3 アゲハの花、そして闇
二度と会いに来てくれないかもしれない。
二度と話すことも出来ないかもしれない。
二度と…抱きしめてくれないかも、しれない。
アゲハは布団の中で、小さく膝を抱えて横たわっていた。その顔色は青白く、唇が小刻みに震えていた。
月の光だけが差し込む荒屋で、アゲハは中央を陣取っている。
室内に物は少ない。布団の他には、捨てられていたものを拾い集めた新聞の山、木の実の入った籠、水を溜めている古い壷に、着替えが一枚。そして唯一小奇麗な赤い靴が引き戸の傍で目だっている。
アゲハは小汚い少女だった。
だからこそ、アゲハはサナギが自分を抱きしめてくれることが何よりも嬉しかった。時折現れる、綾那山を登ってきた人達が自分を見る目は、とても同じ人種を見るようなものではなかった。まるで大きな生ゴミが歩いているとでも言いたげで、アゲハはいつだってサッと身を隠した。
また、サナギが自分を人間だと認めてくれていることが嬉しかった。飛んでいる場面を目撃されたアゲハに突き刺さる言葉の矢は、いつだって「化け物」だった。汚い身なりがさらにそう思わせるのかも知れない。
アゲハにとって、サナギは花だった。自分だけだった世界に咲いた、美しく凛々しい黒い花。
それは傍にあるだけで、アゲハを笑顔にさせた。
その花を、アゲハは拒んでしまった。アゲハは久しぶりに涙が零れた。
アゲハは山を降りたくなかった。怖かった。自分のような生き物を受け入れてくれるはずがないと考えていた。例え受け入れてくれたとしても、それはアゲハの望むものではないと確信できた。晒し者にさるのだ。
ならば飛ばなければいい。そうも考えたのだが、それでもアゲハは怖かった。バレない、という確証はないのだ。それに、拾った新聞に書かれていた。まだ世間はアゲハを探している。飛ばなくても、幼い頃の面影を辿って捕まる可能性も否めない。
アゲハはそれを想像し、恐怖で心臓が収縮したように胸を押さえ、そして咽た。
怖い、けれど傍にいて欲しい。いや、もう遅いのかもしれない。呆れて、帰ってしまったかもしれない。
アゲハの夜は、長かった。




