいですが、リスの足には敵いません。どんどん引き離していきます。この程度で泣いてちゃダメですよ。これからもっと大変なことになるかもしれないんですから。
後ろから竜の雄叫びが聞こえました。
すると両側から挟み込むように蛇が飛び出してきました。
「ジャンプジャンプ!」
「とおりゃあ!」
リスの頭を叩いて飛ぶように指示します。リスが飛んだ直後、間に何もなくなった蛇達は互いの頭をぶつけ合ってしまいました。
「うっ!」
しかし一匹だけリスの足に噛みつきました。なんとか振り払いましたが、スピードは格段に落ちました。
「マリア、もうすぐワシの体がある所に着く! ワシを持って準備するんじゃ!」
「わかった!」
『サセント、言ットルダロウガァ!』
竜の口から炎が吹き出します。リスの足よりも速くこちらに向かって来ました。
「うわぁ!」
リスが横に移動して何とか避けられましたが、竜の炎は地面を抉っていました。もし次当たれば、私達は助からないかもしれません。
『コレナラ、ドウダァ!』
今度は小さな炎が雨のように向かって来ました。範囲が広く、避けきれません。案の定、リスの背中に当たってしまいました。威力が落ちていたお陰で重症にはなっていません。
「いやぁぁぁ!」
文字通りお尻に火が着き、少し速くなりました。
「まだ着かないの!?」
「あと十秒くらいで着く!」
十秒、短いと思っていた時間が、今ではとても長く感じます。
私は今何秒、今何秒と頭の中で繰り返しながら前を見ていました。
前の景色は泉と草しかなく、ムムルさんの体が落ちている気がしません。
まだかまだかと前を見続け、そしてとうとう視界の中に別の物が入りました。緑色の葉がたくさん集まっています。たぶん木のてっぺんの部分です。
ん? てっぺん?
「きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「いやぁぁぁぁぁぁぁ!」
「しっかり掴まれぇ!」
また落ちるんですか。と心の中でムムルさんに毒づきながら、穴の中へ落ちました。
††††††††††
「ここは……」
そういえば、穴に落ちたんですね。
穴の深さは多分二十メートルといったところでしょうか。かなり深いですね。
「おーい、おーい」
私の下で伸びているリスを起こそうとしましたが反応がありません。とりあえずリスはほっといてリスから降りました。すると、地面に違和感を感じました。土や岩とか、硬い物を踏んでいる感触ではなく、少し弾力があるというか、まるで、お爺様の胸の筋肉みたいな……。
「うわっ!」
下を見て驚きました。私が踏んでいたのは確かに地面ではありませんでした。
下にいたのは、仰向けに倒れた、首のない巨人どした。
「これがワシの体じゃよ」
これがムムルさんの体ですか。顔のわりに体が大きすぎるような……。
「あの毒竜が上に行っていることは知っていたが、まさかこの泉に来るとまでは思わなかった。少し油断していたんじゃろうな」
「そうなの。それで、私はどうしたらいいの?」
「まずワシを首の所まで持っていくのじゃ」
言われた通り、私は巨人の体の首の所まで移動しましたが、首まであと少しというところで私は足を止めました。首の周りの地面には固まった血がたくさんありました。
「うっ」
「我慢じゃ、我慢してくれマリア」
「で、でも」
「すまぬ、お主のような幼児にこのようなことをするワシをいくらでも恨んでもかまわん。だから、今だけは、頼む」
「うん」
血がサラサラなのか、まだ血が少し流れているのか、血に塗られた地面が、巨人の体に近づいていくにつれてネバネバしてきました。
このえもいわれぬ気持ち悪さと血の異臭で、今にもお腹から何かを戻し、そして泣き出すかもしれません。
