5.死後婚
金曜日の昼休み。窓際から注ぐ陽光で日向ぼっこをしながらトロンと昼寝をしている玄河。
金色の髪が太陽の光に反射してキラキラとタンポポのように輝いていた。
その横で座りながら動画を撮影する武城。音楽に合わせて表情と腕を動かしている。
動画の自撮りを投稿するアプリに登録しているようで、時折彼女はこうやって昼休みの時間を使う。
たまによからぬものが映ることもあるがご愛敬。だいたいの場合、加工によるものだと勘違いされるため騒ぎになることはない。
武城が長い黒髪を靡かせながらポーズを決めようとしたとき、彼女の腕がボフンと玄河に当たる。
咄嗟に謝ろうとするが、手の感触に違和感を覚え玄河を見ると、ぶつかったのは彼女の胸だった。
エアーバックかよと頭に言葉が過る。
玄河は、武城の腕が当たったのにも関わらず、スヤスヤと眠ったまま。
武城は彼女の寝顔を見ていると、嗜虐心がフツフツと湧いて来る。
昼休み。武城は玄河の胸を叩く。叩く。叩く。叩く。
「ちょっ! なに!?」
さすがの玄河もこれには目を覚ます。
けれどまだ寝惚けているようで、何が起きたのか認識できていない様子だった。
武城は何事もなかったように携帯をいじる。
「どったの?」
「え、なに。マイタケ、いまなんかあたしにぶつかった?」
「知らねえんだけど?」
「マ?」
「マ」
夢だったのかなあと、玄河は頭に疑問符を浮かべながら腕を組む。
しかし、寝起きの頭では考え事もままならないため、玄河は気にしないことにしたようだ。
武城は無表情を貫いているが、制服の下では腹筋をギュウギュウに固めて笑いを堪えていた。
彼女が笑わないよう我慢していると、不意に玄河が後ろから武城の肩を掴む。
ぎゃんと驚きながら武城が首を上げると、上から玄河が覗き込んでくる。
彼女の金の髪がカーテンのように武城の顔を覆う。
「明日インパしね?」
「しない」
「え、マジで? チケット取っちゃったんだけど」
「は? なんで、馬鹿じゃないの」
今日明日で予定を急に入れることは、別に珍しい事ではないが、さすがにチケットが必要なものは事前に断りが欲しいものだ。
武城は目を細め、ジトリと蔑むように玄河を見るが、彼女は天を仰いでおり気づいていない。
頭を抱えながら玄河は机に腰掛け、おろしている髪をかき上げる。
手首にかけた髪ゴム。玄河はそのまま髪を一部纏めて結ぶ。ハーフアップだ。
「いや断られっと思ってなかったし?」
「相手の予定確認してから予約しなよ」
「ゴメンゴ天皇」
後醍醐天皇のリズムで謝る玄河。
「え、でもなんで? マイタケ明日バイトなかったっしょ?」
「なんで知ってんの」
「あたしはマイタケの全部を知ってるよ」
「キショいんですけど?」
ムフフといやらしい笑みを浮かべる玄河を、武城は凍てつくような目で睨む。
そんな表情を向けても、玄河は気にする様子もなく、笑顔のままだ。
武城は溜息を吐くと、小さく答える。
「結婚式」
「あんた、あたし以外の人と結婚すんの」
「なんでだよ」
「あたしとマイタケラブラブじゃん」
「ラブラブですけど?」
「これガチでキュンじゃね?」
表情豊かな玄河。
武城の結婚報告に驚きと悲しみが入り混じった絶望の表情をしたかと思うと、ニッコリ頬を赤めながら上目遣いをする。
武城が玄河の言葉を肯定すると一転して表情が無くなり真顔で瞳孔を開いていた。
「従姉妹だよ」
「あなんだ従姉妹ね。お祝いじゃん」
「お祝いだよ」
いえーいと拳を突き合わせる武城と玄河。拳が触れ合った瞬間、玄河は何かを思い出したようだ。
「あっ結婚式と言えばさ」
「黙って」
「いや、ちょーいい話だって」
「絶対嘘」
「あたし嘘つかないってか、いつも火の球ストレートって感じじゃん」
「火の球だから嫌なんでしょ」
例の如く玄河を黙らせようとするも、早口に捲し立てる彼女の勢いに圧されてしまう。
「生前葬ってあんじゃん」
「は? セーゼンゾー?」
「生きてる間にお葬式するやつ」
「なにそれ最初からもうダメな感じじゃん。なに生き埋めにでもすんの」
「ブハッ、いまどき生き埋めとかマジ勘弁」
武城の沈んだ気持ちも知らずに、玄河は笑う。
いまどきじゃなくても生き埋めは嫌だろう。
「他の話にしてよ」
「え、他の話だよ。生前葬の話はまた今度すんね」
「すんな」
生前葬の話もあるのかと、心底ゲッソリするが、今回の話がマシかどうかは分からない。
「じゃ『シゴコン』の話に戻るね」
「戻るも何も初対面なんだけど」
「初めましてじゃん」
「そうだよ」
◆◆◆死後婚◆◆◆
