【裏】5.赤い服の女
親戚の結婚と言っても、たいして仲良くしていたわけでない相手だと他人のようなものだ。
とはいえ、幼い頃に何度か遊んでいるため、全く無関係な相手でもない。
ただ小さな頃は、他人にかまけている暇もなく、自分がいない間にエリに何かがあるかもしれないと気が気でなかった。
そのせいで、従姉妹の結婚に強い感動は覚えなかった。
もちろんとても綺麗で、そのウエディング姿も憧れを抱いてしまう程度には魅入られた。
親戚同士の挨拶を終え――その時に「キャーマイちゃん久しぶりー。めっちゃ可愛くなったね」と言われて正直嬉しかったが――帰り支度をしていると、見知らぬ女性が近づいてきた。
ワインレッドのタイとワンピースに、赤く染まった長い髪。銀のイヤリングを耳にしており、中に鈴が入っているのかリンと音がする。
相手方の親戚だろうかと思っていると、彼女は小さく会釈をする。
「あなた、武城さんのところの妹さん?」
「いや……いえ、私は従姉妹です。ええっと――」
「突然ごめんなさいね。私、柳弥勒っていうの」
「武城マイです」
何の用があるのだろうかと訝しげに見ていると、彼女は隣に腰掛けてきた。
「あなた、悪いものが憑いているわね」
「……突然なんすか?」
「あらやだ、そんなに怖い目をしないでちょうだい」
私は警戒した。初対面の相手に対してこのようなことを言う場合、十中八九――いや十中十が詐欺である。
そもそも私は彼女が何者であるか知らない。赤の他人に親しくする理由はどこにもない。
それに――
「私が昔『そーゆー人たち』に騙されたこと知ってんすか?」
「あら、そうなの? それはごめんなさいね」
私はエリの件以降しばらく心霊的なものに傾倒している時期があった。
中学に進学すると、行動範囲も広がり、お小遣いも増えたため、なけなしのお年玉を使ってエリの御祓いに行ったこともある。
そのどれもが無意味であった。
結局未だにエリは、白い靄に取り憑かれたまま。
手がかりを探そうにも『あの神社』は既に取り壊されている。ご神体や呪物があったかどうかすら今となっては分からない。
「でも、困ったことがあったらいつでも連絡してきてね」
そう言って彼女は名刺を渡す。すぐに捨てたかったが、目の前で破り捨てるわけにもいかない。
飽くまでここは祝いの場。私は無造作にポケットへ名刺を突っ込んだ。
「――ってなんかヤバいばばあが来たわけ」
「電話すればいいじゃーん」
「えーやだよ胡散臭いし」
「マイタケそういうの好きだったじゃん」
「いまはいいの」
その晩、私たちは旅館に泊まった。
両親も久しぶりに親戚と顔を合わせるため、ちょっとした観光もするつもりで宿泊施設を予約していた。
いま、部屋に居るのは私だけ。他のみんなは卓球に行ったり大広間でお酒を呑んだりと忙しくしている。
部屋の奥、障子の向こうにある細いスペース広縁に置かれた椅子に腰かけながら夜空を眺める。
携帯の向こうではエリが私の話を聞いて笑っている。
「あっ、そういえば『生前葬』の話しなきゃじゃね?」
「なんでだよ」
「だってー? 約束したし?」
「してねえっつうの」
「まあまあ、マイタケせっかくだからさー」
「充電切れんだけど」
「すぐ終わっし?」
そう言って携帯越しにエリは怖い話をしてくる。
相変わらず、彼女の話には底がないというか、何回も聞いているというのに終わりが見えない。
結局最後まで話を聞いてしまい、背筋が凍り付いてしまった。
「じゃ、あたし寝っから」
「は? ふざけろ。私が寝れなくなっただろ。私寝るまで付き合え」
「充電ないんじゃなかったの」
「モバイルあるから」
「えー……」
「ちょっと、エリ? エリ! ……嘘でしょ」
携帯の画面を見ると、真っ黒に表示されていて自分の顔が反射している。
電源ボタンを押してみるも反応がない。起動をしてみると、画面が明るくなるが直ぐにブツッと消えてしまう。
充電切れだ。
最悪だ。嫌なタイミングで携帯の電源が落ちてしまった。モバイルバッテリーもどうやら残量が無いようで、反応がない。
どうしようかと途方に暮れ、なんとなく窓の外を見る。
「は?」
窓の外。川の傍。電灯の下。赤い服の女がこっちを見ている。
思わず身を屈めるが、彼女はいつから居たのだろうか。通話している間ずっと見ていたというのだろうか。
恐ろしくなり、とにかく見えない場所に隠れようと障子を開ける。
誰もいない部屋。当然だ、誰もいないからエリと大声で通話していたのだから。
しかし、なにか部屋の様子がおかしい。赤い服の女を見たせいだろうか。
赤い服の女、赤い服の女、よく見えなかったが柳弥勒に似ている気がする。
あの女はずっと私を見張っていたというのだろうか。
ふと、部屋の違和感の理由に気づく。
扉が開いているのだ。玄関からすぐの襖が開いていて、その奥の玄関も扉が半開きになっている。
私は足先から凍るような思いだった。
誰かが部屋に入ったのだ。
私はすぐに自分の荷物を確認する。貴重品も下着もある。何かが盗まれた様子はない。
きっと家族の誰かのはずだ。そう言い聞かせなければ自分を保てそうにない。
私はずっとエリとお喋りをしていた。だから私が広縁に居たことを入ってきた人は知っているはずだ。
夢中でお喋りしていたから声をかけなかっただけだ。そうに決まっている。
けれど、畳には靴の跡。土のついた大きめの靴の跡。成人男性のものだろう。
私は鍵を持って部屋を出る。
この場に居るだけで、恐怖が私を襲ってくる。知らぬ間に誰かが私のすぐ近くに来ていたのだ。
(気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い……っ!)