それを我慢しながら進んで行き、やっと巨人の首の側までたどり着きました。
「それではマリア、ワシの首の切断面を、同じくワシの体の首の切断面に引っ付け、呪文を唱えるのじゃ」
「新しい顔よ~。とか言ったらいいの?」
「違うし、お主は言わんでいい」
私は言われた通りに、ムムルさんの首と巨人の首を引っ付けました。
なんかシュールですね。
「――――――――――」
ムムルさんがブツブツと何か言っています。呪文を唱えているようです。
呪文が終わると、ムムルさんの首から何かが伸びてきました。赤い糸、これは血管ですか、初めて見ました。
「ムムルさん、これはいつ終わるの?」
「あと、五分くらいかの」
「もう手を話していい?」
「だめじゃ」
どうやら五分立つまで離しちゃいけないようです。
「ムムルさん」
「なんじゃ」
「足がぁ……」
首の位置が思いの外高く、私は今つま先立ちの状態です。足がプルプル震えて、五分も持ちそうにありません。
「そういえば、あのおっきいのが来ないね」
「ここは昔ワシが誰にも見られないように隠した場所なんじゃ。じゃから体があやつらに見つからなかったんじゃよ。じゃがあやつらがここに来るのも時間の問題じゃな」
そうですか~。と感心しても、私の足の痛みは消えません。ダメ、限界。
「んぅ~~~~!」
「だめじゃ! 立つんじゃ、立ち続けるんじゃ!」
今何分経ったでしょうか。もう五分経ちましたよね? これ、もう倒れてもいいですよね?
とか何とか考えていると、ずるっ、と地面の血のせいで私の足が滑りました。
「ぷぎゃ」
頭から地面にぶつかり、顔に血がべっとり付いてしまいました。臭い。
血で汚れた顔を手で拭いてると、体が浮いたような感覚が現れました。いいえ、これは、まるで持ち上げられたような。
目の周りに付いた血を拭いて下を見ました。私の下にあったのは大きな手の平でした。
「ふぅ、ギリギリセーフのようじゃの」
その手は、あの首なし巨人の体にある手でした。動いているとおうことは、私が滑ってこける前になんとか五分が経ったようです。
全長はおよそ三~四メートル。そしてムムルさんの顔はさっきよりも大きくなっていました。顔が体の大きさに合わせたのでしょうか。
「さて、それでは行くぞマリア」
「行くって、まさか」
「ワシの戦いを、お主は見届けなければならぬ。では行くぞ!」
ムムルさんが跳躍すると、楽々と穴から出ることに成功しました。そして目の前には、私達を追いかけ回した蛇の大群がいました。
「――――――――――――――――――――――――――!」
ムムルさんが何かを唱え終えると、蛇の周りに炎が広がりました。炎は近くの蛇に近くの蛇にと移動していき、近くにいた蛇はいなくなりました。
「マリアはそこの影に隠れておくのじゃ」
「うん」
私は岩影に隠れました。そこは穴の近くで、カモフラージュの範囲の中にあるので私は外から見えなくなるようです。
私を岩影に移動させた後、とうとう毒竜が姿を現しました。
『ソコカァ!』
毒竜が口から炎を吹きました。
「ふん!」
ムムルさんが手を伸ばすと、炎はムムルさんに当たらず四散しました。前方に見えない盾のようなものを出したようです。
『ハァ!』
「くぁ!」
尻尾をムムルさんに向けて叩きつけます。ムムルさんは手で受け止めたものの、やや押され気味のようです。
そのまま膠着状態が続いていると、ムムルさんの後ろから蛇が近づいていました。
「危ない!」
ムムルさんに必死に呼びかけましたが応答がありません。ひょっとしてここは声も聞こえなくなるのでしょうか。
私の声は届かず、蛇は背後からムムルさんに飛びかかりました。
グサッ!