ひょっこり出てきたニューワード。『生前葬』を先に聞いていたため即座に『シゴコン』が『死後婚』だと理解する武城。
「冥婚とか陰婚とか幽婚とか色々あんだけど」
「色々ない方がいいんだけど」
「だいたいどこでも死んだ人の結婚式するってのがキョーツー」
「まあ死後婚って言うくらいだからね。生きててやったら普通に結婚だもんね」
死んでから式を挙げるからこそ、玄河が話題にするのだろう。彼女が普通の結婚式の話をするわけもない。
「どっかの地方では死んじゃった子供のためにあっちで結婚させてあげるってやってたり、結婚できずに死に別れたカップルのために結婚したり」
「えまって、生きている人がすることもあるの」
「えだってめっちゃ結婚したい彼ピッピが死んじゃったら幽霊でもいいから結婚したくね?」
「えー……あー……うーん……まあ、理解できなくはないか」
武城は玄河の例示を聞くと、なるほどとある程度納得をした。
「で、あたしのじいちゃん死後婚したんだけど」
「なんて?」
切り返しの速度が佐々木小次郎の燕返し染みている。「で」で展開するような話ではないだろう。
「いやこれマジでうけんだけど、遺言なの」
「お祖父ちゃんでしょ、お祖母ちゃんいたんじゃないの」
死後婚も何も生前に結婚して孫までいるじゃないか。
「いたけど結構すぐ先に逝っちゃった」
「お祖母ちゃん向こうで待ってんじゃないの」
「待ってたんじゃね?」
「え、なに、浮気?」
「いやばあちゃん死んでっから。未亡人だから」
「いやそれ女性側に使う言葉だから」
「え、じゃあじいちゃんはナニジン?」
「日本人?」
「せいかーい。コングラチュレーション」
パンパカパーンと両手を広げて向日葵のような明るい笑顔をする玄河。
無邪気な笑顔が天使のようで憎らしい。
「ばあちゃん死んでも、じいちゃん十年くらいばあちゃん一筋だったんだけど」
「えらいじゃん」
「十五年くらいしてから、なに? ケアマネジャー? じいちゃんの様子見に来る人」
「あー、いるね、そんなの」
武城の記憶には、玄河が祖父と一緒に暮らしていた記憶はない。
ともすれば、玄河の祖父は妻を失くして以降、一人暮らしをしていたのだろう。
養護老人ホームに入ることなく、一人で生活するには苦労があるだろう。
役所から派遣されるような人がいるのは武城もなんとなく知っているが、詳しくは知らない。
「に、じいちゃん恋しちゃって」
「あ、そうなの。でも十五年すりゃ恋の一つするか」
とはいえ、相手は仕事で来ているわけだ。優しくされても、それは業務上のこと。
その優しさを勘違いしてしまったのだろうかと思いながら、武城はそのケアマネージャーという人物が気になった。
「いい人だったの」
「超巨乳」
「ただのエロジジイじゃん」
「ただのエロジジイだけど、顔は良い」
「え?」
玄河が携帯をいじり、画面を見せる。そこに映っているのはかなりダンディなオジサマだった。
刻まれた皺は人生の酸いも甘いも知っているだろう。その瞳は厳しくも優しく、大きな器を感じさせる。
整えられた髪、に切りそろえた髭。その辺の俳優よりも顔が良かった。
「ケアマネの人も本気になっちゃって」
「うーわ」
「で、じいちゃん死んだんだけど」
「あっさり死んだな」
「まあ死んでっからね」
死んでいるものは仕方ない。しかも最近の出来事ではなく中学に上がるより前の話だったはずだ。
「弁護士が遺言預かってっから読もうぜってなって」
「お祖父ちゃん結構しっかりしてんね」
遺産に関して家族が揉める話はドラマやドキュメンタリー番組でよく聞く。
遺書がないだとか、遺書が残っていても偽物だとか揉めたりと色々だ。
それに比べればキチンと弁護士に遺書を渡している辺り、ちゃんとしていると言えるだろう。
――が、問題はその内容だ。
「で遺産相続は真っ当に分けて良いから、頼むから式を挙げてくれってなってて」
「あー、ケアマネさんもらえないんだ」
場合によっては家族でなくとも長年親族以上に献身的に介護していれば相続対象になることもあるらしいが、それも遺書に記されてなければならなかったりする。
「そっ、でその人もそれでオッケーって言うから」
「言ったんだ」
「じいちゃんと式だけでも挙げたいって土下座して」
「リアコじゃん」
「ガチ恋マジ恋。皆もそれならいいかってなるじゃん」
本当に婚姻するわけでもなく、遺産相続もしないのならば、あとは本人同士の問題だ。
玄河の祖父は遺言にて婚姻を希望しており、その相手も同じ気持ちであるならば、『死後婚』という多少のイレギュラーも受け入れようと思えなくはないのかもしれない。
