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鳥人間  作者: とり
2/6

1 アゲハとサナギ

東の空から、太陽が顔をもたげていた。ギラリと肌を焼く、そんな一日が始まった。


「起きなさい、アゲハ。今日は晴れていますから、洗濯物を干して下さい」


カーテンの隙間から、熱い日差しが窓を抜けて部屋を照らす。

アゲハはお腹の上に掛かっていたタオルケットを握り締めると、もぞりと身を起こした。


「アゲハは、今日はどこかへ出かけますか?」


そう広くない室内に響いた声に、アゲハはそれは嬉しそうに目尻を下げると、大きく頷いた。


「友達と遊んでくるよ」


そう言った直後に、アゲハは部屋を飛び立った。




アゲハは日が暮れるまで、沢山の友達と遊んでいた。友達は皆アゲハのように飛ぶことができ、アゲハはとても楽しかった。


「そろそろ、帰るね」


アゲハは友達にそう告げると、手を振りながら家路につく。橙色の空を見上げながら、アゲハは上機嫌に大きく宙返りをし、そして見事空中で着地した。

その時だった。パチパチと耳に響く音が森の中で木霊したのは。

アゲハはギクリと身を縮ませて、ゆっくり周囲を見回した。けれど、動くものは風に揺れる自然だけで、あの音の原因は見当たらない。

アゲハは気のせいだ、と己に言い聞かせるように首を振ると、そっと宙を進んでいく。

そして、それでも背後を気にしていたアゲハがようやく前方に顔を向けた、途端に何かにぶつかった。


「帰るのかい?」


目の前に、男が立っていた。アゲハは驚きのあまり一瞬喉を詰まらせた。


「あれ、もしかして…しゃべれない?」


アゲハのすぐ頭上から声が振ってくる。あまりの身長差に、飛んでいるアゲハのさらに上で、男が困ったように笑っている。

アゲハは男の顔を恐る恐る見つめた。優しそうな、けれどどこか頼りなさそうな目尻が印象的で、身体つきも、高い背丈に反してひょろりと細く、周りを囲む木の枝のようだった。

そんなことを考えながら男を凝視していると、男がクスリと笑いながら一歩距離を縮めてきた。その一歩は、二人の間の空間を無くした。

アゲハの全身の毛が逆立ったようにアゲハが身を奮わせた。男はそれを見計らったように、そっとアゲハの身体を抱きしめる。途端、アゲハは凍ったように動けなくなる。


「君の家に遊びに行きたいな」


唐突な内容だった。その為、アゲハは瞬時にその内容を理解できず、首を傾ける。男はもう一度、その耳元で囁いた。君の家を見たいんだ、と優しく、諭すように。


「だ……め。母さんが、ダメって、言う、から」


アゲハは得体の知れない生き物と対面している気分だった。自然と声も震えてしまい、その震えは小さく体中に広がった。アゲハは、怖さと戦っていた。

けれど、男はアゲハを抱きしめたまま、再び困ったように笑う。そして、そっとアゲハの震える背中をあやすように叩いた。


「しゃべることが出来るんだね?」

「は、い」

「じゃあ名前」


男が人差し指を立てながらにっこりと目を細める。アゲハはその意図が掴めず、ポカンと宙に浮いていた。ただ、男の腕の中から解放されたことにほっとしていた。

そんなアゲハの様子に、男の困った笑顔はもはや動かぬものとなっていた。


「名前を教えて欲しいのだけれど、駄目かな?」

「あっ……」


やっと男の言わんとすることが分かったアゲハは、なんだか無性に恥ずかしくなり、僅かに俯く。けれど、その状態で、確かに口を開いた。


「アゲハ」

「揚羽蝶の、揚羽かな?」

「え…?」

「いや…いいんだ。うん。アゲハだね」

「そう、アゲハ」


そう答えたアゲハは、それから何か思いついたようにおずおずと顔を上げると、後ろで手を繋ぎながら呟くように尋ねる。

男はその様子を、微笑みながら見つめていた。


「…名前」

「僕の、名前?」

「そう」

「知りたいの?」


そう言われて、アゲハは強張った顔を見せた。後ろで繋いだ手に、ぎゅっと力が篭る。


「聞いちゃ、駄目だった?」

「まさか。僕の名前はサナギ。蛹のサナギさ」

「サナギの…サナギ?」

「うん。サナギでいいよ」

「サナギ」

「そうだよ」


見上げた先にある優しい笑顔に、アゲハは強張っていた頬がふにゃっと緩むのを感じていた。

そして、心臓がドキドキしていた。こんな風に男の人と話すのは、どれぐらい久しいだろうかと考える。それは、思い出せなかった。


「じゃあアゲハ、またね」


男は静かに背中を見せると、暗い森の奥に消えていった。


「……」


アゲハは、男が草を踏む音が聞こえなくなるまで、男が立っていた場所で佇んだ。




「ただいま!」


狭い室内に、その声は大きく響いた。アゲハは息を切らしながら部屋の布団めがけて飛び込む。


「おかえりなさいっ。遅かったですね!」


勢いづいた声が続いて響く。アゲハは興奮した様子で飛び上がった。


「今日はサナギって人に会ったの!私と話したわ!」


そして再び布団にダイブ。


「それはよかったですね!それじゃあおやすみなさい」


一日の終わりを告げる挨拶に、


「おやすみなさい!」


アゲハは大声で返すと、そのまま眠りにつく。

空腹も家事も、全てを忘れて、眠りに落ちた。


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