何か突き刺さる音がしました。覆った目を開けると、驚きの光景がありました。
『ナ、ナンダトォ!』
「このワシが背後からの攻撃に気づかぬとでも思うたか?」
ムムルさんの背中の右側に、もう一本腕があり、蛇の体を貫いていました。そして左側には、大きく丸い目がギョロギョロと周りを見渡していました
「巨人とは異形の者である。人に近いが、人にあらず。ただ体が大きいだけでなく、ワシのように背中に腕と目がある者がいれば、顔が二つ三つある者もおるわい」
『オノレェェェェェェ!』
毒竜が再び炎を吹きました。危険を察知したのか、ムムルさんは尻尾を放し炎を避けました。
『カァ!』
今度は小さな炎の玉を広範囲に飛ばしました。上空から雨のように炎が降ってきます。
「まったく、もう少し落ち着いたらどうじゃ」
ムムルさんは手の平から火の玉を出しました。そしてもう一回、またもう一回と火の玉を増やし、ムムルさんの巨体を埋めつくすほどの数になると、火の玉を上空へすべて飛ばしました。
毒竜の火の玉とムムルさんの火の玉が互いにぶつかり合います。
「森が火事になったらどうする。ワシだけでなくお主も困ることになるぞ」
『クソッ、モウ一度!』
毒竜が口を上に向け炎を飛ばそうとした瞬間、毒竜の上から炎の雨が降ってきました。炎はピンポイントで毒竜にだけ当たりました。
「お主が出した炎よりも多く飛ばしたんでの。余ったやつはお主らにぶつけさせてもらったぞ」
『キサマァァァァァァァァァァ!』
毒竜が咆哮をあげます。空気が震え、暴風が起きました。岩影にいなければ飛ばされていたのかもしれません。
『ハァ、ハァ。クソッ! オ前ラ! 全員集マレ!』
毒竜が呼びかけると、森や泉から蛇達が出てきました。その数は、たったの一~二十匹でした。
『ドウイウコトダ! 他ノ仲間達ハドウシタノダ!』
「言ったであろう。余ったやつは『お主ら』にぶつけさせてもらったぞと」
どうやらムムルさんはあの時残った火の玉を毒竜だけじゃなく森や泉の中にいた蛇達にも当てていたようです。
『マサカ、不可能ダ! ドコニイルカモワカラナイ仲間達ニドウヤッテアレヲ当テタトイウノダ!』
「わかっていた。と言ったらどうする?」
『ナニィ!?』
「お主らが隠れていた位置をすべて知っていると言ったんじゃ」
なんと。いったいどうやってあんなにたくさんいた蛇の場所を知ったんでしょうか。
「ワシは智の巨人。泉の水を飲み森羅万象を知り尽くしたワシに奇襲など効かぬ。あの時は不覚じゃったが、二度はない」
『……ノ状況デハ我ガ不利ダナ。シカシ、例エドノヨウナ事ニナッテモ我ラハ進ム。ソウ決メタノダ』
蛇達は毒竜のもとに集まりました。どうやらみんな覚悟は出来ているようです。
『モウアソコニイテモ我ノ声ハ届カン。力ガ衰エテ来タノダ。アノ鳥ノコトハ嫌イダ。ダカラコソ、アイツト戦イタイノダ』
「何故じゃ! 大鷲はここからさらに上にいるのじゃぞ! お主、大鷲に辿り着く前に巨人や神共に殺されるぞ!」
『ドウセ死ヌノダ! ソレゾレノ階層ノ不可侵トイウルールヲ守リ続ケ、憎マレ口を言イ会エルヨウナ者ガイズ、泉デ死ヌマデ安穏ト暮ラスヨリ、最後ハアイツト戦ッテ死ニタイ! アイツト殺リ合ウマデ、我ハ死ナン!』
「お主……」
『タダ木ノ根ヲ食ラウダケノ余生ナド、死ンダノト同ジナノダ。仲間達ニハ申シ訳ナイガナ、退屈ナノダ』
毒竜とその大鷲は仲が悪いと思っていましたが、毒竜にとって大鷲とのやり取りというのは自分にとって唯一の生き甲斐だったのかもしれません。しかし寿命が近づき大鷲と話すことができなくなったため毒竜はその生き甲斐を失ってしまいました。寿命が尽きるまで泉にいるよりも、大鷲の所へ行って、そして戦いたい。その間にどんな障害があっても、自分は決して死なない。そういったことがあったようです。