一歩間違えていたら私は襲われていたかもしれない。
その事実から逃げたくて私は走る。
廊下の突き当りを飛び出した私に誰かがぶつかる。
「……っ! すいません――あっ」
「あら、危ないじゃないの。どうかしたの」
「柳弥勒……」
「覚えていてくれたのね。でも目上の人を呼び捨てにしたらダメよ」
彼女は浴衣姿だった。風呂上り、顔を赤らめ長い髪を団子にして纏めている。
どうやら彼女もこの旅館に泊まっていたようだが。
だったら外に居た赤い服の女は何だと言うのだ!
「赤い服の女?」
「あっ」
言葉に出てしまっていたようだ。
柳弥勒は私の顔をジッと見る。血の気の引いた蒼褪めた顔。
彼女の瞳は漆黒。全てを呑みつくすような黒い瞳が、ジッと私を見つめてくる。
柳弥勒が私の手を取ると、私の泊まっている部屋まで早足で向かう。
「ちょ、ちょっと!」
私の制止も無視し、柳弥勒は部屋に来る。
手に持っていた鍵を奪うと、彼女は部屋に押し入る。
すると、そこには男がいた。
男は私たちの荷物を物色している。
ああ、そうか。この男が私の部屋に居たのか。私が広縁から出ることを察知してどこかに隠れていたんだ。
じゃあなんだ。私がこうして部屋を出なければ、男は私をどうしようとしていたのだろう。
頭がパニックになる。
その間に、男も慌てて部屋から逃げようとする。だが、彼が向かったのは広縁。
目の前の窓をこじ開けて、男は部屋から飛び降りようとする。
ここは二階。多少怪我をするかもしれないが、逃げられなくはないだろう。
しかしどうしたことだろう。男は飛び降りる体勢になってから一向に動かない。
柳弥勒は男の元までズカズカと歩いていく。
置いて行かれた私は、急に不安になり、柳弥勒について行く。
「――ッ!!」
ゆっくりと後ろに倒れる男。白目を剥いて泡を吐いて気絶していた。
そして、男が見ていた先。窓のすぐ向こう。赤い服の女が立っていた。
もう一度言う。ここは二階だ。女が窓の向こうに立つことは出来ない。出来るはずがないのだ。
赤い服の女は笑みを浮かべている。小さな生き物を殺して楽しむ無邪気な子供のように笑っている。
「マイちゃん、動かないで」
柳弥勒が私を守るように前に立つ。彼女は団子に纏めた髪を解くと、二、三本髪を抜く。
そして、両手で髪を包み、何か小さく念じたかと思うと、その髪をフウッと赤い服の女目掛けて飛ばした。
大きな金切り音が響く。
古びた鉄扉を無理矢理こじ開けるような錆びついた金属が擦れるような音。
赤い服の女が叫んでいた。
彼女の身体は青く燃え、悲鳴を上げながら、のた打ち回っていた。
再び柳弥勒が何かを念じたかと思うと、赤い服の女の身体は更に燃え、ついに消えてしまった。
「これであっちは大丈夫。さっ、警察呼びましょ」
クルリと髪を靡かせながら振り返る柳弥勒。一仕事終えた彼女はスッキリとした表情でサムズアップを決めた。
私は思わずその場で膝をつき、彼女に向かって頭を下げた。
「お願いします。エリを……私の親友を助けてください……!」
彼女の力は見た通り『本物』だ。
彼女ならば、柳弥勒ならば、エリを助けられるかもしれない。
藁にもすがる思いで、私は彼女に土下座をしていた。