「まあ遺言だし?」
「で式挙げてたら」
「展開早いね」
「挙げてっからね」
「たしかし」
「花嫁さんが遺影持ってウエディングすんだけど」
「異様だね」
「遺影だって」
「物じゃなくて雰囲気のことなんだけど」
武城は、花嫁が遺影を持つ異様な光景を想像し、葬儀なのか式なのか分からない不気味な感じがした。
「式の途中で白いモヤがフーッて挙がって」
「スモークマシンの演出とかイカすじゃん」
「あ、これそういうの仕込んでなかったんだって」
「は?」
「だから多分じいちゃん」
白い靄は、普段から武城も『見て』しまっているため普通に受け入れていた。
非日常が日常に溶け込む異常事態を彼女たちは理解していなかった。
「マジで式に来ちゃったじゃん」
「来ちゃったねえ」
「そんなに巨乳が良いか」
「あそれ」
「なに」
「それ」
「だからなに」
「マイタケのいまの言葉」
「『そんなに巨乳がいいのか』?」
「うん」
「がなに?」
「その声をみんな聞いたの」
「は?」
ひやりと首筋が寒くなる。
「白いモヤの後ろにまた白いモヤが出てきて、白いモヤに覆い被さって床に消えてったの」
「マ?」
「マ」
武城は無言になる。唇に指を触れながら机を眺め、何かを考えているようだった。
そして彼女は小さく口を開き問いかけた。
「……お祖母ちゃんじゃね」
「だよね?」
「やっぱお祖母ちゃん待ってたんじゃね」
「そう思うよね?」
「はー。なのに別の女と結婚しようとしたわけ? エロジジイ」
女を待たせといて他の女のところに行こうとするなど言語道断と、武城は憤慨した。
死に別れているのだから、生前の間に再婚するならまだ良かったかもしれないが、死後に三途の川の向こうで待っている人がいると言うのに何をしようとしていたのだと。
ああもういやいや、男ってサイテーと武城は口をヘの字に曲げて呪詛を唱えていた。
「んでも、変なことがあって」
「この話全体的に変だけどね」
「ばあちゃんも巨乳だったんだよね」
「祖母ちゃんよりあったんじゃね?」
「ばあちゃんほどじゃなかった」
「祖母ちゃん凄いな……」
そして玄河の祖父はいくつになっても巨乳好きだったという謎の無駄知識を手にしてしまう。
「自分の方がデカいわけじゃん? なら『そんなに巨乳がいいのか』じゃなくて『そんなに若いのがいいのか』じゃね?」
「ああ、まあ、確かに?」
「なんでかなーなんでかなーってみんな不思議がりながらそのまま火葬場いったわけ」
「焼く前に式挙げてたんだね」
「結婚したいって言ってるのに焼くとか酷くね?」
武城は「まあそうか」と勝手に納得する。
遺体が腐っているのであれば話は別であるが、亡くなってすぐの話であれば無しではないだろう。
「で、焼いたんだけど、じいちゃんの骨が出なかったんだよね」
「うん……うん?」
目をぎょろりと見開き、眉をハの字にして武城は疑問符を掲げる。
「焼いたんだよね」
「そ」
「その時は身体あったんだよね」
「イリュージョンじゃね?」
「骨まで焼いちゃったの?」
「マイタケー、骨は焼いても消えないよ」
「あ?」
さっきと言っていることが異なる玄河についついガンを飛ばしてしまうが、彼女はニコニコするだけで少しも困る様子を見せない。
「祖父ちゃんの骨出なかったって言ったじゃん」
「うん。出てきたのは狸の骨だったわけじゃん?」
「……どゆこと」
「知るわけねえじゃん、ウケる」
「待って、それって、だって、え? それじゃあ――」
「葬儀屋も家族もみーんな狐につままれた顔しちゃってさ、あ、この場合は狸か? でも狸の骨っぽいだけで、狸とは違うとかなんか言ってたっけ? いや知らねえよって」
笑いながら自身の腿を叩く玄河に、武城は理解が及ばなかった。
もし、仮に武城が想像していることが事実だとするならば、それはとても恐ろしいことだった。
誰も気づかない間に、親しい人間が『別の生物』と入れ替わっていたのだ。
他人事の話ではない。武城はゴクリと唾を飲み込んだ。
額から垂れる汗が、頬を伝い首筋に流れていく。
彼女の視線の先にいるのは白い靄を纏った玄河の姿。
武城は普段、その靄をハッキリ見ないようにしていた。もし、視線が合ってしまったら、今度は何をされるか分からない。
けれど、いま武城はそんなことを気にしている場合ではない。
じっと見つめる白い靄。それは以前より明らかに巨大に、そして濃く広がっていた。
他人事ではない。他人事ではない。