『ダガ我ラニハ泉ガ必要ダッタ。ソレモタダノ泉デハナイ。トテモ力ノ強イ泉デナイトイケナカッタ。ダカラ我ラハ貴様ヲ殺シタ。マタ上ヘ行ク為ノ力を蓄エル為ニナ』
言い終えると、毒竜は辺りに殺気を放ちました。ムムルさんも構えをとります。
『コレデ、終ワリダアァァァァァァァァァァァァ!』
毒竜が出した炎は今までとは違っていました。あれは炎というより、熱線です。炎を一点に集め放った熱線がムムルさん目掛け飛んで行きます。
「……やっと来おったか」
そう呟くと、ムムルさんと毒竜の間に旋風が巻き起こりました。風はとても強く、毒竜の放った熱線が消えてしまいました。
『ナッ!? コレハ!』
『久しいな。ベルグ』
突如として現れたのは、毒竜と同じくらいの大きさの鷲でした。長さじゃないですよ。
『ハ、ハハ、コレハ好都合ダ! ココデ合ッタガ百年目ダ。我ト戦エ!』
『いや、それは止めておくよ。今やると、君も私もタダではすまないからね。それに私は彼に呼ばれたんだ。今回君に用はない』
「そのことなんじゃがな。まあ事を穏便に済ませるためにもお主が必要じゃったんじゃよ」
『へぇ。じゃあ早速聞かせてもらおうかな』
「まず毒竜。お主、別に戦わずとも、こやつと話し合うことができればいいのだな?」
『アア。コンナ奴デモ退屈凌ギニハナルカラナ』
『ははっ、さっきまでは寂しそうな顔してたのに』
『ナンダト小鳥ガ』
『黙って下さいこのミミズ』
「仲いいの」
『ヨクナイ』『よくないよ』
仲いいですね。
「コホン。まあ直接とまではいかないがの。仲介をたててはどうかの。毒竜の伝言を大鷲に届け、大鷲の伝言を毒竜に届ける。といったものじゃ」
『でもかなり距離があるから、往復どころか片道でもとんでもない時間がかかるよ。今回は結構近いところにいたから君の呼び掛けに応えて十数日でここに来れたからいいものを、普通なら何年もの時間がかかるよ』
「そうじゃの。じゃが、足の速い奴がいればどうじゃ? それも、何十日もかかるほどの距離を、ものの数秒で移動できる者がいれば……」
ちょうどその時、穴からリスが出てきました。本当にタイミングが良いですね。
「な、何? そんな可哀想な動物を見る目をして」
「ナンデモナイヨー」
そうこうしている内に話は進み、本人の知らぬところで毒竜と大鷲の口喧嘩の伝言を任されることが決まってしまいました。
『フンッ。モシアノ『リス』ガ死ンダラ今度コソヤッテヤルカラナ』
『そんな気性が荒くなかったら不可侵の約束をされずに存分にやり合うことができたのにね』
さっきまでの戦いが嘘だったからのように決着はつき、毒竜と大鷲達――リスは早速口喧嘩の伝言をし始めました――は元の場所へ戻って行きました。
「これで一難は去ったの」
「うん」
「さてマリア」
「うん?」
「これからお主を元の場所へ戻してやろう」
今回執筆中に悩んだこと。
毒竜の全長。実際どれくらいなのかわからない。
今回面倒臭かったこと。
毒竜の台詞。カタカナばっかだった。自業自得だが。
今回難しかったこと。
話の終着点までの過程。グダグダかもしれないです。ごめんなさい。感想でアドバイス下さい。
『リスはもっと速く移動できたの? なんで泉へ行ってる時それくらい速く走らなかったの?』という質問が来そうなので少し言い訳を。
頭にマリアが乗っていることに加え、頭だけのムムルさんもいました。本気で走れば間違いなく二人は吹き飛んだでしょう。
次回、とうとうマリア帰還。お楽しみに!




